用の美、民藝作品の美しさ

2011年6月20日号

白鳥正夫

「美のために作られたものが、かつて用のためにできたものより美しかった場合がない」。これは民藝の美を説き、わたしたちの美的感覚に新しい発想をもらせた柳宗悦（むねよし）の思想でした。巷の多くの展覧会は鑑賞のために表現された美の世界です。日常生活の道具の中に、真の美を求めた民藝をあらためて見直そうと、久々、大阪日本民芸館を訪ねました。春季特別展として「民藝運動の作家達−芹沢�C介を中心として」が７月１８日まで開催されています。また民藝コレクションで知られるアサヒビール大山崎山荘美術館では、椅子にテーマを求めた「かんさいいすなう」展が９月２５日まで開かれていますので、併せて紹介します。

大阪日本民芸館で「芹沢�C介」展開催

「芹沢�C介を中心として」 の展示会場

絵本「どんきほうて」

そもそも民藝とは、大正時代末から昭和初期にかけて、柳宗悦（1889−1961）や陶芸家の濱田庄司（1894−1978）や河井寛次郎（1890−1966）らによって提唱され、１９２６年に「日本民芸美術館設立趣意書」の発刊により開始されたのでした。日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に「用の美」を見出し、活用する日本独自の運動として、現在でも多くの造形作家達にも多大な影響を与えています。

大阪日本民芸館は、もともと１９７０年の日本万国博覧会（大阪万博）のパビリオンの一つです。「暮らしの中で培われてきた工芸品の実用性に即した美しさを見てもらおう」と、日本民藝館（東京・駒場）が国内展示館「日本民芸館」を出展しました。万博終了後の翌年、展示館の建物を引き継いでオープンしたのです。初代の館長は、柳宗悦とともに民藝運動を推進してきた濱田庄司です。

「民藝運動」の西の拠点として装いも新たに開館した大阪日本民芸館は、民藝運動に共鳴し、「用と美」の担い手としての独自性を確立していった陶芸や染織の作家達の作品を中心に収蔵しています。陶磁器をはじめ染織品、木漆工品、編組品など国内外の民芸品を展示する特別展を、春季と秋季の年２回開催しています。特別展に合わせ記念講演会なども開いています。

展示室は回廊式になっており、建物に囲まれた中庭は石庭で、全国各地の壺や甕、鉢を配して野外展示場としています。万博記念公園内に立地し、国立民族学博物館や日本庭園、平和のバラ園などが隣接します。

２００４年までは大阪市中之島に移転した国立国際美術館も隣接していて、私は民芸館にも何度か足を運んだことがありました。国立国際の跡地は広大な駐車場になり、２階の展示室から太陽の塔の裏の黒い顔が間近に見えます。館周辺は緑に囲まれ、散策も楽しめます。

さて今回の春季特別展では、染色家の芹沢�C介（1895−1984）の作品を中心に、民藝作家達の作品が展示されています。パンフレットによると、静岡市出身の芹沢は、１９２７年に発表された宗悦の論文「工藝の道」に感銘を受け、沖縄の伝統的な染色である「紅型（びんがた）」に導かれ、独自の型絵染と呼ばれる世界を確立。１９５６年には人間国宝に認定されています。

「法然上人御影」

展覧会では、第１展示室に芹沢作品の中から屏風や着物、のれん、本の装丁など様々なジャンルにわたる型絵染の仕事を中心に、硝子絵や板絵など多種多様な作品を見ることができます。芹沢作品についてはこれまでも断片的に見ておりますが、大胆なデザインながら、細やかな色合いや文様の魅力に引き込まれます。

なかでも「法然上人御影」や「釈迦十大弟子尊像」もそろって展示されていて見ごたえがあります。会場には下絵から型彫り、色差しなどの製作工程の写真パネルがありました。『芹沢�C介型紙集』（芸艸堂）の中で、宗悦の長男で工業デザイナーの柳宗理さんは「芹沢にとって型紙を彫る時、正に芹沢芸術を生み出すピークの時なのだ。その境地には、神が乗り移っているとも言える。芹沢でなけれ生まれ得ない極地なのだ」と評価しています。

