意志と情熱、「人生の先達」二人

2010年3月25日号

白鳥正夫

青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたをいう。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、
たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。
         (宇野収・作山宗久訳著より抜粋)


奈良大学で開かれた
国際シンポジウムで
発言する
加藤九祚先生

あまりにも有名なサムエル・ウルマンの「『青春』という名の詩」の一説です。高齢化社会にとって、激励のフレーズであり、私自身も座右の銘にしている言葉です。そんな生き方を実践している人がいます。一人は高名な学者で、もう一人は市井の人です。88歳で中央アジアの仏教遺跡の発掘を続けている加藤九祚先生であり、80歳の誕生日に自分の人生の集大成の本を著した藤原文男さんです。いずれもシルクロードの旅で知り合った人生の先達です。

88歳で発掘続ける加藤九祚先生


会場の奈良大学講堂に
詰め掛けた聴講者

2月16日、奈良市山陵町の奈良大学で同大学とウズベキスタン共和国駐日大使館主催の国際シンポジウムが開かれました。「ウズベキスタンの古代文明及び宗教―日本文化の源流を尋ねて」のテーマで、その存在が近年注目されている仏教遺跡の現状と意義、多様な文化の共生について考察するものでした。この席に一人の老学者、加藤九祚先生が招かれていました。

加藤先生は1922年、韓国慶尚北道生まれで、5月には89歳になります。1998年以降、ウズベキスタン科学アカデミー考古学研究所と共同で、テルメズ郊外カラテパでクシャン時代の仏教遺跡の発掘に着手し、現在も継続しています。この間、2002年ウズベキスタン政府より「ドストリク」(友好)勲章、テルメズ市より「名誉市民」章を受けています。

国際シンポでは、加藤先生は「クシャン時代仏教遺跡の発掘」について、これまでの取り組みとさらに発掘の継続を訴えました。とりわけアフガニスタンに隣接するテルメズのカラテパ遺跡において4つのストゥーパを発掘した成果などを強調しました。

私が加藤先生と初めてお会いしたのは1997年のことです。朝日新聞社時代に私が企画の提案をした創刊120周年記念事業「シルクロード 三蔵法師の道」調査団の派遣を控え、中央アジアの情勢などについて相談のため訪れたのでした。現地での豊富な経験と人脈を持つ加藤先生から、受け入れ研究機関や遺跡などの適切な情報を教えていただきました。


キルギスタンの
クラスナヤレーチカに
ある仏教遺跡のテント
(1997年、
前列中央が加藤先生)

その1カ月半後に、キルギスタンのクラスナヤレーチカにある仏教遺跡の発掘現場を訪ねました。現地は日昼40度を超えていました。発掘した遺構を案内、出土物の説明をしていただいたのです。この時、なんと加藤先生は自弁で発掘調査に当たっていたのでした。

半世紀経てなほシベリア想いつつ熱砂の下に仏跡掘る日々
この歌は、2001年11月に発行された加藤九祚一人雑誌『アイハヌム』(東海大学出版会刊)の「中央アジア雑感」に盛り込まれた一首です。「ニュー・ツー・サイエンス」つまり「学問のために、新しいことをもたらす実践を」の言葉を信条に、中央アジアの発掘にたずさわり、自分の骨を埋めてもの心意気なのです。『アイハヌム』は毎年刊行し、2009年に9冊目を数えています。

抑留体験、ロシアの探検家に学ぶ

加藤先生は1943年に上智大予科仮卒業後、45年から約5年にわたってシベリアに抑留されたのでした。帰国後、53年に上智大学文学部を卒業し、平凡社へ入社。75年に国立民族学博物館教授、88年には創価大学教授を歴任されました。仏教遺跡の発掘に65歳を過ぎて取り組み始めた希有な学者なのです。

専門は北アジア、中央アジア民族史で、1976年『天の蛇―ニコライ・ネフスキーの生涯』(河出書房新社)で第三回大佛次郎賞を受賞。さらに『シベリアに憑かれた人びと』(岩波書店)『ユーラシア文明の旅』『シルクロード文明の旅』(ともに中央公論)など数々の業績を上げ、1999年には南方熊楠賞を受けています。


ウズギスタンの
カラテパ遺跡に立つ
加藤先生

加藤先生の生き様に感動した私は、その後も多くの指導を受けました。2001年に私が関わっていた(財)なら・シルクロード国際交流財団の主催する国際記念シンポジウムのパネリストになっていただいたのです。2002年には加藤先生の要請で、出土品の展覧会「ウズベキスタン考古学新発見展 加藤九祚のシルクロード」の開催をお手伝いすることが出来ました。5年間かけて発掘した成果は、東京・奈良・福岡の三都市を巡回しました。

無類の酒好きで、会えばいつも居酒屋に出向きました。酔うほどにライフワークとなった発掘ロマンを語ってくれました。そして興に乗れば「あざみの歌」を熱唱します。2004年秋には山梨のNPO法人・曼荼羅祈り写仏の会から招かれ、「わが熱き思いのシルクロード」のテーマで対談の機会を与えられました。その中で、加藤先生の人生観を窺い知ることができます。(抜粋、敬称略)


発掘品の展示のため
来日したピダエフ博士と
(2004年、博多で)

白鳥 「ウズベキスタン考古学新発見展」の開催を記念して東京でパーティーが開かれました。先生と発掘の苦楽を共にしたピダエフ博士が来日し、在日ウズベク大使らも出席されました。歴代の在ウズベクの日本大使三人もそろって駆けつけ、加藤さんを祝福されました。私たちが作品調査で訪れた時の大使は中山恭子さんでしたが、離任後に日本への持ち出しをめぐってトラブルが発生しただけに、加藤さんをねぎらっておられたのが印象的でした。

