信楽に新風、「壺男」も登場

2011年1月17日号

白鳥正夫


広大な滋賀県立陶芸の森
(1991年開園当時の
航空写真、
陶芸の森提供)

昨年暮れ、信楽の滋賀県立陶芸の森を訪ねました。やきものを素材に創造・研修・展示など多様な機能を持つ施設として1991年6月に竣工、開設されたのでした。地域産業の振興は当然として、文化創造の場を提供し、人・物・情報の交流を促しています。このため国内外からアーティストを迎え入れ、滋賀から世界へ情報を発信できればとの考えです。神戸市出身の山村幸則さんも、この地を舞台に作品を制作し、1月17日から29日まで大阪市中央区伏見町の山木美術で個展を開きます。「壺男」と題されたユニークな山村さんの作品世界と、設立から21年目を迎えた陶芸の森の現況も垣間見ましたのでリポートします。

内外から数多くのアーティスト


受け入れた作家の
世界地図のパネル

信楽と言えば、狸の置物を連想しますが、13世紀半ばの鎌倉時代中期の起源とされる日本六古窯の一つです。この地は良好な陶土が豊富にあり、特有の土味を発揮して、室町・桃山以降の茶道の隆盛とともに「茶陶信楽」として発展してきました。

信楽の土は耐火性に富み、細工しやすい粘性であり、江戸時代には茶壺をはじめ、土鍋、徳利、水甕などの日常雑器が大量に生産され、明治時代には、新しく開発された「なまこ釉」を使った火鉢生産が始まり成長を遂げました。
昭和に入り、「なまこ釉」を取り入れた植木鉢を誕生させ、高級盆栽鉢や観葉鉢が生産の主力となり、高い評価を受けました。平成の現在も食器、建材、植木鉢、花瓶など多種多様のバラエティーに富んだ作品を産んでいるのです。


2010年に開かれた
「信楽生まれの国際陶芸交流展」
での蔡国強さんの作品
「文明葬一記録」部分
(陶芸の森提供)

歴史と伝統の窯業地・信楽にとって注目されるのが「陶芸の森創作研修館アーティスト・イン・レジデンス事業」です。「国際的なやきものの研究の場」とともに「現代性のある信楽焼を追及できる場」、「産業と芸術のかかわりを模索する場」を標榜して、内外から数多くのアーティストを受け入れ、創作や交流の支援を続けてきたのです。

事業のスタートから2009年3月までに、招聘と研修作家は合わせて47ヵ国785人にのぼっています。事業開始当初は、圧倒的に日本人が多かったのですが、2002年度から海外の応募が増えています。自国に助成金、奨学金制度があるヨーロッパ、カナダからの応募や、この地を訪れた作家が帰国後にクチコミで紹介していることも要因にあげられます。。人を介したゆったりとした交流の広がりは、着実に広がっていることが窺えます。


2010年の
「作家の一語・信楽の一会」展
での山村幸則さんの作品
「やさしさや」
(以下2点は山村幸則さん撮影)

創作研修館のホールには世界地図と、内外からこの地で活動した作家の出身地と滞在期間が一覧できるパネルが掲げられています。現在第一線で活躍されている知人陶芸家の鯉江良二さん(1992年度)や平井智さん(1995年度)らの名前も散見しました。また、海外からもこのサイトでも取り上げています中国人アーティスト、蔡國強(ツァイ・グオチャン)さん(1993年度)も見つけることが出来、興味深いものがありました。
 
こうした作家らが、この地を去る時、招聘作家は1作品を、研修作家も任意に作品を残していくそうです。陶芸の森創立15周年記念企画として「信楽を訪れた594人の陶芸家たち―アーティスト・イン・レジデンスの軌跡」を2006年に開催しています。1地方の公共施設が果たしてきた役割と成果は、大いに評価できる事業といえます。

古い壺に信楽の景色を見せる旅


山村さんの作品「炎ノ壺」

山村幸則さんは1972年、神戸市生まれです。1994年に大阪芸術大学芸術学部工芸学科陶芸コース卒業後、1996年まで丹波立杭で市野英一氏に師事。そして1996年度に陶芸の森にて研修作家として滞在しています。その後、ノルウェーをはじめハンガリー、アメリカ、タイ、ドイツ、ポーランドなど世界各地から招かれ滞在し制作を重ねています。
 
山村さんにとって2度目の陶芸の森は公募の招聘作家として、昨年9月3日から12月5日、週末を活用して滞在制作しています。この間、昨秋約2ヶ月間実施された一大イベント「信楽まちなか芸術祭」の一環として開かれた新宮神社野外展「作家の一語・信楽での一会」に出品しています。

再訪かなった山村さんは、10数年ぶりに信楽の町をゆっくり繰り返し歩いてみたのでした。産地特有の登り窯や窯道具、鎌倉や室町の壺、桃山の茶器、江戸の大壺、大正の火鉢・植木鉢、昭和の狸、平成の陶彫作品などを目にし、「時代を超え、まるで時間旅行を体験した」といいます。


