美術の秋、多様なアートの饗宴

2011年10月1日号

白鳥正夫


二つの海外展が同時期開催の
京都市美術館

天変地異の年ですが、今年も美術の秋を迎えています。とりわけ関西では多様なアートの饗宴といった趣です。初公開の作品約50点という「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」は京都市美術館で11月27日まで、今世紀最大との触れ込みの「岸田劉生展」が大阪市立美術館で11月23日まで開催中です。さらに第3回目を数える総合芸術際「神戸ビエンナーレ」も11月23日まで開かれます。震災・原発事故、さらには台風の被害が列島を襲い重苦しい日々、せめて充実の展覧会で、心の豊かさを深めたいものです。

ワシントン・ナショナル・ギャラリーから83点

東京の国立新美術館で約40万人を集めた「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」は、12年ぶり同じ京都市美でのお目見えで、今回は「印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション」と銘打って83点の展示です。いずれも著名な巨匠の作品ばかりですが、チラシには、フィンセント・ファン・ゴッホの「自画像」(1889年)の部分を使って、宣伝文句が、この「顔」、初来日。また、同館の看板でもある常設コレクション作品が9点も含まれていて、格別に質の高い出展といえます。


「ワシントン・ナショナル・
ギャラリー展」のチラシ


フィンセント・ファン・ゴッホ
《自画像》1889年
National Gallery of Art,
Washington /
Collection of
Mr. and Mrs. John Hay Whitney

ワシントン・ナショナル・ギャラリーは一度訪ねたいミュージアムの一つです。あらためて調べてみますと、意外と歴史は浅く1941年の開館でした。それも一人の男の夢とロマンで創設されたのでした。実業家アンドリュー・メロンのコレクション約150点をもとに、その精神を受け継いだ一般の市民らの寄金や寄贈で成り立っているのです。いまや12世紀から現代までの西洋美術コレクション約12万点を誇り、名画の一大宝庫になったのですから驚きです。


エドゥアール・マネ
《オペラ座の仮面舞踏会》
1873年
National Gallery of Art,
Washington / Gift of Mrs.
Horace Havemeyer
in memory of her mother-in-law,
Louisine W. Havemeyer


とりわけ創設時に1点もなかったフランス印象派とポスト印象派の作品は世界でも屈指で、まさに「アメリカ市民が創った奇跡のコレクション」といえます。これまで寄贈者の意向もあって貸し出しが厳しく制限されていましたが、開館70年を機に大規模な改修が行われることになり、今回の展覧会が実現したそうです。

京都市美では「フェルメールからのラブレター展」も開催中で、ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵の「手紙を書く女」も出品されています。二つの海外展が同じ会場で競合するのは同館でとても珍しいとのことです。今回の展覧会には記者内覧会に駆けつけ、担当の後藤結美子学芸員の案内で鑑賞しました。展示構成はシンプルで、第1章「印象派登場まで」、第2章「印象派」、第3章「紙の上の印象派」、第4章「ポスト印象派以降」となっています。


「鉄道」を鑑賞する女性ら

第1章では、カミール・コローやジュール・デュプレなどバルビゾン派の作品から始まり、エドゥアール・マネの5点が展示されています。中でも「オペラ座の仮面舞踏会」(1873年)は上下左右を切り取ったような異様な画面に、黒の衣服をまとった紳士らが描かれていますが、袖の無い白い服を着た踊り子風の女性に目を引かれます。「鉄道」(1873年)も視線や服装など対照的に母子を描いていますが、鉄柵越しに駅構内を眺める後ろ向きの少女の白いドレスと青の帯が印象的です。

第2章は名画のオンパレードです。印象派の生みの親ともいうべきクロード・モネの作品があります。「日傘の女性、モネ夫人と息子」(1875年)は、1999年時には図録の表紙になっています。光にあふれた草原に立つ母子を低い目線から取り上げています。草原を吹き抜ける風や香りまで伝わってくるようです。「ヴェトゥイユの画家の庭」(1880年)から、自前の庭をジヴェルニーに造り、心置きなく絵筆をとった「太鼓橋」(1899年)も見飽きません。見事に光の世界を写し取っているのです。