加藤 中山さんをはじめ歴代の日本の大使にはお世話になりました。展覧会は大きな目標でした。それに合わせて『ウズベキスタン考古学新発見』(東方出版刊)が出版されたのも大きな収穫でした。

白鳥 あの本に書かれた回顧談には、加藤さんの本音が語られていました。紹介させていただきますと「帰国して自宅のトイレに入るたびに、あのハエだらけのテルメズにある加藤の家のトイレを思い、また刺身を口にし日本酒を飲んだりするたびに、あの奇妙な味のウズベク・ビールや羊肉を思い出し、何を好き好んで彼の地へ出かけるのだろうと自問することもある」といったくだりです。


タシケントの
ウズベキスタン大使公邸で
(2003年、
左から2人目)

加藤 シベリアに抑留されていた時、「生きて帰ることができたら、どういう生き方ができるのか」と自問したことがあります。その時は考古学に傾注することになるとは思いもかけませんでした。ただ私は酒も好きですが、人間の方がもっと好きです。その人間が脈々と営んできた歴史や交流に思いを馳せることがありました。ロシアにはすばらしい探検家が輩出していて影響を受けたのかもしれませんね。

白鳥 ニコライ・ミハイロヴィチ・プルジェワリスキーもその一人ですね。加藤先生が深い感銘を受け「探検家プルジェワリスキーの生涯」と題する論文を書いておられます。

加藤 彼は中央アジア探検だけで9年以上過ごしたのです。探検家になるため陸軍の士官になり、その最初の旅行記を自費出版するほどでした。文明を嫌い、生涯独身を通し、ひたすら初志を貫いたのです。中央アジア探検の途中、51歳で世を去り、キルギスタンのイシク・クル湖畔に眠っています。彼の業績は後世のスウェーデンのスウェン・ヘディンらに多大な影響を与えました。私も及ばずながら、そんな人生にあやかりたいです。

80歳誕生日に集大成の回想録


藤原文男著
『但馬に生きて』の表紙


80歳の誕生日に
開かれた
出版記念の集い

2月24日、兵庫県養父市の関宮公民館でとある出版記念の集いが催されました。『但馬に生きて』(北星社)を出版した藤原文男さんは、この日80歳の誕生日を迎えたのでした。著書には「遥かなるロマンを求め、駈け巡る」の副題が添えられていますが、故郷のことから体験記、四国遍路や世界の国々の旅の紀行文、さらには地方政治をはじめ人生観や宗教観など約350ページにわたって書き綴っています。

藤原さんは1930年に兵庫県美方郡能次村の貧しい農家に生まれています。14歳で家業を継ぎ、冬場は出稼ぎに出たといいます。1950年ごろから自宅裏の山林を買い造林を手がけ、やがて民宿も営みます。一方、60年代から本格的にスキー練習を始め、仲間らとスキークラブやスキー学校を設立し、氷ノ山国際スキー場の開発にも取り組みます。

さらに関宮町観光協会の副会長を20年間、町会議員を16年間務めています。議員退職後に世界の旅を始め、パソコンも習得し、ホームページを立ち上げ、「水戸黄門」のニックネームでブログを書き続けてきました。今回の回想録について、藤原さんは「生涯学習の集大成でもあります」語っています。


藤原文男著
『但馬に生きて』の表紙


集いの参加者に配られる
新刊が積まれた受付



インドの
アジャンター石窟寺院の前で
(2000年、以下の2枚は
藤原さんのホームページから)

藤原さんとの出会いは1999年、7世紀に長安(西安)から天竺(インド)まで仏教の経典を求めてシルクロードを旅した玄奘三蔵法師の道を追体験する旅でした。その後、シルクロードの集いで何度かお会いしました。この間、ホームページやメールを通じ、通称「文さん」の活動を知ったのです。

今回の著書に、「果てしないパワーに万歳」のタイトルで次のような私の激励文が掲載されました。

2007年4月のメール。「インド、パキスタン、ネパールから中央アジア、新疆、ほぼ中国全土を席巻。シルクロードの旅ももう行くところが無いほどで、完了しました」。その後も、私はベトナム・アンコールワット・イランの旅でも先を越された。  そして2009年5月。「私も79歳、もう世界の旅は卒業しました。が、政治評論、経済評論、株式投資の研究、地元の諸々の諸団体に参加、数年前からビデオの編集と、パソコンでのDVDへの焼付け。などある程度撮影と編集に自信がもてるようになりました」とある。ひと回り以上も若く、好奇心だけは旺盛な元新聞記者の私も脱帽だ。


イラクと国境を接した
シリアのユーフラテス川の
ほとりで(2002年)

記念の集いは、受け付けから司会進行まで「但馬に生きるロマンの会」や「但馬を映像で発信する会」が全面的にサポートしたのでした。会場に駆けつけた私は「あの果てしないシルクロードの砂漠のように、100歳になっても青春真っ只中の「文さん」であり続けることでしょう」とお祝いの言葉を伝えました。『但馬に生きて』の問い合わせ先は、北星社(0796−22−4141)。

 私の尊敬する映画監督の新藤兼人先生は97歳にして現役です。「人は生きてる限り生き抜きたい」との人生哲学を語っています。紹介した加藤先生と藤原さんも、まだまだそれぞれの道を究めてほしいし、これまでの経験を後進に継承していただきたいと思います。お年寄りの仲間入りをした私もまた、「人生の先達」の生き方を指針とし、生き抜きたいと考えています。

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる