高島屋所蔵、その名も百華展

2010年10月4日号

白鳥正夫


平櫛田中の
「大黒天像 
有徳福来尊像」が
出迎え

企業ミュージアムの先駆けでもあった高島屋史料館のコレクションを一堂に紹介する、その名も「高島屋百華展」が10月29日まで京都市美術館で開催されています。企業ミュージアムはその性格上、特設の場所で公開展示しているのが常です。今回、所蔵品をまとめて出開帳することは極めて珍しく、しかもその名品で日本の近代美術の歩みをたどることができます。親会社の経済事情を反映しかねない関西の企業ミュージアムにあって、美術展活動に積極的な佐川美術館とアサヒビール大山崎山荘美術館、その一方で今年末に休館することになったサントリーミュージアム天保山などの動向もお伝えしたいと思います。

日本画や洋画、工芸品の名品で
日本の近代美術の歩みをたどる


竹内栖鳳の
「アレ夕立に」


横山大観の
「蓬莱山」

高島屋は天保2年(1831年)に京都で開業しました。呉服商を営んでいたこともあり、竹内栖鳳はじめ山元春挙、神坂雪佳ら当代一流の画家に下絵を描かせて、最高の技術で染織刺繍された美術染織品を制作したのでした。それらは各国で開催された万国博覧会にも出品され、日本の優れた美術工芸品として絶賛されたのでした。

高島屋は同時に美術品の販売や収集や展示にも力を注ぎ、1911年には大阪店に美術部を設けています。13年に「鉄斎展」を手がけるなど富岡鉄斎との関わりを深めるとともに、名だたる日本画家、洋画家、陶芸家らと幅広く交流し、多くの優れた作品を収蔵してきたのです。

高島屋史料館は1970年、呉服商としての稼業と芸術家との交流から収集された膨大なコレクションを管理するため、大阪・高島屋東別館に設置されたのでした。現在、日本画や洋画のほか、デザイン、能装束、着物、工芸品など多分野の優れた名品や歴史的資料など約2万点の作品・史料のコレクションを有しています。

今回の展覧会には、京都画壇の巨匠、文化勲章受章作家を中心に日本を代表する美術家の名品をはじめ、刺繍掛幅や伝統工芸品など約100点が展示されています。内覧会で、高島屋の鈴木弘治社長は「来年180年の歴史を迎える高島屋ですが、史料館は百貨店にとって原点です。新しい生活文化の創造があったからです。大変厳しい時代ですが、文化を創造してきた精神を大切にしたい」と挨拶されていたのが印象的でした。


冨田渓仙の「風神雷神」



岡田三郎助の
「支那絹の前」

入場すると、まず平櫛田中作の大きな「大黒天像 有徳福来尊像」(1975)が出迎えてくれます。かつて高島屋の大阪店に置かれていて何度も目にしていた作品で、現在は史料館の玄関口に安置されています。頭巾をかぶった大黒さんが米俵と袋にまたがり、打出小槌を振る独特の姿。平櫛105歳の作とされ、商売繁盛のシンボルとされてきました。店外初出品だそうです。

展示構成は三章仕立てになっていて、第一章が「近代美術の巨星たち」です。日本画から始まり、なかでも目に引くのが栖鳳の「アレ夕立に」(1909)です。栖鳳が残した数少ない人物画とされ、東京で開催の第3回文部省美術展で発表された作品です。扇で顔を隠した舞妓の横姿が無背景で描かれていますが、この作品の写生帖が京都市美にあり、図録でポーズを確定する過程の下絵などが紹介されていて興味深いです。


絵画に囲まれ陶芸の名作

栖鳳の「富士」(1893)と横山大観の「蓬莱山」(1949)の東西の巨星の作品が並んで展示されています。前者が横長の絹地に裾野を広げる富士山が、後者は蓬莱山の背後に神々しく描かれた富士がそびえていて両者両様の描き方です。反対側の陳列スペースには川端龍子の「潮騒」(1937)、冨田渓仙の「風神雷神」(1917)の四曲二双屏風の大作がスケールの大きい美を競っています。

日本画の最後のコーナーも圧巻です。東山魁夷の「深山涌雲」(1989)はじめ平山郁夫の「ペルセポリス炎上」(1976)、奥田元宋の「霧晴るる湖」(1987)、小野竹喬の「茜」(1978)、池田遙邨の「月光富岳」(1980)など巨匠の作品がずらり展示されています。昨年3月にイランのペルセポリスに行った後のこともあって、赤い炎の中に輪郭を見せる宮殿を描いた平山作品に見入ってしまいました。


