多様な現代アートの競演

2011年10月25日号

白鳥正夫


詩的な抽象画が並ぶ
津高和一展の会場
(西宮市大谷記念美術館)

美術の秋第二弾は現代アートの競演です。見て美しかったり、巧みに表現した絵画や陶芸、彫刻作品と比べ、現代美術は時代を深く読み取ったり、潜在しているものを表現したりするため、前衛的であったり抽象的で、難解な面があります。ともすれば敬遠されがちですが、私たちの既成概念や思考方法を覆し、日常生活の中で気づかない価値観を掘り起こしてくれます。西宮市大谷記念美術館では抽象画家で実験的な芸術活動を展開した生誕100年 津高和一 架空通信展」、兵庫県立美術館では「美術館を野生化する」と謳った「榎忠展」がそれぞれ11月27日まで開催中です。またBBプラザ美術館でも「鉄に挑む熱き男たち 植松奎二+塚脇淳+榎忠」展が11月23日まで開かれています。さらに国立国際美術館では、国内外で活躍する6人と3組の先駆的な作品によるその名も奇抜な「世界制作の方法」展が12月11日まで展開されています。あまりにも多様な現代アートへの誘いです。

津高和一のテント美術館展を回顧


河川敷を会場にした
「架空通信テント美術館展」
の模型

1911(明治44)年に大阪で生まれた津高さんは西宮に移り活動していましたが、1995年の阪神・淡路大震災で夫人とともに犠牲になられたのでした。その年の暮れに兵庫県立美術館で「津高和一とゲンビの作家たち」展が、翌年1月にも西宮市大谷記念美術館で「−絵画と詩のはざま−津高和一「追悼」展」が開かれ、観賞したことを憶えています。その後も各地で追悼展や個別作品の展示もあり、いかに大きな足跡を遺され、今なお惜しまれているかがよく分かります。

津高さんは幼い頃から詩に親しみ、詩人を志し『貌』や『神戸詩人』などに発表の傍ら、大阪の中之島洋画研究所に学びます。戦後は行動美術展に出品するなど、画家としての地歩を固め、1950年代初めに抽象絵画に転じます。独特の詩情をたたえた線描表現が評価され、サンパウロ・ビエンナーレに参加するなど、日本を代表する抽象画家として活躍します。一方でジャンルを超えて様々な人たちと交わり、活発な創作と展示活動を展開します。


「架空通信テント美術館展」
メンバーの
森口宏一さんの作品(左)と
元永定正さんの作品


自庭の
「対話のための作品術館展」
の模型

今回の展覧会は、津高さんの油絵具を薄く溶き水墨画のように描いた詩的な抽象作品など26点を展示し画業を振り返るとともに、「架空通信テント美術館展」として代表作家16人の作品を集めるなど、全館にわたっての展示になっています。

中でも芸術と社会の関係を問う実験的な活動として大きな影響を与えた「架空通信テント美術館展」を回顧し、その現存資料や当時の美術展の模型をはじめ、作品資料や記録写真、映像なども展示。これより先に、1962年から自庭で始めた「対話のための作品展」は、美術関係者だけでなく、詩誌『天秤』の仲間や地元の人々が自由に語り合い、交流する場を提供するものでした。こちらも新たに模型を作り展示しています。

実際の「架空通信テント美術館」は、1980年の第1回を皮切りに5回にわたって開催されています。阪急甲陽線・苦楽園口駅前の河川敷に建てられた全長90メートルにおよぶ長大なテントが会場でした。「現代美術の創造精神に即したもの」であれば、誰でも出品することができ、観客も気軽に作品に接することができ、毎回数日の展示期間にもかかわらず、200名近くの参加者、数千人の観客を集めたと言われています。

今回の展覧会を企画した池上司学芸員は「生誕百年という節目に、津高和一という作家をあらためて振り返る際に、画業だけではない人となり、展覧会のあり方など社会に向けた発信を含めて紹介したいと考えました」と、強調しています。

津高さんの考えは「生活の場が、即美術との接触の場であり、実に気ままに美術作品と交流対話できるのが、本来の美術の在り方」でした。1980年代の私は新聞記者をしていて、こうした現代アートとは無縁で、もちろんテント美術館も自庭での作品展も見ておりません。あらためて津高さんの先駆的な試みに驚き、感心したのでした。

美術館を野生化した型破り榎忠展


榎忠展開催の
兵庫県立美術館のギャラリー
棟屋上に設置された
カエルの巨大オブジェ

榎忠(愛称エノチュウ)さんは1944年香川県生まれですが、60年代後半から神戸を拠点に活動してきました。70年代はハプニング集団「グループZERO(後にJAPAN KOBE ZERO)を結成。とりわけ全身の毛を半分剃り上げた「ハンガリー国へ半刈りで行く」や、1979年に三宮の画廊で2日間だけ開催し、榎さん自ら女装してバー・ローズの女主人を演じた「BAR ROSE CHU」など伝説に残るパフォーマンスを行っています。

2009年の神戸ビエンナーレでは、神戸港に浮かぶドルフィンに「バー・ローズ・チュウ」などユニークな3作品を発表。兵庫県美でも新作の大砲「SALUTE C2H2」「Liberty C2H2」を出品しています。実際に轟音の響くオブジェで、ビエンナーレ開幕の祝砲を発しました。写真を撮ろうとすぐ前で身構えていた私は、その音のすさまじさに後ずさりし、カメラは天空を撮っていたほどです。


個展開幕の祝砲を
大砲から発射する榎さん

今回の展覧会は榎さんにとって最大限の個展で、連日夜までの作業で展示に11日間かかったそうです。代表作の大砲をはじめ、重さ3トン以上の鉄管、旋盤など、何しろ素材の中心が鋼鉄で、総重量が数10トンになるといいます。「鉄をはじめ金属の野生で美術館を満たす」といった迫力の展開で、開幕日に蓑豊館長は「世界に向けエポック」と賛辞を贈っていました。