ルノアールも6点出品されています。「モネ夫人とその息子」(1874年)は、モネとの交遊関係が想像でき、前述の同時代のモネ作品と見比べると、興味が深まります。「踊り子」(1874年)や「アンリオ夫人」(1876年頃)は一見してルノアールと分かる筆致です。この章では、エドガー・ドガやベルト・モリゾ、メアリー・カサットもそれぞれ3点出品されていて見ごたえ十分です。カサットの「青いひじ掛け椅子の少女」(1878年)が今回の図録の表紙になっています。


クロード・モネ
《ヴェトゥイユの画家の庭》
1880年
National Gallery of Art,
Washington /
Ailsa Mellon Bruce Collection


第3章はマネからトゥールーズ・ロートレックまでの11人の画家が手掛けた水彩画やパステル、版画27点がまとめて展示されています。油彩画と異なり小ぶりな作品がほとんどですが、マネの「葉のあるキュウリ」(1880年頃)やポール・セザンヌの「ゼラニウム」(1880/1890年)などの水彩画や、ポール・ゴーギャンの板目木版、ロートレックの厚紙に描いた油彩などもあって味わい深いコーナーになっています。

最後の章にはセザンヌの6点が出色です。「『レヴェヌマン』紙を読む画家の父」(1866年)に描かれた新聞?には息子セザンヌの記事が書かれていたそうです。風景画の「水辺にて」(1890年頃)や静物画の「りんごと桃のある静物」(1905年頃)など時代やモチーフの違った作品が並んでいます。チラシのゴッホの「自画像」(1889年)は、数ある自画像の中でも晩年の一枚で存在感があります。

今回のコレクション展示について、兵庫県立美術館で一緒に仕事をしたこともある旧知の平井章一・国立新美術館主任研究員は、図録の中で「アメリカの富裕層にとって、ヨーロッパの優れた作品を買い集め自国の財産とすることが、国家から付託された使命であるかのようだ。アメリカにおける印象派コレクションの背景からは、新興経済大国アメリカのヨーロッパに対する憧憬や望郷だけでなく、嫉妬、劣等感などの複雑な感情もまた、透けて見えるのである」と、結んでいます。

岸田劉生展は「麗子いっぱい」28点も


岸田劉生「自画像」
1913年
(豊田市美術館)


「岸田劉生展」は、生誕120周年を記念しての特別展で、肖像画や風景画など約240点を紹介する本格的な回顧展です。大阪市立美術館だけで開催されるようで、美術館がいかに力を注ぎ準備を進めてきたかが、「空前絶後」「お待たせしました」と言ったキャッチコピーからもうかがい知れます。

重要文化財の「麗子像」で名高い岸田劉生(1891〜1929年)は、17歳で黒田清輝が主宰する白馬会洋画研究所に学び、20歳の時、武者小路実篤らの文芸誌『白樺』と出会い、ゴッホやセザンヌを知り、「第二の誕生」を自覚します。やがてデューラーら北欧ルネサンスの感化から、精緻な写実を追求し、西洋の写実主義や東洋の古典絵画にも精通した独自の絵画世界を築いたのでした。近代美術史を代表する画家の一人として、高い評価を受け続けているのです。


「麗子像」1921年
(東京国立博物館)
Image:TNM Image Archives


劉生は1929年に山口県で急逝するまで、わずか38年の短い生涯でしたが、数多くの肖像画や風景画、静物画などの油彩に加え、日本画も遺しています。一連の「麗子像」に見られるように、物や人物の存在を深く見つめる「内なる美」を探究した画家でもあります。

この展覧会の記者内覧会に出向きました。篠雅廣館長自身、積極的に関わられたらしく、概要の説明もほどほどに館長自ら会場案内をする熱の入れようでした。こちらは、ほぼ時系列に劉生が過ごした東京、鵠沼、京都、鎌倉に分けての展示構成です。一部前後期の展示替えがありますが、200点余の作品を通観して「よくもこれだけの作品を集めたものだ」と、感動すら覚えました。


