アニメーションの世界をテーマに

2011年9月1日号

白鳥正夫


アリエッティの部屋
(C)2010 GNDHDDTW
Production Design
Yohei Taneda

いまを時めくアニメーションの世界をテーマにした二つの展覧会が神戸市で開かれています。スタジオジブリ制作のアニメ「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」が兵庫県立美術館で、『天空の城ラピュタ』や『火垂るの墓』などの美術監督を手がけた「日本のアニメーション美術の創造者 山本二三展」が神戸市立博物館で、いずれも9月25日まで開催中です。今回の二つの展覧会は映像美術のエキスパートを取り上げたもので、10数年前なら公立美術館での企画展としては考えられなかったのではないでしょうか。時代の変遷とともに美術の多様化も進み、近年は映像や写真、絵本、漫画、アニメといった分野の展覧会が脚光を浴びています。

「借りぐらしのアリエッティ」の世界
種田陽平さんが展示室にセット再現


展示会場に入れば
「体感」鑑賞

「映画美術の神様」と宣伝される種田陽平さんとはどんな方なのでしょうか。映画の主役は主演やキャストなど俳優であり監督です。美術監督は本来、目立たない黒子といってもいい存在です。しかし種田さんは数々の話題作の美術を担当し、今や日本を代表する美術監督の一人であり、脇役どころか、映画の魅力を高める大黒柱なのです。

あらためて経歴を調べてみると、1960年大阪生まれの種田さんは武蔵野美術大学の在学中より絵画助手として寺山修司監督の『上海異人娼館』や、相米慎二監督作品などに美術助手として参加。1986年、石井聰互監督の『ノイバウテン: 半分人間』で美術監督を務めています。

その後の活躍はめざましく、『スワロウテイル』や『不夜城』で日本アカデミー賞・優秀美術賞を受賞。『キル・ビルVol.1』では米国美術監督協会の最優秀美術賞にノミネートされています。『THE 有頂天ホテル』『フラガール』で毎日映画コンクールの美術賞などを受賞します。


展示室に創り出された
精巧なセット

さらに2008年の『ザ・マジックアワー』、2009年の『ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜』、2010年の『悪人』で三年連続日本アカデミー賞・優秀美術賞を受賞するなど存在感を誇示しています。今年、三谷幸喜監督の『ステキな金縛り』と台湾映画『Seediq Bale』、来年には中国映画『13 Flowers of Nanjing』が公開予定といいます。

種田さんの活動は映画にとどまらず、テレビ番組やCM、イベント、空間デザイン、舞台美術など国内外の幅広い分野でデザイン・ワークを展開しています。また、2008年5月から1年間、三鷹の森ジブリ美術館で展示された「小さなルーヴル美術館展」の美術監督も担当しています。


「借りぐらしのアリエッティ」の
展示模型

その種田さんが今回、スタジオジブリの新作映画『借りぐらしのアリエッティ』の公開に合わせた形で、美術館の展示室にスタジオジブリのアニメーション映画『借りぐらしのアリエッティ』の巨大なセットを美術館に創り上げたのです。宮崎駿監督が企画を練ったアリエッティの世界をスタジオジブリ・米林宏昌監督がアニメーション映画に、そして種田さんは実写映画の技をセットに注ぎ込んだのです。

アリエッティの物語は、古い屋敷の床下に棲む小人の一家が、上に住む人間の世界から必要なモノを「借りてきて」暮らしていますが、「人間に見られてはいけない」という小人の掟があります。しかしある日、14歳になる娘のアリエッティが病気療養のために訪れた12歳の少年に見られます。この二人が織り成す淡く切ない恋物語なのです。


展示イメージのイラスト:
種田陽平(C)2010 GNDHDDTW
Production Design
Yohei Taneda

展覧会場に入ると、そこは「異世界」。とても美術館の展示室とは思えない物語の世界に迷い込んだように、屋敷の床下の小人の家が拡大され再現されているのです。実写映画では、スタジオの中に精巧なセットを築きますが、撮影終了とともに解体され、観客はスクリーンを通して見ることのできない虚構の世界です。

この展覧会は東京都現代美術館と愛媛県美術館を巡回していますが、会場に合わせ再現セットを製作しなければなりません。兵庫県立美術館でも約2週間かけて展示したといいます。展示場の壁に掛けられた絵画を見たり、展示室に置かれた彫刻を見たりするのとは違って、虚構の世界を体感する仕掛けなのです。まさに展覧会の謳い文句「現実と虚構の融合」への試みです。


イメージボードの展示も

展覧会では、展示のもととなった宮崎駿監督や米林宏昌監督らが描いた絵コンテ・イメージボードや、そこから発想された美術ボードなども展示され、プロセスがたどれるように構成されています。このほか種田さんがこれまでに手掛けた映画美術の資料や、映像コーナーもあります。

種田さんは今回の試みについて、展覧会図録の中で「セットづくりに愛をこめて」と題して、次のように端的に語っています。

日本のセット作りの技術は、世界のそれに比して一歩もひけをとらないレベルにあることを、展覧会のお客さんたちに知ってもらいたい、という気持ちを押さえることはできない。(中略)。スタジオジプリが創造した世界を立体化しセットにつくりあげることで、僕ら実写映画美術の人間も、きっと大きく成長できるに違いない、という思惑もあった。(中略)子どもたちだけでなく、大人のお客さまも床下のアリエッティの暮らしの空間で「幼な心」を取り戻し、楽しいひとときを過ごしていただきたく思います。
 

