大英ギリシャコレクションを神戸とロンドンで

2011年5月10日号

白鳥正夫


世界から観光客が訪れる
大英博物館

大英博物館が世界に誇る古代ギリシャ・ローマコレクションを神戸とロンドンで鑑賞しました。神戸市立博物館で6月12日まで開催中の「古代ギリシャ展」は、究極の身体、完全なる美をテーマに彫刻、レリーフ、壺絵など135点が展示されています。日本初公開の傑作「円盤投げ」(ディスコボロス)の美しさの余韻が残る4月末、大英博物館を訪れ、夥しいギリシャ・ローマ展示を中心に見ることが出来ました。初めての訪問となったイギリスでの印象も併せ紹介します。

日本初公開の「円盤投げ」は出色
人間の身体こそ究極の理想の「美」

私が大英博物館展を見たのは1991年の国立国際美術館が最初で、その後の「古代エジプト展」(1999年)「大英博物館の至宝展」(2004年)「ミイラ古代エジプト展」(2007年)と続きますが、いずれも神戸市立博物館での開催となります。「古代ギリシャ展」には、内覧会に駆けつけ、大英博物館の学芸担当者の説明も聞くことが出来ました。「古代ギリシャの美はデリケートなバランスの上に安定しています」と強調していました。


目玉展示の「円盤投げ」(ディスコボロス)
後2世紀 大理石
  以下の出品作品はすべて
(C)The Trustees of the British Museum

 


「アフロディテ
(ヴィナス)像」
ローマ時代 
パロス産大理石

大英博物館は1753年に創設された世界最古・世界最大級の国立博物館で、800万点を超える所蔵品を誇り、「ギリシャ・ローマ」をはじめ「古代エジプト」「西アジア」など8つの部門に分かれ100室に約15万点が展示されています。年中無休で来館者は年間約600万人を数えます。とりわけ10万点以上の所蔵品から構成される「ギリシャ・ローマ」部門は、西洋文明の源流をたどることができます。

美術、文学、哲学、スポーツなど様々な文化が花開いた古代ギリシャ。なかでも「人類史上もっとも美しい」とも評されるギリシャ美術は、その後の西洋文明における「美」のお手本となったのでした。今回の展示では、「神々、英雄、別世界の者たち」「人のかたち」「オリンピアとアスリート」「人々のくらし」の4章の構成になっております。

目玉は第3章の「円盤投げ」で、チラシやポスターにも紹介されています。まさに円盤を投げようとする一瞬を捉えた大理石の作品です。展示室に一点見せの扱いで、照明スポットが当てられ360度の角度から見ることができます。男性の裸体美に見とれてしまいます。


「スフィンクス像」
後120-140年ごろ 大理石

ただこの作品は紀元後2世紀に作られた精巧なコピーで、オリジナルは著名な彫刻家ミュロンの青銅製(紀元前450-440)とされています。現存せず、ローマ時代に複製され、大英以外にもローマ国立博物館や、別の「円盤投げ」がヴァチカン美術館でも所蔵されているそうです。

「円盤投げ」の顔は本来、後ろを向いているはずなのに、大英の作品は18世紀に出土し頭部が前方を向いて修復されて所蔵されたようです。しかし不自然さは感じられず、それなりにバランスの美を発揮しています。現地の大英でも人気の展示品で、日本人ガイドに「いま神戸にいます」と伝えると驚いていました。

男性の裸体美と並んで優雅な女性の美しさを表現した第2章の「アフロディテ(ヴィーナス)像」も必見です。これも紀元前のオリジナルではなく、ローマン・コピーの変形版とされる大理石の作品です。とはいえ滑らかな輪郭線で形づくられた女性美は、まさに女神の存在です。


「黒像式アンフォラ:
ヘラクレスのネメアの
ライオン退治」
前520-前510 陶器

さらに全章にわたって陶器や酒杯、水甕などが展示されています。第4章の「赤像式キュリクス(酒杯)」は半裸の楽器を吹く男性と踊り子の女性が艶めかしく描かれています。その他も、神話の世界や宗教儀式などほぼすべてが人間の様々な行為を表現しています。「人間の身体こそが、美の極致」こそ、古代ギリシャの人々がたどり着いた理想の「美」だったことがうかがい知れます。

この展覧会の日本側監修者の青柳正規・国立西洋美術館館長は朝日新聞紙面(3月8日朝刊)で、「古代ギリシャ人の美意識は宗教観にある。理想的な人間の姿を作り上げれば、それはすなわち神の姿だと考えた」と述べ、ギリシャ美術について次のように端的に指摘しています。

ローマ人はギリシャを征服したが、文化的にはギリシャに征服されたと言われます。ギリシャ美術を崇拝し、ギリシャ彫刻のコピーをたくさん作ったからです。


なお「古代ギリシャ展」は、7月5日から9月25日まで東京の国立西洋美術館に舞台を移して開催されます。

大英でも圧巻!パルテノン神殿群
世界各地の傑作一堂に、無料公開

イギリス滞在8日間の最後の3日間はロンドン泊まりで、半日間をビッグベンや国会議事堂、ウェストミンスター教会、バッキンガム宮殿などの名所めぐりに充てました。ウイリアム王子とケイトさんのご結婚直前でイギリス国旗が各所に掲げられ、テレビ取材の準備も進められていました。ほぼ2日間は1日フリーチケットの地下鉄・バス乗車券を購入して大英など博物館、美術館めぐりに費やしました。