棟方志功が特別制作した 「大世界の柵」

第2展示室では濱田作品、第3展示室は「古」伊万里のそば猪口、第4展示室には古民藝など約３００点が展示されていて民藝の良さを満喫しました。

さらに万博時に棟方志功が特別制作した巨大版画「大世界の柵」が壁面を飾っています。民藝作家の作品とともに、名もなき職人が作った竹を編んで出来た籠などの道具も展示され、素朴ながらこれを使っていた人々の営みまで想像できます。
　
鳥取民芸美術館とアーツ&クラフツ展

古民藝の籠

私と民藝作品の出会いは、２０数年前、朝日新聞社の鳥取支局長に赴任したことがきっかけです。柳宗悦の民藝理論に共鳴した吉田璋也は、５０００点もの蒐集品の「民藝美術館」（現在の鳥取民芸美術館）や、職人たちの新作発表や販売の場として「たくみ工芸店」、「民藝美術館」（今の鳥取民芸美術館）を開設。さらに郷土料理を民藝品で味わえる「たくみ割烹店」も開店していたのです。私は打ち合わせや、県外から来客があると、しばしば活用したのでした。

璋也は、医師を父に鳥取市に生まれ、県外の大学卒業後帰郷し、市内に医院を開業。牛ノ戸茶碗に魅せられ、経営に苦しんでいた窯元を再興させたのです。璋也がプロデュースした民藝は、木工・竹工・挽物・漆工・石工・金工・染物など広範囲にわたり、地方の工芸に新しい刺激を与えたのでした。

黒田辰秋の椅子

私たちは普段、芸術家の作品に感嘆しますが、日々の暮らしは決して美しさと無縁の世界ではありません。食器を始めとする数多くの生活用品は、無名の人の手でつくられたものであっても、実用性と結びついた独特の美しさに輝いています。衣食住すべてにわたって民衆生活のなかに美を見出し、再生するという璋也の民芸運動の精神を知ることができたのです。

２００８年に京都国立近代美術館で開催された「生活と芸術−アーツ&クラフツ展」も印象深い展覧会でした。日本の民藝運動にとって、工業化社会の中で失われていくものに美を見出すという点で、１９世紀後半にイギリスで興ったデザイン革命の「アーツ＆クラフツ運動」が原点とも言えます。ともに手仕事に主眼を転じたのでした。

藤嵜一正さんと 「欅飾椅子」

アーツ＆クラフツ運動の提唱者ウィリアム・モリス（1834−1896）は、卓越した発想で「近代デザインの創始者」と呼ばれました。ブレーントラストが企画した日本でのモリス展には私も関わりました。モリスは産業革命により大量生産される粗悪品を憂い、かれのデザインした壁紙やテキスタイルは日常生活の中に生き続けています

この展覧会は装飾芸術の殿堂、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館との共同企画で、V&Aと国内の美術館などから、家具、テーブルウェア、ファブリック、服飾、書籍やグラフィック・デザインなど約２８０点を一堂に出品していました。

必見だったのは、柳宗悦らが昭和初期に建てた「三国荘（みくにそう）」の再現展示です。１９２８年に東京・上野公園で開催された御大礼記念国産振興東京博覧会の展示館として建設されたわが国初の「民藝館」で、宗悦の収集品はじめ濱田や河井、木漆工芸家の黒田辰秋らの作品で飾られた室内には、「これぞ民藝」といった調度品が集結していました。

応接間には辰秋のテーブルセットが置かれ、和室の主人室のテーブルに紅型のテーブルクロスが広げられていました。床の間の飾り棚もすばらしく、壁には江戸時代後期に描かれた「泥絵オランダ船図」が掛けられていました。河井の「鉄薬笹絵喜字鉢」や、芹沢の「法然上人御影」も展示されていました。

