画業60年、水木しげると横尾忠則の展覧

2010年9月6日号

白鳥正夫


兵庫県立美術館に
設置された看板

絵画や彫刻だけがアートではありません。視覚文化の多様化の中で、いまや表舞台に登場しているのがマンガやポスターです。そうした展覧会が猛暑の続く今夏、熱い視線を集めています。妖怪漫画の「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる「水木しげる・妖怪図鑑」展が10月3日まで兵庫県立美術館で開催中です。夏休み時期に合わせた7月31日からの開幕で、連日親子連れでにぎわっていました。一方、国内で初めての「横尾忠則全ポスター」展は、国立国際美術館で9月12日までの開催です。こちらは何しろ半世紀以上にわたって制作された800点ものポスターに、若い世代を中心に人気を呼んでいます。

親子で楽しめる水木ワールド

「妖怪図鑑」展の初日に記者発表があり、担当学芸員の岡本弘毅さんの説明で鑑賞しました。会場には多くの子どもたちが押しかけ、通常の展覧会とは趣が異なっていました。兵庫県立美術館では2009年に開催した「だまし絵」展で30万人を超す入場者があり、「美術館冬の時代」に、新たな動向を示しているとも思えました。いずれにしても美術館が新しい客層を開拓する意義は大きいと言えます。


「釣瓶落とし」
以下の3
作品
(C)水木プロダクション


「川太郎」

鬼太郎コーナーの
「妖怪大決戦」の一場面

江戸時代の「百鬼夜行之図」
西尾市岩瀬文庫蔵

今回の展覧会は、水木しげるの画業60周年と米寿を記念しての開催で、水木プロダクションの全面協力のもと、長年にわたって描き続けられた妖怪画にスポットを当てています。また水木を現代の妖怪の大家ならしめた「鬼太郎」を描いたものを精選し、幻想に満ちた水木ワールドを堪能できます。

一方、妖怪博士・水木に影響を与えたと思われる百鬼夜行絵巻や妖怪の登場する浮世絵など過去の作品も展示し、妖怪の歴史をたどれます。さらに併設の体験型模型展示「ゲゲゲの森の大冒険」では、水木原画を立体化した百目、おおかむろ、見上げ入道などの妖怪たちが登場し、大人も子どもも楽しめる展覧会仕立てになっています。

展示構成の第1章は、標題の「水木しげるの妖怪図鑑」で、これまでに描いてきた1000点以上に及ぶ原画の中から代表的な妖怪88種を選び出し、妖怪を里(人家および往来)、山(人気のない野を含む)、水(海・川・沼など)の三通りに分けて紹介しています。里では「釣瓶落とし」(京都)「百目」(中部)「うわん」(東北)、山は「天狗」(全国各地)「山爺」(高知)、水では「河童」(全国各地)「川太郎」(岩手)などと出身地が示され、興味が尽きません。

第2章は「鬼太郎の秘密」で、水木作品最大のヒーロー・ゲゲゲの鬼太郎と仲間たちを描いた原画によって、鬼太郎の秘密に迫るコーナーです。鬼太郎の原点は、水木が兵庫県で紙芝居作家をしていた1954年ごろに、戦前の紙芝居をリバイバルさせたことに遡ると言うことです。以来40年余、5度にわたってテレビアニメになっています。この章では漫画『鏡爺』の原稿16ページも特別展示されています。

そして第3章は「江戸時代の妖怪たち」です。18世紀後半、浮世絵や歌舞伎、浄瑠璃、読本といった新たな文化の勃興に伴い、妖怪をはじめ幽霊や化物が町人たちの娯楽の対象として登場したのでした。この章は展示替えがありますが、「付喪神絵巻」や「百鬼夜行図」「百鬼夜行絵巻」などに加え、葛飾北斎の「百物語」や伊藤若冲の「付喪神図」や河鍋暁斎の「幽霊図」などの美術作品も展示されています。妖怪はその姿を変えつつ連綿と受け継がれてきたのです。

テレビ・出版「ゲゲゲ」ブーム


親子連れが目立つ
会場内と書コーナー

水木作品と言えば、朝日新聞社時代の2004年から05年にかけて、同僚が「大Oh! 水木しげる展」を企画し、全国12会場を巡回したことを思い出します。関西では大丸ミュージアムのKOBEとKYOTOで開かれました。1964年に『ガロ』創刊号で漫画家として雑誌デビューし、翌年に「テレビくん」で講談社児童漫画賞を受賞して後、「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめ「悪魔くん」「河童の三平」など次々とヒットを飛ばし、妖怪漫画の第一人者になった人と作品が網羅されていました。

中でも注目をしたのが、図録の巻頭にも折り込まれている「水木しげるの人生絵巻」です。幅40センチ、10メートルに及ぶ大作です。水木は1922年、大阪府に生まれ、まもなく父の故郷である鳥取県西伯郡境町(現境港市)で少年時代を過ごしますが、3年もの間地獄のような軍隊生活を南方で体験し、復員後も極貧生活を続けるなど波乱万丈の人生模様なのです。