パルテノン神殿を飾っていた破風彫刻
「ディオニュソスと女神たち」



「騎士たちの行列」の浮彫

大英に最も近い駅は来年のロンドン・オリンピックに備え工事中でした。やむなく別の駅から地図を頼りにあの宮殿風の柱列が並ぶ玄関にたどり着いた時には感動を覚えました。ルーヴルはじめヨーロッパの他のミュージアムと異なり、荷物などの安全検査もなく、しかも無料で入館できるのには驚きました。しかし日本語の有料ガイド本がありましたが、館内マップは残念ながら備えられていませんでした。

「大英」の名を冠するだけあって質量とも抜群です。時間的には旧石器時代から近代、空間的にはヨーロッパから中近東、アフリカ、アジア、インド、中国、日本まで世界各地の傑作を網羅しています。とても1日や2日では見ることはできません。2日間とも大英に赴き、主に初日は「ギリシャ・ローマ」と「エジプト」を、2日目は「アジア」とりわけ日本ギャラリーを回りました。


「うずくまるヴィナス像」
もローマ時代の模刻 
大理石

「エジプト」のコーナーでは、真っ先に有名な「ロゼッタ・ストーン」を見ました。1799年にナイル河口西岸ロゼッタで、当時遠征していたナポレオンの部下が偶然発見したものですが、1802年にイギリスが接収したのでした。ここに刻まれた象形文字が解読され、一躍注目されたのです。

続いて「ギリシャ・ローマ」ではアテネのパルテノン神殿群には目を見張るものがありました。パルテノン神殿を飾っていた破風彫刻の女神や「騎士たちの行列」「座せる神々」などの浮彫のすばらしさには感嘆しました。これらの展示品は19世紀にイギリスに持ち帰ったエルジン伯爵の名にちなんでエルジン・マーブルズと呼ばれ大英の至宝中の至宝となっています。


陳列ケースに並ぶて
陶器や酒杯、水甕など

一方こうした展示品について、エジプトやギリシャ政府は「かつての大英帝国の略奪」との見解から、幾度となく返還要求をしています。こうした事情を知っているだけに、見学しているといささか複雑な気持ちになります。

イギリス側は「返還すると保管状態が悪化してしまう。人類全体の資産なのだから、世界一の保管技術で管理した方が良い」といった理論を展開し、返還を拒否し続けているのです。なるほど多大な経費を捻出して保存しているとの立場で、ロンドンに来れば世界各地の文化のあらゆる傑作が一堂に展示され、しかも無料で公開されている点は理解できます。


日本ギャラリーの展示


展示室の入り口に
設置されていた
日本の震災のための
募金箱

日本ギャラリーは1990年に開館、2006年10月に約1年の大規模な内装工事を経て、館収蔵の日本コレクションを常設展示する会場として再オープンしました。「日本―古代から現在まで」と題して、古墳の埴輪から青銅器、浮世絵、仏像などに混じって現代の漫画「日本のコメディマンガ「聖☆おにいさん」に至るまで、3万点の所蔵品の中から約300点が展示されています。

2008年から三菱商事は、10年間のスポンサーシップとして、100万英ポンドを拠出することを決め、日本の過去から現在の物語を魅力的に伝える、日本文化の発信拠点となっています。ただ場所が5階の片隅にあって、訪れる人はそれほど多くありませんでした。展示室の入り口に東日本大震災の寄付金箱が置かれていたのが目に止まりました。
 
大英博物館のほかヴィクトリア&アルバート博物館も訪ねました。ここも膨大な展示ですが無料です。ロイヤル・コレクションとウイリアム・モリスが設計した「緑の食堂」などを軸に鑑賞しました。有料の企画展も開かれており、ファッションデザイナーの山本耀司の個展が催されていました。
 
大英とともに予定していたナショナル・ギャラリーはバスを乗り継いで入館しました。ここも無料ですが、絵画だけにカメラは厳禁でした。日本語版の館内マップがあり、フェルメールの「ヴァージナルの前に立つ若い女」やゴッホの「ひまわり」、モネの「印象・日の出」や「睡蓮」など約30点を探し出しての鑑賞でした。


ヴィクトリア&アルバート
博物館の重厚な外観

今回のイギリスの旅では湖水地方やコッツウォルズ、バースなどすばらしい自然や建物の景観を満喫できましたが、ロンドンの2日間はいくつかのミュージアムを垣間見たにすぎませんでした。

イギリスは歴史的にローマをはじめデンマークやノルウェーのバイキングに侵攻されフランスのノルマン朝の領土となったこともあります。フランスと100年戦争やスペインの無敵艦隊との交戦、さらには清(中国)とのアヘン戦争などを勝利し、栄光の「大英帝国」を築いたイギリスは二次の世界大戦を経て、植民地も開放し香港も返還しました。しかしその輝かしい歴史と伝統が息づき、今なお重厚な文化を培っていることをあらためて実感しました。


ナショナル・ギャラリー前の広場

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
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第一章 各界識者と「共生」を語る
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無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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