「大阪再見」へ3冊の本

2010年1月27日号

白鳥正夫


『なにわ大阪風物詩』
表紙

2010年の年明け最初のテーマは「大阪」を取り上げます。近年、東京一極集中が加速していますが、大阪の街並みも都市化が進んでいます。大阪は古く難波宮が築かれ、太閤秀吉の城下町として、多くの歴史や伝統を育んでまいりました。ところが都市の近代化の反面、歴史的な大阪の情景は過去のものになりつつあります。と同時に、庶民の祭りや生活と直結した多様で味わいに満ちた表情を失い、色褪せてしまったのも現実です。変わりゆく大阪の姿を「きり絵」で遺しておこうと編纂されたのが『きり絵画集 なにわ大阪風物詩』(清風堂書店)であり、『森琴石と歩く大阪』(東方出版)は明治の市内名所を現代の街角に面影を訪ねています。一方、大阪人の底力を多面的に取り上げたのが『大阪力!』(新風書房)です。昨年来、「大阪」をキーワードに大阪の出版社から発行された3冊の本を通して「大阪再見」の勧めです。

『なにわ大阪風物詩』きり絵72枚


加藤義明さんの
「桜の名所、大阪城」

『なにわ大阪風物詩』は、朝日新聞大阪地区の読者に休刊日の前日に折り込まれている「休刊日のおしらせ」に掲載の作品を1冊の本にまとめたものです。大阪を代表する天神祭やだんじり祭、南大阪で走っているチンチン電車、大阪城や国立文楽劇場、郊外の鉄橋や棚田、自然海岸などの風景が72枚のカラフルなきり絵で紹介されています。

「きり絵」を描いたのが加藤義明さんと前田尋さんです。加藤さんは「きり絵」の歴史を体現してきた草分け的な存在です。1978年に同好者が集まって日本きりえ協会が結成され、その旗揚げの全国展が東京都美術館で催されました。この展示会の実行委員長を努めたのが加藤さんです。第一線の作家として活躍を続けてこられました。


前田尋さんの
「難波八坂神社 大獅子殿」

加藤さんの後を継ぎ指導者として活躍しているのが前田さんです。日本きりえ協会副代表をはじめ大阪きりえセンター代表などを務めています。全国きり絵コンクール優秀賞をはじめ大阪府知事賞などの受賞歴があり、これまで国内各地はもちろんフランスやアメリカ、カナダ、アルゼンチンなどで個展や、作品を出品しています。

本書に取り上げられた二人の作品は、温もりのある大阪の「色」を鮮やかに表現しています。加えて土着の祭りや、季節感あふれる事象や風景を取り上げ、大阪の味わいを再認識させてくれます。


加藤義明さんの「きり絵展」

実は「休刊日のおしらせ」の連載は、私が朝日新聞社時代の2002年に企画したものです。風景や事象をシャープにとらえる「きり絵」は、造型美術の新しいジャンルとして脚光を浴びはじめて4半世紀を超えます。変わりゆく大阪の姿を「きり絵」で遺しておこうとの趣旨でした。

きり絵に添えられる短文を私が約6年間担当しました。出版に際し、序文を寄せましたが、その中で「いつの時代も真に住み良い町並みとは、その地域の歴史や文化、風土、そして何より人々のかかわりにおいて成り立つものです。町は人々のためにある、といった価値観を見直すためにも、大いに意義のある一冊です」と書き込みました。

A4判80ページ、定価税込み2500円で、問い合わせ先は、清風堂書店 06−6313−0102です。 

学芸員が綴る現代版『大阪名所独案内』


『森琴石と歩く大阪』表紙

森琴石(きんせき)は明治期の大阪画壇を代表する一人です。1843年に有馬に生まれ、大阪に在住し、主に銅版画・南画の両分野で活躍しました。とりわけ諸国名所図から地図、漢籍辞書、教科書、さらには『月世界旅行』や『人体図』の挿し絵にいたるまで幅広く制作し、銅版技術の第一人者でした。琴石が手掛ける銅版(一部木版)による書誌類は100種を超えます。琴石は、画を教え描くことを喜びとし、画商に画を委ねる事を拒んだと言われています。1921年に没しています。


「高麗橋之図」
(『大阪府管内地誌略』より)

『森琴石と歩く大阪』は、 明治15年のガイドブック『大阪名所独(ひとり)案内』(森琴石・画/伴源平・文)が紹介する大阪市内の名所109カ所を、大阪市の学芸員仲間が現代の街角にその面影を求め散策する試みでした。琴石の精緻な銅版画の挿絵を収録し、同じ場所の現在の風景写真などを併載し、比較し解説しています。各章ごとに周辺地図を付けています。

