多様なアートの魅力を伝える展覧会

2010年11月24日号

白鳥正夫


斬新な外観の
神戸ファッション美術館

猛暑から一転、冬の到来を感じさせる日々です。今年は季節の秋が短そうですが、美術の秋は実りにあふれています。今回取り上げる二つの展覧会は、歴史を想起させ多様なアートの魅力を伝えています。「女神(ミューズ)たちの肖像 モードと女性美の軌跡」は神戸ファッション美術館で来年1月10日まで、「オットー・ディックスの版画 戦争と狂乱−1920年代のドイツ」は伊丹市立美術館で12月19日まで、それぞれ開催中です。いずれの美術館もこのサイトで初めての登場ですが、朝日新聞社の時代に、企画展に関わった思い出があります。

モードの変遷たどる「女神たちの肖像」展
「フォコンの見た夢」はマネキンも使って


アーウィン・
ブルーメンフェルドの
「三重写しになった
レスリー・ピーターセン
以下写真4枚は
神戸ファッション美術館提供



時代のモードを着用した
マネキンは顔の表情も
お手製

マン・レイの
「鏡を持つニュッシュ・
エリュアール」

ベルナール・フォコンの
「Photo de Famille 1978」

神戸ファッション美術館は、高層マンションなどが林立する海上未来都市の六甲アイランドに、まるでUFOが飛来してきたような斬新な外観です。開館間もない1997年7月に開催の「SHASIN」展(1997年)で、初めて訪ねた時には、その奇抜さに驚いたものです。この時は、篠山紀信や荒木経維ら6人の写真家の個性的な代表作を紹介する企画展と、同時にマネキンによる民族衣装を紹介する常設展が開かれていた記憶があります。

神戸ファッション美術館によると、数千点の衣装だけでなく、2000点以上のファッション写真、マネキン350点などを所蔵しているそうです。ところが開館以来、展示する壁面が少なく、写真額を所持していないこともあって、まとまった形で写真を展示してこなかったそうです。

今回の「女神たちの肖像」展は、この素晴らしいコレクションを活用し、時代を創ってきたファッション写真に合わせ、マネキンに衣装を着用させ、モードと女性美の軌跡をたどっています。マネキンのいくつかは顔の表情も添えられています。平面表現の写真と立体表現の衣装を連動させることによって、より分かりやすく楽しく鑑賞できる仕掛けです。

開幕の内覧会後に再び取材に出向き、担当の浜田久仁雄・主席学芸員に企画の内容や趣旨などを聞くことが出来ました。20世紀に入って、写真という新しいメディアが印刷技術の進展で流行をいち早く伝達する役割を担ったのでした。約1世紀におよぶファッション写真の歴史を黎明期から黄金期、成熟期に分け展示しています。

会場内は時系列に展示されています。まず黎明期のウジェーヌ・アジェ、レオポルド・E・ルートランジェらに始まり、初期のファッション誌を彩ったエドワード・スタイケンやホルスト・P・ホルスト、そして戦後のファッション界をリードしたリチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペンら黄金期の写真が並びます。その後、成熟期にヘルムート・ニュートン、ブルース・ウェーバー、ロバート・メイプルソープらが登場します。

さらにマン・レイ、セシル・ビートン、アーウィン・ブルーメンフェルドなど代表的な写真家55人の134点で構成されています。「SHASIN」展を飾った篠山紀信の「宮沢りえ」や森村泰昌の作品も展示されていました。ファッションとは、まさにその時代のはやりですから、ほぼ100年にわたって、時代それぞれに変化してきた女性美のモードを一堂に見ることが出来ます。


フォコンの写真を
模して配置されたマネキン

「女神たちの肖像」展と同時開催されているのが「ベルナール・フォコンの見た夢 ノスタルジーを超えて」です。フォコンはフランスの写真家で、少年のマネキンを使って、日常空間の中に模造的な世界を演出した作品で知られています。

フォコンが9年間、生活を共にしたマネキン83点は京都の七彩に引き取れていて、今回はその52点と新たにプリントした拡大写真47点、絵画1点などをインスタレーション展示しています。マネキンは写真作品に似せて記念撮影のように配置されていますが、視線は様々な方向を向いていて、多様な少年たちの夢を表現しているようです。

二つの展覧会について浜田学芸員は、「女神たちの肖像展は、きら星のような才能を持つ有名な写真家の名作を年代順に展示しております。それぞれの時代にタイムスリップし、創り出された理想像の女神たちに会っていただきたいものです。フォコン展の方は、久保木泰夫氏と七彩の全面的協力で質の高い展示が実現しました。フォコンの写真が持つ本質をダイレクトに体感できるまたとない機会です」と、強調しています。


