ボストンのモネ、フランスのモネ

2010年7月28日号

白鳥正夫


「アルジャントゥイユの
自宅の庭のカミーユ・
モネと子ども」
(1875年)
以下3点
Photographs
(C)2010 Museum of
Fine Arts, Boston.

海外の有力美術館展が次々と企画され、世界の名画を日常的に鑑賞できるようになったのはすばらしいことです。「名画のフルコースをどうぞ」との宣伝文句で「ボストン美術館展 西洋絵画の巨匠たち」(朝日新聞社など主催)が京都市美術館で8月29日まで開催中です。ここでは16−20世紀の巨匠47人の名作80点が一堂に展示されていて壮観です。中でも世界有数のコレクションと言われるクロード・モネ(1840−1926)の作品が11点も出品されています。今年5月、フランスのジヴェルニーにモネの邸宅とパリのオランジュリー美術館を訪ね、「睡蓮」の庭と連作展示室を見てきた直後とあって、より興味をひきました。今回はフランスでの美術紀行を交え紹介することにします。

京都のボストン展、モネ11点

ボストン美術館はアメリカ独立百周年にあたる1876年に開館し所蔵品は45万点に上るそうです。エジプト美術やフランス印象派など多岐におよび、仏画・絵巻物・浮世絵・刀剣など日本美術の優品を多数所蔵していることで知られています。


「積みわら(日没)」
(1891年)

朝日新聞社では近年、ボストン美術館所蔵展として「モネと印象派」(1992−93)、「19世紀ヨーロッパの巨匠たち」(1995)、「肉筆浮世絵」(2006)を開催しています。いずれも鑑賞していますが、特に「モネと印象派」ではモネの作品26点が出品され、今回の作品もほとんど網羅していました。時を経て、名画と再会できるのは美術を愛する鑑賞者にとって、何よりの楽しみでもあります。

モネの作品は、アサヒビール大山崎山荘美術館に行けば常設展示されており、多くの機会を通じ各地で見てきました。最近では、山口県立美術館の「クロード・モネ展」(2001年)、国立新美術館開館記念の「大回顧展モネ印象派の巨匠、その遺産」(2007年)、そして昨年には名古屋市美術館で開催されたモネ「印象 日の出」展が記憶に新しいです。


「睡蓮の池」
(1900年)

ボストン美術館はモネの作品を30有余点所蔵し、母国フランス外では最大級のコレクションを誇ります。19世紀当時、最先端とされたモネら印象派の絵画はアメリカの富裕層に盛んに収集され、のちに美術館に寄贈されたのです。

展覧会チラシの表紙になっている「アルジャントゥイユの自宅の庭のカミーユ・モネと子ども」(1875年)は、赤とピンクの美しい花壇を背景に、縫い物をするモネの最初の妻カミーユと子どもが描かれています。穏やかな日常の光景は、モネの30歳代の代表作で、見ていて心が和みます。

32歳の若さで亡くなったカミーユをモデルにした昨品では、「モネと印象派」展に出品された「ラ・ジャポネーズ(日本の着物をまとったカミューユ・モネ)」が印象に残っています。扇子を片手にあでやかな姿でポーズをとるカミーユの着物におどろおどろしい侍の姿が描かれ、そのコントラストが絶妙でしたが、今回は出品されていませんでした。

このほかのモネの作品10点は「モネの冒険」と名づけられた1室にまとめられています。ノルマンディー沿岸の風景を描いた「プールヴィル、ラ・カヴェの道」(1882年)、「ヴァランジュヴィルの崖の漁師小屋」(1882年)、南仏の「アンティーブの古城」(1888年)などオーソドックスな風景画に混じって、モネの作品らしからぬ「アルジャントゥイユの雪」(1874年頃)「小クルーズ川の峡谷」(1889年)なども通覧できます。


名画が並ぶ
「描かれた日常生活」
の展示

中でも注目されるのが、テーマを変え、時間ごとに変化する光の表現を追求した連作の「積みわら(日没)」(1891年)「ルーアン大聖堂の正面とアルバーヌ塔(夜明け)」(1894年)、そして晩年まで追及した「睡蓮の池」(1900年)も1点ずつ出品されています。モネは「積みわら」25点、「ルーアン大聖堂」30点、「睡蓮」にいたっては230点を超す作品を仕上げたのでした。

モネは海景画家のブーダンから自然光の美しさを学び、戸外制作をする中で、視覚的印象を筆触分割によってカンヴァスに移し変える印象主義の手法を確立したといいます。そして1874年に第一回印象派展での出品作「印象、日の出」が議論を呼び、「印象派」という名称が生み出されたのでした。「モネは眼にすぎない。しかし何とすばらしい眼だろう」とは、友人のポール・セザンヌの名言ですが、「モネの冒険」の10点からもうなずけます。


ジヴェルニーの
睡蓮の池


モネの邸宅


邸宅内の浮世絵コレクション

 

フランスで「睡蓮」の庭と連作

フランスを再訪した目的の一つは、前回行きそびれたモネが晩年を過ごし、睡蓮を浮かべた庭のあるジヴェルニーのアトリエのある邸宅と、オランジュリー美術館の「睡蓮」シリーズの大作の展示室を見ることでした。

有名な「ジヴェルニーのモネの庭」は、パリから約80キロ、ノルマンディー地方のセーヌ河のほとりにありました。駐車場には観光バスが何台も連なり、世界各地から訪れた観光客が行き交っていました。