使われなくなった
登り窯を訪ねた「壺男」
(以下4点は大野博さん撮影)


茶畑を旅する「壺男」

信楽名物の狸を前に「壺男」

2006年の作品「銀杏男」

さらに小高い丘に竹林を見つけ、誘われるように進むと、鬱蒼と生い茂る木々と雑草に埋もれた登り窯を見つけたのでした。役目を終え、炎の消えた遺跡の様になった窯の前にたたずみ、二つのプロジェクト作品の着想に繋がったのでした。

その一つが「やさしさや」です。窯場で不要となった「さや」を借り集め、それを素材に積み重ねて作品に仕上げたのでした。「さや」は数え切れないほどの製品や作品をのせ、何度も炎の洗礼を受けていたのです。

いくつかの「さや」に、わら縄で積み上げた壺を載せ炎に包んだのでした。「さや」は長い年月を経て炎と再会したのです。山村さんは信楽に暮らす先人たちの優しさを、このプロジェクトで表現したかった、と言います。

もう一つのプロジェクトが「<旅する壺>と<壺男>」です。信楽の町を歩いていて室町時代に作られた古信楽の壺と出会ったのでした。この壺には人を惹きつける不思議な力が宿っていたそうです。山村さんは「大らかな造形とその存在感に魅了されるのは、そこに500年という時間が内包されているからかも知れません」と述懐します。

そして「景色」の無い壺に信楽の景色を見せようと、壺と旅に出ることを思い立ったのでした。山村さん自身が信楽で焼いた小壺を全身にまとい、古信楽の壺を手で引きながら、晩秋の澄み切った空気の中、信楽の歴史を巡る旅をしたのでした。

今回、山木美術での個展は、この時のパフォマンス15場面を陶板(磁器土)に焼き付けた作品です。 通常なら4時間程で800度まで温度を上げて焼成しますが、今回は50`ワット電気窯で、51時間もかけゆっくりと焼成したそうです。仕上がった作品は陶板と思えないほど鮮明です。

陶芸の森創作研修課の杉山道夫さんは「自ら小さい壺を身に付け、室町の壺に信楽の風景を見せて歩いた。朽ち果てかかった登り窯やトンネル窯など壺が記憶を持っているのであれば、喜ぶであろう数々の風景である。これらの作品は信楽の原風景を改めて確認させてくれた」と評価しています。

信楽まちなか舞台に多彩な催し


「<旅する壺>と<壺男>」
の陶板作品を仕上げた山村さん

この1年間、全国に散在する窯場の中で、備前(岡山県)や丹波(兵庫県)、唐津・有田・伊万里(佐賀県)、さらには常滑(愛知県)を訪ねたことがあります。やきもの産地として観光に力を注ぐなど、それぞれに産地活性化の模索が感じられました。

そうした中で、日本最古の茶園のひとつ朝宮茶の町でもある信楽は、「茶陶信楽」としての伝統を受け継ぐとともに、陶芸の森活動を基軸に国際陶芸都市としての道を着実に築いていることを実感しました。

昨秋の「信楽まちなか芸術祭」(信楽陶芸トリエンナーレ実行委主催)は滋賀県甲賀市信楽町一帯の5会場で多彩な催しを展開しましたが、開会式で実行委の中嶋武嗣会長(甲賀市長)は「低迷している信楽焼の元気な姿を取り戻したい」と挨拶しています。


パフォマンス15場面を
陶板の一部

このパンフレットには、「自然と人と創造」のかたちを、歩き、触れ合い、味わい全身で感じていただけるように5つの地域の特性を生かした変化ある等身大の催しを用意しました、と強調していました。

若手陶芸家約50人の「信楽の『今』陶芸展」や、信楽焼の歴史をたどる展示「土と炎のおくりもの」、「信楽生まれの国際陶芸交流展」、「土灯りの散歩道展覧会」などのほか、陶器展「ライフ・セラミックス展」も開催されています。

こうした多彩な展覧会だけでなく陶芸の森20周年記念シンポジウム「芸術・産業・観光から、活力ある信楽の次代を考える」も開かれ、各地の陶芸家や美術館関係者、大学の研究者ら200人余が参加しています。

古い体質を抱えた「やきものの里」のイメージを払拭する信楽の試みに拍手を贈りたいと思います。とりわけ山村さんのように内外から、若いアーティストを受け入れ創作の発表の場を提供している度量は、やがて信楽の産地の底上げと発展を促すのではないでしょうか。


2010年の
「陶芸の森開設20周年記念シンポジウム」
(陶芸の森提供)

 

 

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
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第二章 変容する共産・社会主義
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アートへの招待状
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定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
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定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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