混迷の時代に京都で法然、親鸞展

2011年4月15日号

白鳥正夫


「法然 生涯と美術」展の
開会式(京都国立博物館)

日ごろ信仰心に篤くはありませんが、今回の東日本大震災の未曾有の惨状に、犠牲者への冥福と復興を祈らずにおられません。そんな時も時、平安から鎌倉にかけて乱世が続く中、飢饉、台風や地震などの天災に見舞われた12世紀後半に救世主のごとく現れた法然と親鸞の思想やゆかりの美術を紹介する展覧会三つが京都で同時開催されています。法然上人八百回忌特別展「法然 生涯と美術」が5月8日まで京都国立博物館で、また親鸞聖人七百五十回忌を記念して「親鸞展 生涯とゆかりの名宝」が5月29日まで京都市美術館で、「釈尊と親鸞」展が龍谷ミュージアム開館記念として来年3月25日まで6期に分け開催中です。法然や親鸞が生きた時代から長い歴史を経たものの、同じように混迷の現代、私たちの生き方に示唆を与える格好の展覧会です。

色彩鮮やか圧巻の「法然上人絵伝」


「法然上人(円光大師)坐像」
(當麻寺奥院)


 「法然上人像(足曳御影」
(二尊院)

展示の中心で各室に陳列の
「法然上人絵伝」

「阿弥陀如来立像」
(浄土宗)

法然(1133−1212)は、平安時代の末期に美作(岡山県)に生まれ、幼くして出家し、比叡山で修学します。念仏を称えることによって往生を実現するという専修念仏の道を見出し、その教えを広めたのでした。天皇から公家や武家、さらに庶民にまで支持され、鎌倉時代に起こった仏教改革運動のトップランナーとして位置づけられています。

いわゆる他力本願の浄土信仰ですが、自らの修業を重んじた他の宗派から反発を受け、念仏はご法度となり、讃岐(香川県)に配流されますが、やがて赦免されて京に戻り生涯を閉じます。称名念仏の教えは多くの弟子に受け継がれ、浄土宗の宗祖となったのでした。

「法然」展は、往生から800年になることを機に、その生涯と人物像、さらに浄土思想の広がりにスポットをあて、国宝「法然上人絵伝」を中心に、寺院に伝わる肖像画や坐像などの名宝や美術品、伝記や著作などを含め約120点を一堂に集めた初めての大回顧展です。
 
展覧会は「法然の生涯と思想」と「法然への報恩と念仏の継承」の二つの柱から構成されていますが、展示の圧巻は、現存する絵巻で最大規模の「法然上人絵伝」四十八巻(鎌倉時代、京都・知恩院)です。全長584メートルに及ぶ絵伝は、いまも鮮やかな色彩で表現力豊かに描かれています。誕生から臨終までの生涯を通じての名場面を見ることが出来ます。
 
第1章では、比叡山で学んだと思われる天台浄土教の代表的著作である源信の重要文化財『往生要集』(平安時代、神奈川・最明寺)をはじめ、法然と善導を一対にして、その肖像と事績を描き込んだ「二祖曼陀羅図」(南北朝時代、知恩院)、専修念仏の教えに帰依した九条兼実のために撰述した『選択集』も重文2点、法然のもとで出家した熊谷直実に与えた自筆書簡、往生の道を描いた仏画としての「二河白道図」も3点が出展されています。

また、法然像最古で在世時の像との伝承がある重文「法然上人(円光大師)坐像」(鎌倉時代、奈良県・當麻寺奥院)は存在感があります。像内文書より高弟の源智が法然の一周忌を期して造立したと判明し、近年復籍した重文「阿弥陀如来立像」(浄土宗)も対面するかのように展示されています。


「親鸞 生涯とゆかりの名宝展
の開会式
(京都市美術館)

第2章では、各寺に伝わる肖像画に興味を覚えました。表情は微妙に異なりますが、いずれも手に数珠を持ち、首をかしげた横顔でやさしい表情に描かれています。現存最古級とされる重文の「法然上人像」(鎌倉時代、京都・二尊院)の画像は、両足を伸ばし休息する姿を恥じ、足を引っ込めたため「足曳御影」と呼ばれているそうです。伝自筆とされる知恩院の上人像も出品されています。
 
このほか、ゆかりの美術品として国宝の「当麻曼荼羅縁起」(鎌倉時代、神奈川・光明寺)や「一遍聖絵」(鎌倉時代、神奈川・清浄光寺)、重文「牡丹蒔絵厨子」(室町時代、京都・報恩寺)なども展示されています。涅槃図といえば釈迦の入滅を描いたものですが珍しい「仏涅槃図」(平安時代、京都・西念寺)を興味深く鑑賞しました。
 
『法然の哀しみ』(小学館)の大作を著した宗教学者の梅原猛さんは、法然を日本で最も偉大な宗教者だと評しています。すべての人、悪人までも、口で「南無阿弥陀仏」の念仏を称えれば平等に極楽往生できるという思想は、まさに革命的な独自の悟りの境地だったのです。展覧会を通し、乱世に生きる民衆への救いのまなざしが感じられました。

親鸞の肖像画と直筆の「教行信証」


「親鸞聖人坐像」
(専修寺)


「鏡御影」
(京都・西本願寺)

「教行信証(坂東本)」
(東本願寺)

狩野探幽筆「雲龍図」
(興正寺蔵)

法然を師と仰ぐ親鸞(1173−1263)は、京都の東南、日野の里で生まれます。父は藤原家末流の下級貴族。9歳で得度し、天台宗の僧侶として、29歳まで比叡山で学問の修行をします。下山後、法然門下に入り、恵信尼と結婚します。独自の寺院を持つ事はせず、各地につつましい念仏道場を設けて教化する形をとりますが、浄土宗他派からの攻撃を受けます。