入り口から地下通路をくぐり、まず「水の庭」へ。木々の緑の中、池の周りを巡っていると、太鼓橋がかかっています。池には睡蓮が浮かび、枝垂れ柳が影を落としています。「睡蓮」の多くの絵はここで生まれたのと想像すると感激をおぼえました。


オランジュリー美術館の
「睡蓮」展示室


「睡蓮」シリーズの連作


元の地下通路を抜けて邸宅の前に広がる「花の庭」へ。この時期、白いフジが咲き、ジャーマンアイリスの色彩が華やかでした。散策路をはさんで黄色、赤、ピンクなど色とりどりの花が咲き誇り、アーチや柵に這わせたバラの木が植えられていました。

庭でくつろいだ後は邸宅の中へ。モネが愛用したと思われる数々の調度品が各部屋にあり、レモンイエローの壁のリビング、ブルーに統一されたキッチンなど、内部もモネが暮らしていた当時を再現しているそうです。その壁面には、所狭しと日本の浮世絵コレクションが展示されていました。モネがいかに日本的な情緒を愛していたかが理解できました。


グレコの
「祈る聖ドミニクス」
(1605年頃)
以下3点
Photographs
(C)2010 Museum of
Fine Arts, Boston.

モネが実際にここで暮らしたのは 1883年から1926年、43歳から亡くなるまでちょうど生涯の半分をといいます。庭は第二次大戦でほとんど破壊され、1966年に芸術アカデミーに寄付されました。そして10年の修復作業を経て家も庭園もモネの住んでいた頃と同じ状態に再現されたのだそうです。

邸宅の玄関の一角にはベンチが据えられており、花の庭を眺めていると、自分の視線が、同じように庭を眺めたであろうモネの視線に重なるのを感じました。生前は評価もされず貧困にあえいだゴッホと比較して、画家としてなんと幸せな生涯を全うしたことでしょう。

モネの庭を散策した翌日、コンコルド広場東側の公園の一角にあるオランジュリー美術館を訪ねました。1996年に全面改装を終えており、整備された入り口で安全検査を受け入場し荷物を預け日本語の音声ガイドを借り受けましたが、どの職員も笑顔での対応には驚きました。
 
入館してすぐに、お目当てのモネの展示室があります。二つの楕円形の部屋に「睡蓮」シリーズが、ぐるり展観できます。『朝』『雲』『柳』など8構図22点の画布は高さ2メートル、直線にして91メートルに及ぶとのことです。温度・湿度・照明などあらゆる面から絵画のための理想の美術館といえるでしょう。モネは76歳の時から手がけ、死後に国に納められたのでした。生前、モネは次のような言葉を遺しています。

円形の部屋を想像してみたまえ、壁の裾から水面が広がり、睡蓮が散りばめられ水平線へ辿り着く。緑やモーヴ色がかわるがわる浮かんではあらわれ、静寂に満ちた水面に満開の花が映っている。色調が理とやさしいニュアンスに満ちて、夢のようにデリケートなはずだ……


マネの
「音楽の授業」
(1870年)

モネが思い描いた展示の部屋に身を置くことの感懐に浸りました。展示室は撮影も許可されていましたが、しばらくはこの睡蓮の世界にたたずんでいたのでした。

さて「ボストン美術館展」には、モネ以外にも、西洋絵画の巨匠たちの作品がそろっています。入り口すぐにエル・グレコ(1541−1614)の「祈る聖ドミニクス」(1605年頃)が目に飛び込んできます。宗教画のコーナーには10点展示されていますが、いずれも豊かな表現力で、重厚な作品ばかりです。

また「描かれた日常生活」には、ジャン=フランソワ・ミレー(1814−1875)の「馬鈴薯植え」(1861年頃)やエドゥアール・マネ(1832−1883)の「音楽の授業」(1870年)、ピエール=オーギュスト・ルノワール(1811ー1919)の「ガーンジー島の海岸の子どもたち」(1883年頃)など味わい深いが並び展示されています。

さらに「印象派の風景画」でも、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853−1890)の「オーヴェルの家々」(1890年)やポール・セザンヌ(1839−1900)の「池」(1877−1879年頃)、カミーユ・ピサロ(1830−1903)の「ポントワーズ、道を照らす陽光」(1874年)など名画のオンパレードです。

神戸では浮世絵名品140点


鳥居清長
「雛形若菜の
初模様丁子屋内丁山
しをりつまき」
(天明2年頃)

一方、「ボストン美術館浮世絵名品展」(日本経済新聞社など主催)が神戸市立博物館で8月14日から9月26日まで開催されます。この展覧会では浮世絵の黄金期といわれる18世紀後期に焦点を絞り、ほとんど日本初公開の名品約140点が展示されます。主催者によると、出展品は文化財保護のため今後5年以上、ボストンでも見ることができないそうです。

展覧会の構成は作家別に、美人画を手がけた鳥居清長(1752−1815)、大首絵で美人画の傑作で知られる喜多川歌麿(?−1806)、役者の似顔絵で人気のナゾの絵師・東洲斎写楽(?−1794・95?)、さらにはその他の黄金期に活躍した勝川春草(1726−1793)たち大家の作品が紹介されます。

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
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内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
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定価:本体1400円+税
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内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

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三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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