「麗子十六歳之像」
1929年
(ふくやま美術館)



赤い壁紙の1室に展示された
「麗子」の作品

「道路と土手と塀
(切通之写生)」
1915年 
(東京国立近代美術館)

見どころは何といっても「麗子いっぱい」です。劉生は生涯、数え5歳から16歳までのまな娘・麗子の肖像画を水彩や版画、デッサンまで合わせると約80点も描いたとされています。この展覧会では前後期含め28点もの「麗子」が、日本各地から集結し顔見せします。何点かは所蔵美術館の展示で見ていましたが、これだけまとめて見るのは初めてです。

教科書に出てくる、おかっぱ頭が印象的な「麗子微笑(青果持テル)」は、「麗子像」(1921年 東京国立博物館、重要文化財)のキャプションで展示されています。劉生がレオナルド・ダ・ビンチの名作「モナ・リザ」からインスピレーションを受けたと言われている作品です。一方で「寒山拾得図」の不気味でグロテスクな笑いをモチーフにしたと思われる「寒山風麗子像」(1922-1923年 笠間日動美術館)も出品されています。
麗子がこれほど多くの作品のモデルになったのには、単にまな娘というだけでなく、劉生は25歳のとき、肺結核と診断され、東京から温暖な気候の神奈川県藤沢市の鵠沼海岸に転居したことにあります。医師から野外での写生は禁じられ、室内で制作ができる麗子が格好の対象となったわけです。それにしても作家が同じ人物をこれだけ様々な表現で一人のモデルを描いた執着心に驚かされます。
「麗子」以外にも、注目の作品があります。一押しの名品は「道路と土手と塀(切通之写生)」(1915年 東京国立近代美術館、重要文化財)です。都市化で切り拓かれる土手や盛り上がるような坂道を描いた風景画です。道路の向こうには青空が広がっていますが、手前の道路には電信柱の影が横たわっています。篠館長は「行く先の見えない道路は、劉生の芸術の道を示しています。実際の風景でありながら超現実的に見える絵ですが、現代に生きる人にも、近代とはなんであったのかを問いかけているようです」と解説していました。
劉生は画家でありながら、新聞記者だった父親譲りなのか物書きでもありました。日記や書簡も含め10巻もの全集を著しています。劉生の創作意図や芸術論などを認めており、次のような一文があります。
 
何にしても私は、深い美を見、深い美を表現した時の喜びは、一寸小さい自己以上の感じを味ふ。より深い美、より深い美と、一人だまって、仕事を積んでいく事、これが、まあ私の「生」への肯定「死」への諦めの唯一の道である。

「神戸ビエンナーレ」では具体作品も展示


元永定正
「ひだりのかたちは
あかきみどり」
2011年



ユリウス・シュミーテル
「ストロボライト」

「神戸ビエンナーレ」は2年に一度の開催ですが、今回も兵庫県立美術館をはじめ神戸ハーバーランド、ポーアイしおさい公園など神戸市内各所を舞台に多種多様な催しが展開されます。美術だけでなく、音楽や踊りなど「『きら』『きら』」光る、まち・人・こころ」をテーマにした総合芸術祭になっています。ヴェネチアや光州、上海でも大規模に開催されていますが、国内でも横浜をはじめ越後妻有で3年に一度のトリエンナーレ、瀬戸内国際芸術祭、さらには北九州や名古屋でもビエンナーレが催されるようになりました。街の活性化への思惑もあるとはいえ、現代美術の作品に触れる機会でもあります。

「神戸ビエンナーレ」の主要会場の兵庫県美では、「REFLEXIONEN ひかり いろ かたち」と題して、前衛美術活動を展開したドイツ・ZEROのオットー・ビーネと具体美術協会の元永定正、次世代の作家ユリウス・シュミーテルと松井紫朗を招待作家に作品を展示。具体は海外にも影響を与えた美術活動で、元永以外にも吉原治郎、嶋本昭三、田中敦子の作品も紹介しています。



 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
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定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
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定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
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定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
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定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

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