展示作品は代表作と新作のオンパレードです。入り口を入ると旧ソ連のカラシニコフとアメリカ製のコルトが一列に並び、異様な光景です。最初の展示室には大砲が居並びます。作品6点中、1972年制作の古いスタイルものもありますが、残りは近年のもので、廃品となった金属が使われているとのことです。薬莢は本物で、戦争の道具が流通されているのも驚きです。


エナチューさんの
有名な半刈りの
パフォマンス写真

鉄鋼原料の問屋などで裁断された鉄片を磨き油を塗った「ギロチンシャー1250」や、溶鉱炉の底にたまったオリを含んだ鉄の塊で表現した「サラマンダー」(オオサンショウウオの意味)、美術品としてというより実務作業の中で作られたという鉄管「テスト・ピース」といった重厚な展示が続きます。

鉄を素材としたオブジェなど迫力のある展示構成の一方で、壁面には自然に通じる世界や機械に通じる世界を描いた繊細なドローイングもあり、エノチュウさんが右と左に分け、半刈りにした有名なパフォーマンス写真も展示されています。

圧巻は最後の展示室1室を使った「RPM―1200」。毎分1200回という高速回転する旋盤によって削られ磨かれた無数の機械の部品を台状に林立させた作品です。集積された部品は薄暗い照明の中、金属特有の光彩を放ち、遠くから見ていると摩天楼のようであったり、廃墟にようにも見えます。


機械部品の林立する
「RPM-1200」
(2006-2011)の展示

記者会見で「美術のことを知らない。私は質問に答えらない」と冗談まじりの榎さん。「子どものころから戦争ごっこなど遊び心を持っていました。旋盤工として働いてきましたので、廃材を活用して職人の心を伝えたいと思いました」とさりげなく語っていました。

担当学芸員の出原均さんは、私が朝日新聞社時代に広島市現代美術館に在籍していて「戦後文化の軌跡展」などで仕事を共にしたこともあります。「かつて兵庫県美のあった場所が製鉄所であったこともあり、作家がその地霊に惹かれたとのことです。既存の美術のあり方や権威に立ち向かう姿勢にすごさがあります」と話しています。

榎さんは今回も開幕日、自らの個展の祝砲を別々の大砲から二発発射しました。今度はなんと展示室で多くの観客が取り囲む中、大音響が私の耳栓からも聞き取れました。奔放さとアナーキーな魅力たっぷりの「榎ワールド」は、「美術館を野生化する」との謳い文句通り、すべてが型破りの展覧会です。


国立国際では「世界制作の方法」展


BBプラザ美術館に展示された
植松奎二さんの
「花の用に−螺旋の気配」

BBプラザの「鉄に挑む熱き男たち」展は、榎忠展ともども神戸ビエンナーレ2011の連携事業です。美術館のあるシマブンビルの内外に榎さんに加え植松さんと塚脇さんの空間造形10点を展示しています。この3人は神戸ビエンナーレ2009の神戸港・海上アート展でも三人三様の作品を出品していました。

この企画展を手がけた同館顧問の坂上義太郎さんは「植松作品の垂直と水平による造形は、今日の社会状況や人間や『もの』の関係を提示している、塚脇作品『鉄のドローイング』からは時空間の拡がりや深さを体感できる。榎作品は廃材の新たなる造形として生命を付与するもの」と解説しています。


塚脇淳さんの
「New HEAVY in NOGATA」 

最後に紹介するのが国立国際美術館の「世界制作の方法」展です。このタイトルは20世紀アメリカの哲学者ネルソン・グッドマンの著書に由来しているとのことです。同書の中でグッドマンは、「世界そのもの」は実体が無く、あくまで制作されるものであり、それはいくつものバージョンを作ることである、といった主張です。

今回出品の作家たち(敬称略)は、アート・ユニットのエキソニモ、パラモデル、伊藤存+青木陵子の3組と、クワクボリョウタ、木藤純子、鬼頭健吾、金氏徹平、大西康明、半田真規の6人です。いずれも絵画や彫刻といった枠組みから大きく踏み出していて、単体ではなく、美術館の展示室という場を超えて自己主張するインスタレーションによる空間展示なのです。


国立国際美術館に展示された
パラモデルの作品 

この展覧会のチラシには、先行世代が為し得なかった課題を自然な形で克服し、自らの存在を主張する、とあり、作家がつくり出す様々な手法による先鋭的な作品群を通じて、「世界制作の方法」が見る者の前に立ち現れることを確信すると喧伝しています。それぞれの作品は説明するより、とにかく実際に見て体感していただくしかありません。
           ×        ×
今回、一連の現代アートを見て、津高さんが遺したメッセージについて、端的に「架空通信」という造語で表現されていますが、「芸術とは本来無償の行為であり、制度や権威によって決められるものでもなく、いったい芸術とは何だろうか、という問いかけをつねに持ち続けながら、自分自身や社会に向けて表現するものです」(池上さんのコメント)といった指摘に共感しました。


鬼頭健吾さんの作品
「flimsy royal」 

また榎さんの「美術とは何か、人間とは何かを問い続けること。そしてその制作過程で、みんなと考えたり語り合ったりするこが作品なのです」といった持論にうなずけます。さらに国立国際美術館の出品作家たちが発信する美術表現の可能性や無限性にも強烈な印象を受けました。現代アートの居場所が拡大することを願いたいものです。

 


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
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定価:1,680円(税込)
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発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
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アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
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発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
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発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

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三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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