饗宴! フェルメールとレンブラント展

2011年7月15日号

白鳥正夫


フェルメール3点の看板が
かかった京都市美術館

17世紀オランダ絵画の巨匠に、ヨハネス・フェルメール(1632-1675)とレンブラント・ファン・レイン(1606-1669)がいます。その名画が京都と愛知で同時期に開催中です。「フェルメールからのラブレター展」は京都市美術館で10月16日まで、「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」が豊田市美術館で8月28日まで、さらに「レンブラント 光の探求/闇の誘惑」が名古屋市美術館で9月4日までそれぞれ開かれています。絵画の本質は光の表現ともいえます。二人の巨匠はどのように光を捉えたのか、その天才ぶりを拝見する絶好の機会でもあります。

修復後世界で初公開を含む3点

フェルメールが描いた作品は、世界でわずか30数点しか確認されていません。それゆえ神秘化され、国内で公開されるたび反響を呼んできました。初お目見えは1968年の国立西洋美術館での「レンブラントとオランダ絵画巨匠展」。「ダイアナとニンフたち」(1655−56年頃)が来日してから、その後何度か所蔵美術館展などでも1−2点出展されています。展覧会名にフェルメールが登場したのが、2000年に大阪市立美術館で開かれた「フェルメールとその時代展」です。この時はなんと「真珠の耳飾りの少女」(1665−66年頃)など5点がやってきて、60万人も集めたのでした。


「手紙を読む青衣の女」
(アムステルダム国立美術館)
  (C) Rijksmuseum, Amsterdam.
On loan from the City of Amsterdam
(A. van der Hoop Bequest)



「手紙を書く女」
(ワシントン・ナショナル・
ギャラリー)
(C) National Gallery of Art ,
Washington,
Gift of Harry Waldron Havemeyer
and Horace Havemeyer, Jr. ,
in memory of their father,
Horace Havemeyer.


この年、私はオランダを訪れ、フェルメールが生まれ、43年の生涯を過ごしたデルフトの町を歩いたのでした。そして「真珠の耳飾りの少女」や「ダイアナとニンフたち」と再会し、「デルフトの眺望」(1659−60年頃)も鑑賞することができました。2008年には東京都美術館で「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」が催され、「小路」(1658−59年頃)など一挙に7点のうち5点が日本初公開で、93万人を超えたのでした。

36作品を追っかけ『恋するフェルメール』(2007年、白水社)を著した有吉玉青さんは、「フェルメールの前で沈黙してしまうのは、当然のことだった。なぜならばフェルメールを愛しているから」との記述がありました。有吉さんのような心境になれませんが、私も日本で公開された展覧会や、ハーグのマウリッツハイス王立美術館のほか、アムステルダム国立美術館やパリのルーヴル美術館などで、今年もロンドンのナショナル・ギャラリーで、そして今回の展覧会で約20点は見ているのではないでしょうか。

さて「ラブレター展」では、フェルメールをはじめ、ピーテル・デ・ホーホ(1629-1684)やヘラルト・テル・ボルフ(1617-1681)といった同時代のオランダの画家たちが描いた「手紙」を軸に、人々のやりとりや仕草、家族の絆などコミュニケーションにスポットを当て、4つの章で構成しています。ヨーロッパやアメリカの各地から集めた約40点は、数としては少ないのですが、テーマに沿った質が高く内容のある展示になっています。


「手紙を書く女と召使い」
(アムステルダム国立美術館)
  (C) Rijksmuseum, Amsterdam.
F.E. Blaauw Bequest, 's Graveland.