大山崎山荘美術館では椅子をテーマに

中川勝之さんの 「ヒマラヤ杉長々ベンチ」

「三国荘」は博覧会後、支援者であった朝日麦酒初代社長・山本為三郎の邸宅「三国荘」に移り、しばらくは同志たちの集まる、民藝の中心的サロンとなり、現存するそうです。その山本が収集した民藝運動にかかわった作家の作品がアサヒビール大山崎山荘美術館のコレクションの中核になっています。

山荘美術館では、ユニークなタイトルの「かんさいいすなう」展を開催中です。展示品に、同館が所蔵する京都で活躍した民藝同人の黒田辰秋（1904−1982）の椅子作品で、「アーツ&クラフツ展」にも出品されていた三国荘で使われていたテーブルと椅子の一部です。

山本伸二さんと 「オーム貝のベンチ」

今回の展示のメインは、辰秋の椅子を手がかりに辰秋の弟子であったり、その技を引き継ぐ作家をはじめ、広く地元・関西で活躍する工芸家の仕事に光を当て、現役の作家３０人による５４脚の力作を配置しています。

弟子の一人、藤嵜一正さんは当サイトの2009年12月31日号で取り上げていますが、２８歳で自立し、６６歳の時に第56回日本伝統工芸展で高松宮記念賞を受賞しています。多種多様な木工作品を手がけていますが、今回の「欅飾椅子」は背板と後ろの脚が一体となっていて、座面部分の内部は小物入れに仕上げていました。

さらには長さ４メートルもある中川勝之さんの「ヒマラヤ杉長々ベンチ」、一本の丸太を粗取りした山本伸二さんの「オーム貝のベンチ」など工夫を凝らした作品のオンパレードです。

特別出品された 知事の椅子など

「日本人にとって椅子とは？」をテーマに、多様なそれぞれの椅子に実際に手に触れ、腰を掛けて、機能性や造形性を確かめながら、「今（なう）」の生活スタイルを考えられては、といった企画者の発想です。担当の杉浦美紀学芸員は「人と接点の多い椅子を通じ、日常生活の大切さや身近な暮らしの美に思いを馳せていただければ」と話していました。

このほか展示品には、大正から昭和初期にかけて建築された、大山崎山荘のシンボル的存在である作り付けの革張り椅子や、関西でご活躍中のタレントのおかけんたさん、橋下徹・大阪府知事、山田啓二・京都府知事が座っている椅子も出品されています。
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アーツ&クラフツ運動の「芸術を暮らしの中に」という考え方は、日本の民藝運動では、手仕事の良さを見直し、自然や伝統から美の再発見につながったといえます。木なら木、陶器ならば土そのままの風合いが、「用の美」であり、無骨なまでの民芸品や調度品に、日本的な美を感じたのでした。

しらとり・まさお ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』（梧桐書院）　『大人の旅」心得帖』　『「文化」は生きる「力」だ』（いずれも三五館）『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』（いずれも東方出版）、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード　三蔵法師の道』『ヒロシマ ２１世紀へのメッセージ』（いずれも朝日新聞社）などがある。

新刊 序　章　国境を超えて心の「家族」がいる 第一章　各界識者と「共生」を語る 第二章　変容する共産・社会主義 　　　　 世界の「共生」 第三章　ミニコミ誌『トンボの眼』から 　　　　広がる「共生」の輪 私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。 無常のわかる年代の、あなたへ 発売日：2008年3月17日 定価：1,680円（税込） 発行：三五館
アートの舞台裏へ 発売日：2007年11月1日 定価：1,800円（税込） 発行：梧桐書院 内容：アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。	アートへの招待状 発売日：2005年12月20日 定価：1,800円(税込) 発行：梧桐書院 内容：本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。 （木村重信さんの序文より）
「大人の旅」心得帖 発売日：2004年12月1日 定価：本体1,300円＋税 発行：三五館 内容：「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」 高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。	「文化」は生きる「力」だ！ 発売日：2003年11月19日 定価：本体1400円＋税 発行：三五館 内容：50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々 発売日：2002年7月5日 定価：本体1,500円＋税 発行：東方出版 内容：新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。	夢追いびとのための不安と決断 発売日：2006年4月24日 定価：1,400円＋税 発行：三五館 内容：「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。