 アニメン美術の創造者、山本二三さん
『火垂るの墓』など名作180点展示


「じゃりン子チエ」の
背景画の展示

一方、山本二三展は、神戸ビエンナーレ2011のプレ企画として、日本を代表するアニメーション美術の監督で数々の名作を生み出してきた山本さんの仕事を紹介する関西初の展覧会です。山本さんみずからが選択した、アニメーション用の背景画、その前段階のスケッチ、イメージボードなど初期から最新作まで未公開作品を含む約180点を紹介しています。

山本さんは、1953年に長崎県五島列島の福江島に生まれ、苦学しながらも建築と絵画を学び、ようやく念願のアニメーションの背景画の仕事に就いたそうです。美術スタジオを経て、日本アニメーションやスタジオジブリなどにも籍を置いています。


「時をかける少女《踏切》
以下5枚とも(C)山本二三

この間、1977年にテレビアニメの『シートン動物記・くまの子ジャッキー』で美術助手を、翌年に『未来少年コナン』で初めて美術監督を務めた後、高畑勲や宮崎駿監督作品に美術監督、背景画制作で参加します。劇場版『じゃりン子チエ』(1981)、『名探偵ホームズ』(1982)、『天空の城ラピュタ』(1986)、『火垂るの墓』(1988)など話題作を次々と手がけます。

山本さんの作品は、入念な取材に基づく精密な絵柄が特徴で、とりわけ立体感のある表情豊かな雲の描写が「二三雲」として定評があります。2006年には『時をかける少女』の美術監督を務め、第12回AMD Award06大賞の総務大臣賞を受賞。2007年に『あらしのよる』で日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞などを受賞しています。


「もののけ姫《獅子神の森》」

展覧会では、名作アニメのオンパレードです。『じゃりン子チエ』の大阪下町の路地裏風景や『時をかける少女』の都会の踏切の情景、『天空の城ラピュタ』の空想世界、さらには『もののけ姫』の獅子神の森を描いた一連の作品は、背景画としてではなく味わい深く鑑賞できます。

中でも神戸を舞台にした野坂昭如原作を高畑勲監督がアニメーションとした『火垂るの墓』が印象に残りました。なにしろ高畑勲監督と山本さんは古い写真を調べ、何度も神戸や西宮地域に足を運び取材を重ねたといいます。多くのイメージボードを通して昭和20年の風景を甦らせていますが、炎に包まれ燃える町並みには迫真的なリアリティがありました。

この展覧会の担当学芸員の岡泰正さんは図録に、『火垂るの墓』の凄みについて「山本二三に製作中、完成したら死んでもいいと言わしめた、入魂の仕事であった」と書き出し、「原作者の野坂がうなったのは、よりよい作品を後世に残そうとする真摯な熱が伝わったからだと言っていい」と記し、「しみじみアニメ恐るべし」と締めくくっています。
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「火垂るの墓《裏通り》」


「火垂るの墓《火炎》」

アニメーション美術では、「ジブリの絵職人 男鹿和雄展」が2007年から2010年にかけて全国9会場を巡回し、総入場者数は約100万人に達しています。『となりのトトロ』(1988)の大ヒット作を中心にした展示で関西では兵庫県立美術館で開催されています。今の日本アニメ界では、その男鹿さんと今回の山本さんが両翼を担っているようです。

音楽といえばクラシック、美術といえば絵画や彫刻といった時代は急テンポに変貌し、サブカルチャーとされた分野が脚光を浴びてきた感があります。こうした展覧会はこれまでデパート美術館の客寄せ企画の域でしたが、もはや岡学芸員が強調しているように、動員数からも「アニメ恐るべし」なのです。


「天空の城ラピュタ
《ラピュタのロボット》」

かつて私が朝日新聞企画時代に担当し、前回取り上げた「西遊記のシルクロード 三蔵法師の道」展で、三蔵法師の歩いた苦難の道を鑑賞者にもより理解していただこうと、会場内や通路にパネルや布を活用した造作にも力を注ぎました。またBGMなども活用し目だけでなく耳や体感できる展覧会仕立てを心がけた思い出があります。会場の奈良県立美術館の職員から「次第に美術館の雰囲気が薄れる」との声が上がったほどでした。

今回の兵庫県立美術館の「借りぐらしのアリエッティ」のセット出現には度肝を抜かれた感すらしました。展覧会の性格に見合った造作技術に驚き感心しました。まさに美術館が物語の舞台に変身し、「体感」鑑賞の仕掛けを試みているのです。

かつて元兵庫県立美術館館長の木村重信さんが「美術館は1970年代にポンピドーセンターができてから、人々を楽しませるという性格が強くなってきました。Amuuseumです。「a」は従来のmuuseumを否定するという意味をもち、また続けるとamuseで楽しませるという意味につながります」と話していました。

美術の多様化と大衆化に即した様々な展覧会企画の試みを歓迎し、期待したいものです。


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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