話題になった
「バッタもん」
(C)岡本光博

神戸ファッション美術館と言えば、これまでもユニークな展覧会を企画しており、「ファッション奇譚」展では、岡本光博さんの「バッタもん」を展示して話題になりました。これは欧米の高級ブランド社のロゴマークや生地を引用しバッタをかたどった作品9点を展示したところ、ルイ・ヴィトンの日本法人からの抗議で作品を撤去したのでした。この作品は21月27日まで大阪市浪速区の特定非営利活動法人キッズで再登場しています。

その他、「ボワレとフォルチュニィ展 コルセットをめぐる冒険」や「チャイナ×チャイナ×チャイナ チャイナ・ドレスの変遷」など、マネキンを活用した展覧会を開催しています。これらは浜田さんが企画・展示したものですが、加えてマネキンの制作も手がけています。

数ある美術館の学芸員は、財政難などから自主企画が出来ず、新聞社などの企画を受け入れている状況にあります。神戸ファッション美術館はファッションをテーマにしたわが国初の美術館として、その特色ある企画運営と独自の学芸員活動は注目されます。

20年ぶりの「オットー・ディックス」展
現実を直視し、ありのままに表現した展示


伊丹市立美術館で開催の
「オットー・ディックスの版画」
展入り口

一方、「オットー・ディックスの版画」展の開かれている伊丹市立美術館は、先にあった財団法人柿衞文庫の建物を増築する形で1987年に開館しました。神戸ファッション美術館とは異なり和風庭園もあります。1996年に開催された「浜田知明の全容展」に関わっています。この時は当時78歳の浜田さんも会場に来られて、作品を見ながら懇談した思い出があります。その後2002年には、「須田国太郎 能・狂言デッサン展」を支援したこともありました。

館蔵品の大きな柱は、19世紀フランス美術を代表する版画家のオノレ・ドーミエの風刺版画1800点余と彫刻49点で、その他同時代の諷刺画家たちの作品などで、「諷刺とユーモア」をコレクションの基本概念にしています。


「横向きの自画像」1922年
以下写真4枚は
(C)VG Bild-Kunst,Bonn


「マッチ売り」1920年


「売春宿のおかみ」
1923年


「毒ガスを使って前進する突撃隊」
1924年

「オットー・ディックスの版画」展はifa(ドイツ対外文化交流研究所)の企画展ですが、この趣旨を踏まえた展覧会です。「オットー・ディックス展」は1988−89年に兵庫近代美術館など3会場で開催されています。今回は伊丹のみでの開催で、約20年ぶりに約90点のまとまった出品です。

オットー・ディックス(1891−1969)は、二つの世界大戦を挟む激動のドイツにおいて、人間存在の本質に迫った20世紀を代表する画家の一人です。図録によると、画家にとって忘れ難いトラウマとなった第一次世界大戦の従軍経験が反映された作品は、「人間の狂気と獣性」や「虚無と退廃と背徳」をテーマに現実を直視し、ありのままに表現し続けたと記載されています。展覧会のチラシには「直視せよ!」を謳い文句にしています。

展示会場には混乱期の世相を鋭く描写したマッチ売りの男や梅毒患者、殺人犯、売春宿の女主人や情婦など社会批評の版画が出品されています。さらに負傷兵や瀕死の兵士、毒ガスを使って前進する突撃隊、壊滅した塹壕や破壊された家など戦争の惨状を描いた連作が並びます。

会場を回っていて「初年兵 哀歌」シリーズなどを発表した浜田知明さんの作品を連想しました。浜田さんもやはり戦争体験が画家の出発点となっており、人間の愚かさや弱さ、社会の不条理を直視していました。

今回の展覧会には「ディックスと日本」のコーナーもあり、神奈川県立近代美術館所蔵の6点が特別出品されています。この中には1922年から2年間、日本銀行駐在員としてベルリンに滞在していた宗像久敬さんを描いたディックスの肖像画もあります。12月12日には、神奈川県立近代美術館の水沢勉副館長兼企画課長の講演会「版に世界を刻み込む」が開かれます。水沢さんは前回の回顧展の企画者で、ディックスの作品世界を語るとのことです。

担当学芸員の藤巻和恵さんは「美しさだけがアートではありません。人間の生き様や歴史の痕跡を生々しく描き出しています。まさに直視せよ、です」と、呼びかけています。

昨今、公立美術館では財政難もあって入場者数が問われています。美をテーマにした美術展と違って、メッセージ性のある展覧会は、動員が期待できない傾向にあります。こうした美術館事情の中で、「オットー・ディックスの版画」展を受け入れる美術館の存在意義を評価したいと思います。と同時に私たち鑑賞者もアートの多様性にもっと関心を向けたいものです。

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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