お目当てのフェルメール作品は、会場の最後の広い1室にまとめられていて、見せ方も工夫されていました。女性と手紙を主題にしたフェルメール作品6点のうち、修復後世界で初公開となる「手紙を読む青衣の女」(1663−64年頃)を含め「手紙を書く女」(1665年頃)「手紙を書く女と召使い」(1670年頃)の3点が出品されています。

「手紙を読む青衣の女」は、酸化が進み、変色し小さな剥落などのためアムステルダム国立美術館で修復作業が行われ、本国に先んじての公開とのことです。当初の色彩がよみがえったとされ、会場の一角で修復前後の解説がされていました。

フェルメールは、小画面の中に家庭的な情景を取り上げていますが、壁にかかった地図や絵画、楽器や日用品などを配した緻密な空間構成で、作品に物語性を感じさせます。また窓から差し込む光を巧みに描きこみ、効果的な色彩表現が印象的です。今回の3点は、いずれも手紙を読み書きする女性へのフェルメールの眼差しを感じさせる作品で、有吉さんならずも、理屈抜きに魅了されます。

この展覧会は京都を皮切りに、宮城県美術館、東京のBunkamuraザ・ミュージアムに巡回します。

傑作「地理学者」は11年ぶり

もう一つの「フェルメール《地理学者》展」は、豊田市制60周年記念事業として開催されています。フェルメール作品は「地理学者」(1669年)の1点ですが、レンブラントやペーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)、フランス・ハルス(1582/83−1666)、さらにはヤン・ブリューゲル〔父〕(1568-1625)ら大航海時代のオランダの巨匠たちの作品95点が展示され、うち90点が日本初公開とのことです。


「地理学者」



「地理学者」の展示室。
地球儀も参考出品


いずれもオランダ・フランドル絵画の屈指のコレクションで知られるドイツ・フランクフルト市のシュテーデル美術館の所蔵で、同館改築工事のためまとまっての出品となったようです。目玉は、やはりフェルメールの「地理学者」。2000年に大阪市美で見ていますが、こんなに早く日本で再会できるとは思いませんでした。なにしろ「天文学者」(1668年、ルーヴル美術館所蔵)と並んで、珍しく男性が主役の傑作中の傑作です。

豊田市美は10数年ぶりの訪問です。朝日新聞社時代にアプリケの「宮脇綾子遺作展」を手がけた際に多数の作品を借用し何度も訪ねた思い出があります。面識のある学芸員とも久々にお会いし、近年着任の吉田俊英館長とはかつて勤められていた名古屋市美や奈良県美でもお目にかかっていました。開幕から2週間の週日に、館長の案内でじっくり鑑賞することができました。


「竪琴を弾くダヴィデ王」


「ガラスの花瓶に生けた花」

展示は5章立てになっていて、まずは「歴史画と寓意画」です。いきなりレンブラントの「サウル王の前で竪琴を弾くダヴィデ」(1630−31年頃)があり、ルーベンスの「竪琴を弾くダヴィデ王」(1616年頃−40年代後半)は、ブックホルストにより継ぎ木され加筆された作品とのことで、興味深く見ることができました。次いで画家たちの生活の糧ともなった「肖像画」では、ハルスの「男の肖像」「女の肖像」(いずれも1638年)も展示されています。

「風俗画と室内画」は当時の庶民の生活を知る手がかりにもなります。「歌う若い男」や「苦い飲み物」「納屋で畜殺された豚」などの作品が目を引きました。「地誌と風景画」のセクションは最も作品数が多く、「牧草地の羊の群れ」や「嵐の海」「街頭のあるハーレムの冬」など見ごたえがありました。最後が果物や魚、花などをテーマとした「静物画」で、ヤン・ブリューゲル〔父〕の「ガラスの花瓶に生けた花」(1610−25年頃)もあり、多種多様な作品が楽しめました。
 
肝心の「地理学者」だけは、結界が設置されての1点見せです。絵の学者は右手にコンパスを、左手に本をつかみ、光の差し込む窓辺に視線を向けています。棚の上には地球儀、壁には地図が配置され、いずれにも光線による明暗が描きこまれています。松浦史料博物館所蔵の地球儀や天球儀、神戸市立博物館所蔵のファルクの地図など参考出品されていました。
 
