二世アーティストの活動

2010年12月14日号

白鳥正夫


名古屋でスタートした
「あいちトリエンナーレ」

今年最後の寄稿です。政権交代後の日本は期待ほどの変革も無く、社会全体に閉塞感が漂っています。とはいえアートの世界は景気低迷の中でも活発な動きがありました。名古屋で3年ごとの「あいちトリエンナーレ」がスタートし、第1回は「都市の祝祭」をテーマに開催されました。直島など瀬戸内海の7つの島と高松を舞台にした「瀬戸内芸術祭2010」は「海の復権」をテーマに繰り広げられました。こうした中、約半世紀もの歴史ある大阪の名だたる信濃橋画廊が年末で閉廊のニュースは残念でした。こうした画廊を舞台に気鋭のアーティストらが意欲的に作品を発表しています。今回取り上げる三人は著名な作家の二世です。政界では世襲への批判が叫ばれていますが、政治と違って、アートは各人の個性がすべてです。大成された親から自立し奮闘する姿を追ってみました。

癒しの空間を演出の森口ゆたかさん


美術手帖6月号増刊号の
「瀬戸内国際芸術祭2010」
公式ガイドブック

森口ゆたかさんは、日本を代表する現代美術作家の一人、森口宏一さんの次女です。
1960年、大阪府に生まれ、大阪芸術大学美術学科絵画専攻を卒業後、シカゴ美術館付属芸術大学大学院彫刻科を終了しています。初期作品はファウンド・オブジェクトによる立体を手がけていましたが、その後は鏡や映像を駆使した映像インスタレーション活動を展開してきました。

1986年以降、毎年のように画廊での個展や美術館でのグループ展で作品を発表していますが、近年はホスピタル・アートに力を注いでいます。1996年から2年間、研究者のご主人の留学に伴ってイギリスで暮らした際に出合ったそうです。ロンドンの下町にある病院では専属の学芸員がいて、絵画や彫刻などのアートをプログラムに取り入れ、患者の心安らぐ場を創り出していたのでした。


映像インスタレーション
「HUG」を説明する
森口ゆたかさん


DVD
『森口ゆたか 1985−2008』


「存在」と「不在」との間を
往き来すること−円の風景
(1994)

帰国後の1999年、アートを病院や福祉施設に提供するNPO法人アーツプロジェクトを設立し、その代表になったのでした。この法人は、医療の現場における患者や家族、医師や看護の人たちに、様々な芸術活動を通じ、アートの力で医療環境をより快適な癒しの空間にすることなどを目的としています。 

父親譲りの挑戦精神にあふれた森口さんの個展を初めて見たのが大阪市西区西本町の信濃橋画廊でした。「HUG」とのタイトルに「…を(特に愛情を持って)抱き締める、抱擁する」との言葉が添えられています。親子のスキンシップをテーマにした映像インスタレーションで、会場いっぱいに白い綿で覆われた台の切れ込みに入って鑑賞します。正面に映し出される親子の映像を見ていると、雲の上か子宮の中に包まれたようななんともいえない温かさが感じられました。

父親の宏一さんの作品は毎年、大阪市北区西天満の番画廊で見てきましたが、表現の仕方が異なるものの、人間存在への根源的な問いかけが一脈通じているように思えました。ゆたかさんのこれまでの作品を知る上で、DVD『森口ゆたか 1985−2008』が役に立ちました。映像を駆使した作品だけに効果的です。

そこにはカテゴリー1として『内なるファウンド・オブジェクト』、カテゴリー2として『「存在」と「不在」との間で』、カテゴリー3として『虚ろな時代』、カテゴリー4として『つながること、生きること』が、それぞれ時系列に整理されていて、作家のメッセージが伝わってきます。

中でも近作の「LINK」や「touch」シリーズ、その前の「ゆっくり生きる」展や「いのちを考える」展の出品などを通し、作家活動がホスピタル・アートにつながっていく軌跡が想像できました。ゆたかさんは「現代美術っていう感じの理屈っぽいことから、ホスピタル・アートを通じ、自然な形で自分の体験を作品に反映することが出来るようになりました」と話しています。

生命感のある彫刻を創る樂雅臣さん


「輪廻 扇」を解説する
樂雅臣さん

樂雅臣さんは、桃山時代に創始の京都・樂焼の陶工、第15代樂吉左衞門さんの次男です。1983年京都府に生まれ、2008年に東京造形大学大学院の造形研究科彫刻を修了しています。吉左衞門さんも東京芸術大学の彫刻科を卒業後、2年間イタリアに留学し、ヨーロッパを放浪しながら西洋と日本の文化の出会いを体験し、陶芸で独自の境地を拓いています。雅臣さんは陶芸ではなく、今後も彫刻の道を追求するそうです。