併設の
「ゲゲゲの森の大冒険」
会場には
「おおかむろ」も登場
(C)水木プロダクション

この展覧会を企画した朝日新聞社の藤本圭太さんは、2000年に「大妖怪展」を手がけています。その時、初めて出会った水木は「妖怪はね。いるんです。見えないだけなんです。感じるんです」と真顔で語ったそうです。人間的な興味を覚えた藤本さんは「子どものころ、水木作品に育てられた恩返しに水木さんの魅力のすべてを見せる展覧会をやりたい」と思ったそうです。

いまや「ゲゲゲ」ブーム。NHKの朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」がヒットし20パーセントの高い視聴率を記録しているといいます。これに合わせ8月末の1週間、阪神百貨店梅田本店でも「水木しげる米寿記念 ゲゲゲ展」を開催し、代表作の原画約100点を展示。書店でも水木作品のワゴンコーナーを設置するほどの人気ぶりです。


妖怪のグッズ売り場も
にぎわい

芸術新潮8月号では、水木しげる特集が組まれ、哲学者の梅原猛さんと対談していて、興味を覚えました。その中で、梅原さんは「それだけの執念を持つというのは、まさに妖怪ですわ。いや、水木さんのマンガに、私の書くものと同じ死の影を見て、40年くらい前に小さい評論を書きました。(中略)あまりマンガは読まないんですが、よほど水木さんの本に感動したんだと思います。自分と同じものを感じたんです」と、話していました。

今回の「妖怪図鑑」展担当の岡本学芸員は図録に「最後の妖怪絵師・水木しげる」の文章を記し、次のように結んでいます。

ともかく、妖怪漫画と妖怪図鑑、このふたつのメディアを武器に日本の妖怪文化を存続させた水木しげるこそ、最後の、そして最大の妖怪絵師と呼ぶに相応しい。今回の展覧会で、その巨大さの片鱗を味わっていただければ幸いである。

全ポスター約800点を一堂に


内覧会に出席した
横尾忠則

「全ポスター」展は、7月12日に開かれた内覧会に出向きましたが、その数の多さからじっくり見ることが出来ず、8月末にもう一度鑑賞しました。国立国際美術館は千里万博公園に立地していた時代から美術館関係者の集い(現美術家の集い)のメンバーにも加えていただき、ほとんどの展覧会を見てきました。時にはゴッホやルノアールなど巡回展も開催しますが、先駆的な現代美術展を取り上げ、大いに刺激を与えられています。

今回の「全ポスター」展も、広範囲にわたる横尾の仕事の中でも、その出発点であり、創作活動の中心でもあったポスターに焦点をあて、初めてポスターを手がけた1950年代から、現在に至るまでの約60年間に制作された全ポスター約800点を一堂に展示する画期的な展覧会といえます。


壁面いっぱいに展示された
ポスター

国立国際美術館ではこの10年余、横尾の全ポスターを、一部購入を含め、作家自身からの大量の寄贈により収蔵しています。これまでも常設展示や他館の展覧会への貸し出しなどによって、部分的に紹介してきましたが、その全貌を展観することはなかったのでした。全ポスターに加え、下絵、版下等の資料も展示し、横尾のデザイナーとしての活動を通観出来る絶好の機会といえます。

横尾は1936年、兵庫県西脇市に生まれています。幼少の頃から絵画の模写に興味を持ち、高校時代には、地元の商店街や商工会議所のポスターを制作するなど、早くから美術やデザインに対する才能を開花させます。


「戦後文化の軌跡
 1945−1995」展の
ポスター

1960年、日本デザインセンターに入社し、制作の拠点を東京に移すと、その活動の幅は広がりをみせます。独特なイラストとデザイン感覚にあふれる、代表作の「腰巻お仙」をはじめとする劇団状況劇場のポスターなどで、たちまち若い世代の支持を集め、大衆文化を具現する時代の寵児となったのでした。

横尾のグラフィック・デザイナーとしての仕事は、ポスターからイラストレーション、ブックデザインなど、様々な印刷メディアへと展開し、さらに版画や絵画、映画といった芸術分野にまで広がっていったのです。

横尾作品で忘れられないのは、私も研究会スタッフの一員として参加した「戦後文化の軌跡 1945−1995」展でのポスター・チラシ・展覧会図録などへの依頼でした。仕上がった作品は、いかにも横尾らしく、焼け野原にたたずむ一冊の本を脇下に、小さな袋をかつぐ背を見せた男の周囲に、鉄腕アトムや巨人軍選手、国旗、その他戦後の美術作品などを散りばめたものでした。


展示にも工夫。
天井から吊るされた
数々のポスター

正直言って当時の私には、煩雑で展覧会名も読みづらくなじめなかったのですが、学芸員らから「さすが横尾」との評価が出ていました。時を経て、今回の展覧会で数あるポスター作品の中に発見して、妙に懐かしく、「よくぞ限られたスペースに、展覧会の意図を凝縮したものだ」と感心したのでした。

水木にしても横尾にしても、60年という長い時代を、常に先駆的なイメージの創出と独自の斬新な想像力を失わずに、膨大な作品の創作を持続したことに感服します。なお展覧会の作品は、これまでの仕事の一端に過ぎず、単に天才という言葉では片付けられない驚愕さえ感じたのでした。

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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