明治の千日前には見世物小屋が立ち並び、天満あおもの市場は当時大坂一の集荷力を誇り町衆でにぎわっています。木製だった天満橋や天神橋、京橋などは跡形も無く装いを一新していますが、住吉大社の反橋は架け替えしているものの当時の面影を今に伝えています。さらに法善寺や今宮神社、天神祭など大阪の街の今昔に思いをめぐらせることが出来ます。


「住吉浦之図」
(『大阪府管内地誌略』より」)

この本の特色としては、実際に現地へ赴いて撮った写真にとどまらず、江戸時代の名所図等を使って、変遷の様子もくわしく紹介しています。精緻な銅版画は文明開化を迎えた大阪の情調を映し、古い名所案内を引用した文章が当時の雰囲気をかもし出してくれます。

文章は大阪市内の学芸員15人が執筆しています。出版の発案をした大阪市立近代美術館の熊田司学芸員は著書の中で、次のように記しています。

『大阪名所独案内』の魅力は銅版挿絵であろう。虫眼鏡でのぞくと、細かい線の密な集合に彫琢された明治の大阪風物が浮び上がり、まるで白黒映画のようなもの暗さが広がる。(中略)この書を懐中(こころの懐中)に留めて街に出てみよう。すると思いも寄らぬ角々に、古くも新しい名所風景が見えてくるかもしれない。

A5判244ページ、定価税込み2520円で、問い合わせ先は、東方出版 06−6779−9571です。


「巨大弾丸ストランヒル
ニ到着之図」
(『月世界旅行』より)

なお琴石に関しては、文人画、銅版画の作品を集めた『森琴石画集』の出版も予定されています。琴石のひ孫夫妻らが資料の収集を進め、多数の図版とともに専門家による論考・解説によって、業績が明らかにされようとしています。これら調査情報を盛り込んだ 森琴石のホームページhttp://www.morikinseki.com/も開設されています。

4年間の連載が4冊の『大阪力!』に

もう1冊、『大阪力!』は朝日新聞大阪版で2005年4月から毎週日曜日に4年間にわたって連載された「大阪力!」を収めたものです。地方版の新聞連載としては異例の長期企画となったのは、まさに時宜を得たテーマだったのでしょう。


全4冊そろった『大阪力』

最初の1年分をまとめた『大阪力!探訪』のみ大阪書籍から出されています。その後のパート2からパート4までが新風書房で、昨秋4冊目が刊行され、完結したのです。取り上げられた110以上の項目で、1項目上下や上中下、四回シリーズなどもあります。

筆者の林梓生記者が一人で担当しました。1947年生まれですでに定年になっていますが、なおシニア記者として現役続行中です。東京大学農学部卒業後、朝日新聞社に入って広島支局から経済部、そして記者活動の大半を社会部に在籍していました。この間、阪神支局長や編集委員、大阪版編集長などを歴任しています。




『大阪力』講演会で話す
林梓生記者

朝日新聞社では私の後輩ですが共に広島支局が初任地でした。その後、所属は変わりましたが、生真面目な人柄は変わらず粘り強さは生来のものです。1994年から2003年まで「朝日川柳」の選者を務めています。この分野では「林旅人」の雅号を持ち、カルチャーセンターの講師や著作もあり、ユニークな新聞人です。

本の内容ですが、「New OSK」からスタートし、子ども浄瑠璃や女性落語家、人形芝居など芸能からバイオ燃料やモノづくりの話題、カレー三昧・魚のソムリエなど多岐に渡っています。「今こそ立ち上がれ、大阪人」「大阪の元気印ここにあり」といった発想から、人に焦点をあて様々な事象を取り上げてきました。ストレートニュースでは紙面に登場しづらい出来事や人々の営みを丹念に追っているのです。

林記者は生粋の江戸っ子ですが、人生の大半を大阪で仕事をしています。この土地に魅了されたのは野崎観音の故尾崎一峰住職に「世の中は闘う言葉ばかり。和する言葉が必要です」の一言がきっかけになったといいます。


「水都大阪2009」で
にぎわう八軒家浜
(林記者撮影)

定点観測だけではなく、元気印の代表格、建築家の安藤忠雄さんは各冊に登場し、ボクサーから建築家になった経緯や桜植樹募金の活動などを継続的に取材しています。私との交流も長年続き2008年9月に死去した各国就・留学生助け合いの会の代表、久保田東作さんの「偲ぶ会」にも足を運び、久保田さんを「お父さん」と慕う人らが舞いや歌で別れを告げた集いも温かい目で書き綴っています。

林記者は1冊目のあとがきで「庶民が中心に栄えた大坂。私が慣れ親しんだ東京とは違ったライフスタイル、生き方の基準に驚かされた。大阪って何やろ……。蓄積を生かしつつ、新鮮な目でみつめていきたい」と書き、最終冊で「後から後から、泉は噴き出してきた。泉の水は汲めども尽きず筆者にせまったのだった」と締めくくっています。

A5判、定価税込み1500円で、問い合わせ先は、新風書房 06−6768−4600です。

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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