念仏禁止の弾圧によって、師と同様に35歳の時に越後国府へ流罪となります。非僧非俗の在家仏教の道を歩み、4年後に赦免されますが、1214年に常陸国(茨城県)へ旅立ち、「教行信証」を著します。1232年、京都に戻り、90歳の生涯を閉じますが、没後に宗旨として確立され、浄土真宗の宗祖となります。

「親鸞」展は、50年ごとの御遠忌の記念展として真宗教団連合加盟10派の連携のもと、これまでにない規模、内容となっています。東本願寺所蔵の国宝「教行信証」が全期間にわたって展示されるほか、各派本山・寺院・機関ご所蔵の主要な聖教・典籍、絵像・木像類など国宝9点、重文36点を含む約130点が出展されています。

見どころの一つは、親鸞肖像画で、国宝の「鏡御影」や「安城御影」(いずれも鎌倉時代、西本願寺)など国指定物件5点を含む8点が交互に展示されます。中でも浄土真宗の教えの根本となる聖典の国宝「教行信証(坂東本)」(鎌倉時代、東本願寺)は、親鸞の自筆で推敲の書き込みも残されています。国宝「三帖和讃」(鎌倉時代、三重県・専修寺)は、阿弥陀仏や浄土を美しい七五調で讃えています。

真宗教団各派の本山に伝わる美術品も見ごたえがあります。国宝の「三十六人家集」(平安・江戸時代、西本願寺)国宝飛雲閣のふすま絵「雪柳図」(江戸時代、西本願寺)、望月玉泉の「唐獅子牡丹図」(明治時代、東本願寺)なども、展示されていますが、期間によって展示替えや場面替えされます

このほかにも、仏師・快慶作の重文「阿弥陀如来立像」(鎌倉時代、奈良県・光琳寺)をはじめ、親鸞が仏教を受け入れた聖徳太子を尊敬していたこともあって各地の聖徳太子像の名品も数多く出品されています。さらに狩野探幽が70歳の時に墨一色で描いた「雲龍図」(江戸時代、京都・興正寺)も迫力満点です。

還俗し草庵を結び布教に努めた親鸞聖人の教えは、苦しみや 悩みを抱えた多くの人々に浸透してきました。それから750年、浄土真宗は各派を合わせば国内最多の門信徒数を誇っているのです。聖人の教えや人となりを改めて浮かび上がらせた親鸞展は、混迷の現代に指針を投げかけています。

龍谷大に世界初の仏教総合博物館


オープンの龍谷ミュージアム

もう一つの「釈尊と親鸞」展は、仏教を開いた釈尊と浄土真宗の開祖となった聖人にスポットを当て、それぞれ「仏」(生涯と足跡)、「法」(教え)、「僧」(教団とその後の展開)の三つの視点から紹介しています。

会場の龍谷ミュージアムは西本願寺の東向かいに立地し、大学創立370周年記念事業の一環で世界初の仏教総合博物館として今春オープンしたのです。地上3階、地下1階で約1000平方の展示室と約500平方メートルの収蔵庫があります。展示室2階には中国・新疆ウイグル自治区トルファンのべゼクリク石窟寺院の大回廊を実物大で復元し、3階には超高精細映像のシアターも備えられています。


「釈尊と親鸞」展の
内覧会で挨拶する
宮治昭館長(左端)

今回の企画展は、ほぼ1年間のロングラン開催で随時展示替えをします。5月22日までの第1期には、「釈尊」のコーナーに、仏伝浮彫「初転法輪」(2−3世紀、福岡県・伯林寺)や端正な顔立ちの仏頭部(4−5世紀、龍谷大学)、「舎利容器」(紀元前26年頃、龍谷大学)など70点が展示されています。

一方、「親鸞」のコーナーでは、重文「木造 親鸞聖人坐像」(江戸時代、滋賀県・本行寺)や「親鸞聖人像」蓮如裏書(室町時代、滋賀県・福正寺)、「木造 阿弥陀如来坐像」(平安時代、奈良県・法隆寺)や「往生要集(建長版)」(鎌倉時代、龍谷大学)、「聖徳太子絵伝」(室町時代、石川県・本誓寺)など、108点もの豊富な展示です。


親鸞ゆかりの美術品が
展示された会場

ところでユニークな龍谷ミュージアムの初代館長は元名古屋大学大学院教授の宮治昭さんです。私が朝日新聞社時代に取り組んだ「シルクロード 三蔵法師の道」展で監修をお願いし、作品借用のためインドに同行したこともありました。前静岡県立美術館長の時に手がけられた「ガンダーラ美術とバーミヤン遺跡展」(2007年)の開会式でお会いして以来、久々に再会しました。

内覧会に出向き、宮治館長の案内で鑑賞しました。「仏教を楽しんで学んでいただきたい」と挨拶されていた宮治館長は、今回の展覧会の図録を兼ねた書籍『釈尊と親鸞』の中で、端的に次のように記されています。

価値観が多様化し、先行きが不透明で、不安を感じることの多い現代社会にあって、仏教に対する関心が高まっています。こうした状況の中、いま改めて仏教の本来の思想と歴史に触れることは、重要な意味があるのではないでしょうか。


このように日本の仏教に革命的な影響をもたらせた二人の宗教家を組み合わせた特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」が今秋、東京国立博物館で開催(10月25日−12月4日)されます。京都ではひと足早く、しかも三つの展覧会が同時期開催されているのです。この好機に足を運び、困難な時代に直面する私たちの生き方を問いかけてみてはいかがでしょうか。

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

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