11年前には人垣の中でしたが、今回は観客の途切れた時に間近で鑑賞できました。少し画面が暗く感じましたが、照明の制約が厳しいのでしょう。パリで見た「天文学者」もほぼ同じ程度のサイズでした。ともに同じような衣装を身にまとっています。対をなす二つの作品の人物は同じモデルだったのでしょうか。何度見てもフェルメール作品は神秘に満ち、興味は尽きないのです。

こちらの展覧会は、Bunkamura ザ・ミュージアムで東日本大震災前の開幕で会期を全うして豊田が最終の巡回です。今回の企画では、名古屋市美術館のレンブラント展と広報など連携し、当日券より600円安いセット前売券が発売されたそうです。


「書斎のミネルヴァ」(個人蔵)
(C)Private Collection, New York

版画を中心に世界から107点


「音楽を奏でる人々」
(アムステルダム国立美術館)  
  (C)Collection Rijksmuseum,
Amsterdam


一方、東京の国立西洋美術館で約26万5000人を集めた「レンブラント展」は、名古屋が最終会場です。「見よ、天才レンブラント」と宣伝するだけあって、質量とも充実の展覧会です。何しろオランダのレンブラントハイス美術館の協力のもと、アムステルダム国立美術館、ルーヴル美術館、ボストン美術館などが所蔵する素描と銅版を含めた107点のレンブラント作品を核に、関連作家の作品を加えた合計117点も出品されているのです。
 
レンブラントと言えば、2000年にアムステルダム国立美術館で見た代表作の「夜警」(1642年)を思い出します。本来は「隊長フランス・バニング・コックと副官ウィレム・ファン・ライテンブルフの市民隊」とのタイトルで、確か昼の情景を描いたのですが、表面が茶色に変色したため通称で呼ばれることになったそうです。縦3メートル63センチ、横4メートル37センチもの巨大な作品です。この1点にフェルメール作品30数点が収まることを美術書で読んだことがあります。


「石の手摺りにもたれる自画像」
(1639年 アムステルダム、
レンブラントハイス)
(C)The Rembrandt House Museum,
Amsterdam


今回の展覧会の趣旨は、天才レンブラントが極めた明暗表現のすばらしさを伝えるべく企画されたとあり、白と黒の芸術である銅版画93点を中心に構成されていました。これだけのレンブラントの版画を集めた展覧会は初めての試みでしょう。あの大作「夜警」の作者の、細やかな光と闇の圧倒的な表現力に驚かされました。
 
東京・銀座のヒロ画廊に立ち寄った際に古いレンブラントの版画の美術書2分冊を見せていただきました。フランスの出版社から1873年に発行されたものでした。140年も前にこうした特集がなされているにしては、今回の企画は遅かったような気もしますが、晩年まで追求した「黒い版画」から、「淡い色の紙」を使った和紙刷り、「キアロスクーロ」すなわち明暗表現の変わった技法といった三つのセクションで、より専門的に掘り下げ構成されていました。

レンブラントは版画の明暗表現をより際立たせるために普通の紙の他に、ヴェラム(子牛の皮)や和紙(雁皮紙)を用いています。時は江戸時代、出島から船でオランダまで和紙が運ばれたのですから、それをレンブラントが使用していたことになります。和紙特有の淡い色合いが、白い一般的な紙に刷られた版画にはない独特のあたたかさを加えています。


画廊で見た
古いレンブラントの古い版画の
美術書


さらに特筆すべき展示は、「3本の十字架」と「エッケ・ホモ(民衆に晒されるキリスト)」のコーナーです。2つの傑作に関し、各地の作品を比較展示しています。画像からは、単に明暗の違いしか見て取れませんが、実際には随所でかなりの改変がなされていることも着目されるところです。

ほとんどが版画ですが、油彩画も11点出展されており、チラシの表紙になっている「書斎のミネルヴァ」(1635年)や「音楽を奏でる人々」(1626年)などレンブラントの魅力たっぷりです。

 


 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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