雅臣さんは大学時代からグループ展に参画し、創作を続けています。12月4日から関西で初めて、二回目の個展が大阪市中央区伏見町3丁目戸田ビルのT’s galleryで開催。石を素材にした13点は、18日に閉幕後も新年1月末まで展示されるとのことです。

開幕日に訪ね、作家自身の解説で観賞できました。ジンバブエで採れる黒御影を愛用し、台座には大理石の茶色のトラバーティンを使用しているとのことでした。「石材屋に行けば真っ黒の御影石も数種類はあります。また他の石と比べて非常に堅いという難点もありますが、ジンバブエの石は、独特の黒の深みや粘りが素晴らしく、それがないと作品にならないのではと思います」とのこだわりです。


「転嫁の里」

また作品は、最終的な表面加工をマットな磨きにしていると強調しています。「その磨きが雨の日に濡れた時や、湿度によって変化で色味が変わり、石その物の良さが引き立ちます。また見る人もその変化を楽しめます」と、説明しています。
 
作品は人物や静物の具象ではなく、作家のイメージによる象徴的な造形です。大、小さまざまですが、大きいものは2メートル以上です。タイトルには「輪廻 ○○」と題されたものが多く、「雌雄刻」や「転嫁の里」といったものもあります。タイトルに込められた創作の意図は深いものがありました。


「浸食輪廻」

「輪廻 烏帽子」といった作品を近くで見ると、虫食い状態の彫りが巧みに繊細に施されています。また「浸食輪廻」は六方石の作品で、自然に出来た六角形を利用。 そこに自然に風化していく痕跡や、生物の痕跡を表現しています。石材の無機質なものに生命感を与えるようなメッセージと見受けられます。
 
樂吉左衞門館のある佐川美術館では、吉左衞門さんの重厚な茶碗の数々とともに、佐藤忠良さんの彫刻を鑑賞できます。主として女性のモデルを忠実に刻んだ美の極致です。こうした大家の表現とは一線を画した雅臣さんの作品を見ていると、若い才能の自己主張が大いに感じられました。
 
雅臣さんは、制作のコンセプトについて、目に見えている「もの」は、ただその「もの」だけではないとの視点から、「生物も体の中の多くの生命により存在でき、物質も分子や原子といった無数の粒子で構成されています。有形も無形も多くのなにかにより存在、共存しているのです」と語っています。

独自の絵画技法で描く今井龍満さん


大作「クジャク」の前で
今井龍満さん

今井龍満さんは、戦後のパリで新しい抽象の旗手として脚光を浴び、世界の一線で活躍した今井俊満さん(1928−2002)の三男として、1976年東京に生まれました。11月末に大阪市中央区伏見町の山木美術の個展で初めてお会いした時、画廊主から俊満さんの子息と紹介され、驚きました。

何しろ俊満さんと言えば、具象から抽象、そして具象へ揺れ動く、その激しさと奔放さゆえに数多の伝説を残し世紀の天才画家の印象を持っていただけに、正直あらためて龍満さんに興味を憶えたのでした。

龍満さんは1994年に渡仏、パリの今井俊満のアトリエで助手として、絵画技法や造形意識を学びながら、グランショウエミール(絵画研究所)で基礎的な美術基礎の研鑽を積んだそうです。2000年には、早くもパリの吉井画廊にて、父と兄の俊尭さんとともに親子三人展を実現しています。やはり生まれながらに父の才能を受け継いでいることが納得できます。


「girl」


「Gnu」(右)と「Tiger]

個展会場を通観して、なるほど個性的な大胆な筆致です。動物の顔や、奥さんがモデルと言う女性の顔が、自由奔放に描かれています。中でも孔雀を描いた80号の大作は色彩が鮮やかで出色でした。作家特有の感性によって即興的に仕上げたのでは、と想像したのでした。

龍満さんによると、床に置いた紙にエナメル塗料を垂らして制作する独特の技法で描いているそうです。「こうして生まれる線はすべてをコントロールし切れないため、偶然性や意図に反したものになります。そのことは人生や日々の営みにおいて思い通りに事が運ばないことと類似しています。このブレに人生の面白みと同時に作品の意外性を生じます。私はその面白い線を用い、人々や動物たちの目に見えない生命力を画面に表現したい」と、コメントしています。 

龍満さんは年明け3月にも新潟・三条市のD+5 ART GALLERY(福田画廊)でも個展を予定しています。今後、年代によって作風が変わった俊満さんと違って、独創的な作品を創り出し、どんな表現世界を拓いていくのか、楽しみな作家です。


閉廊の信濃橋画廊では
植松奎二・渡辺信子夫妻の個展も(2010年5月)

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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