北野恒富原画の
京舞妓ポスター

洋画でも浅井忠の「大原女」(1905)をはじめ、岡田三郎助の「支那絹の前」(1920)や梅原龍三郎の「桜島」(1935)、中川一政の「福浦港風景」(1956)、東郷青児の「花飾り」(1949)などなじみの色調の名画が並び見ごたえ十分です。絵画に囲まれた展示ケースには、河井寛次郎の「烏鉢」(1952)、北大路魯山人の「銀刷毛目耳壺」(1954)、富本憲吉の「竹梅色絵角瓶」(1958)など陶芸の名作がさりげなく展示されています。

第二章の「京都画壇と美術染織」は、京都ならではの独特の世界です。これら絵画的な工芸品はもともと海外向けに商品開発されたものです。地元京都の画家に下絵を描いてもらい、伝統的な染織技術で仕上げています。中でも栖鳳、都路華香、山元春挙筆による日英博覧会出品した染織三部作「世界三景 雪月花」は、往時の意気込みが感じられました。

第三章は「高島屋の美のスピリッツ」で、商品を生み出し、販売する企業精神とアイデンティティの表現が見ることができ楽しめます。呉服でスタートしただけあって、華美な着物の数々、宣伝に寄与したポスターの創意工夫、団扇、包装紙になった「バラ」を表現した絵画作品、マスコット人形の「ローズちゃん」まで出品されています。


華麗な着物の展示


「ローズちゃん」
コーナーも


今回の展覧会を企画した京都市美術館の吉中充代学芸課長補佐は「空間的な距離や時間的な枠を越える美術の普及に、百貨店の果たした役割は大きい。高島屋の多角的なコレクションの最大の見どころは、極めてシンプルで、しかしとても大切な楽しみを思いおこさせてくれることかもしれない」と指摘しています。

企業ミュージアムの動向様々
所蔵品に加え、独自の企画展も


高島屋史料館の内部

佐川美術館では平山郁夫と佐藤忠良のコレクションに加え「十五代樂吉左衞門館」をオープンしています。所蔵品だけでなく随時企画展も展開し、今回は「吉左衞門X LOUBIGNACの空の下で」を来年3月21日まで開催中です。京都・樂家伝統の窯を離れ、初めて海外・フランスで新たに制作した作品と、友人のアンドッシュ・ブローデルの作品も合わせ展示しています。

吉左衞門は4年間にわたり毎夏、フランス南西部コレーズ地方のルビニャック村に滞在、友人である陶芸家ブローデルの陶房にて茶碗・花器・水指など多くの作品を制作しました。二期に分けて紹介を予定しており、今期は新作の茶碗を中心に展示しています。

アサヒビール大山崎山荘美術館は、山荘を美術館として再生したのですが、半地下の新館は安藤忠雄さんの設計です。この夏には旧館をバリアフリー化に着手、来年には地域交流の場や新たな展示スペースとしても活用できる多目的ホールの建設も予定しています。コレクションの中核となっている特別展「民藝誕生」を12月12日まで開催します。


十五代樂吉左衞門の茶碗

「民藝誕生」展は、大正から昭和にかけて、柳宗悦(1889−1961)らによって、日常雑器に新しい美が見出され、民藝(民衆的工芸)と名づけられましたが、古民藝の蒐集品などを展示。さらに所蔵品からモネ、ボナール、ヴラマンク、ロダンなどフランスの名品も鑑賞できます。

一方、やはり安藤忠雄の設計で知られるサントリーミュージアム「天保山」は、創業90周年事業で1994年11月に開設され、モネやボナール、ロートレック、ミュシャ、カッサンドル、ホック二ーの作品や世界各国の秀作ポスターなど近現代美術の収集・展示を行ってきました。

当初は年間150万人の来場を見込んでいましたが、実際には95年の101万人が最高で、08年は65万人でした。08年末までの累計入場者数は994万人と入館者の伸び悩みなどを理由に、今年末で休館(事実上の閉館)となります。


美しく見せることに
こだわった
古民藝の作品展示

これまでも経済の停滞が続く中、大阪の出光美術館が閉館となり大阪市立近代美術館(仮称)心斎橋展示室として活用されています。萬野美術館も閉館しコレクションの一部は京都の承天閣美術館に寄贈されています。このほか奈良そごう美術館やナビオ美術館など閉館が相次いでいます。個人所有をいつまでも続けられず財団法人で運営する企業系ミュージアムが増えています。

戦後、飛躍的な経済成長の中で、富を築いた創業者中に美術品コレクターを輩出しました。関西にも白鶴美術館や藤田美術館、大和文華館などはこうした所蔵品で美術館を運営しています。このほか社業の史料や歴史、産業なども加えると企業ミュージアム全国で600以上を数えるのです。

企業には、本業を通じて社会への貢献を図ると同時にメセナ活動を押し進めることによって文化の創造・振興に役立てたい、とする基本理念があります。美術館運営もその一環として活性化さればと考えます。今後とも地域社会と一体となって、より成熟した美術館運営が望まれます。

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
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無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
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定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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