徹底した環境整備の・九寨溝・黄龍

2009年11月5日号

白鳥正夫


エメラルドブルーに輝く
美しい九寨溝の「長海」

九寨溝という難しい地名が、日本でも一躍注目を集めたのは1992年、世界自然遺産に登録されてからです。標高2000メートルを超す高地に広がる渓谷の自然美を一度見てみたいと昨秋訪ねる予定でした。ところが5月に四川省内陸部を襲った大地震のため断念し、今夏やっと実現しました。九寨溝はエメラルドグリーンに輝く湖沼や随所にある壮大な滝の景観は想像以上の美しさでした。同じ年に世界自然遺産となった黄龍にも足を延ばしました。ここは棚田のように連なる水面の神秘さが印象的でした。それ以上に驚いたのは専用のバスしか通行させず、木道コースの完備や、土産や飲み物などの販売制限など徹底した環境整備ぶりでした。国策優先の中国ならではの環境保全ではありますが、大いに教訓になりました。

変化に富む神秘な渓谷美の九寨溝
環境に配慮した天然ガスのバス運行


文字通り彩りの変化する
「五彩池」

九寨溝は四川省都の成都から北方435キロに位置します。かつてバスで11時間もかかりましたが、1993年9月に開港した九寨黄龍空港まで小型機だとわずか45分で行けるようになりました。一気に高度差3000メートルもの海抜3500メートルの空港に降り立つと、寒く息苦しくなりました。そこからバスで九寨溝の入り口近くのホテルへ、今度は約1500メートルも下りました。

翌朝、自然遺産地区への入り口は長蛇の列です。ほとんどが中国人観光客でした。まだ外国人にはそれほど有名ではないからでしょう。ここでパスポートを提出し入場券を受け取ります。改札をくぐると専用のバスが待ち受けています。環境破壊を防ぐため天然ガスのバスしか走れません。時折、管理局や政府の役人の乗用車を見かけますが、これも電気自動車だといいます。


Y字形渓谷の付け根にある
雄大な「諾日朗瀑布」

渓流に沿って観光道路が整備されており、最も高所にあり最も広い「長海」という湖へ。周囲はヒマラヤ杉や楓、白樺などが生い茂っています。バスを降りると濃緑の湖面が見渡せます。次第に下流へたどるコースになっており、木造の遊歩道が延々と続きます。「五彩池」はその名の様に彩りが鮮やかです。澄み切った水面には、朽ちることのない倒木や、水草、石などをくっきりと見透かせます。

九寨溝は岷山山脈のカルスト台地に広がる渓谷で全長50キロ余、総面積720平方キロ、海抜2000−4000メートルに100以上の大・小湖沼が点在します。なんと3億年前に海底が隆起して形成されたと、ガイドから聞きました。渓谷(溝)沿いにチベット族の9つの村落(寨)あることから名付けられたと言われています。


五花海から下ってきた流れの
「珍珠灘瀑布」

「五彩池」からバスでもと来た道を戻ると、Y字形渓谷の付け根に「諾日朗瀑布」があります。往路でも道路からその雄大さが眺められましたが、歩行路のスロープを降りると、幅320メートルで流れ落ちる滝をパノラマで満喫できます。

バスを乗り継ぎながら「五花海」や「金鈴海」「鏡海」を巡りました。「海子」(はいつ)と呼ばれる湖沼は、石灰岩に含まれる炭酸カルシウムによって浄化され、周囲の樹木を映し、湖底に堆積した石灰が日の光などで変化して見えるのです。いわば「自然の化粧」を施した感じです。

「五花海」から下ってきた流れは「珍珠灘瀑布」に至ります。こちらも幅310メートル、最大落差約40メートルもあり迫力満点です。そのしぶきは、まるで真珠の玉を撒き散らすかのようです。


土産物屋が終結した
広大なマーケット


チベット族の貸衣装を借り
記念撮影する観光客ら

 


色鮮やかに幟で飾られた
チベット族の村

九寨溝の魅力は、広大な景観美です。川沿いに下ると、小さなせせらぎがやがて急流となり、そして滝へと流れを込みます。大小様々な滝といくつも出合うのも楽しみです。いずれも変化に富み、すばらしい景観を形づくっています。

木道は歩きやすく、沿道にはゴミなども落ちていません。絶えず整備の人たちが巡回しているからです。さらに土産物屋や飲料用の自動販売機もありません。途中に大きなレストランとマーケットがあり、ここに集結させているからです。九寨溝地区に住むチベット族の人たちは農林業を離れ、ほとんどが観光業に従事しています。その一つが貸衣装屋で、湖岸に開業し一着20元(約270円)で借りることが出来、写真を撮ってくれます。

九寨溝は震源地から200キロ離れていて、自然遺産地区にはほとんど被害をもたらせなかったそうです。観光のベストシーズンは秋の紅葉期でその色彩が水面をさらに優美に演出することだろうと想像しました。

無数の棚田が幻想的な輝きの黄龍
ロープウェイで一気に別天地へ到達


黄龍の登山口から
ロープウェイで昇ると
広い木道が続く

九寨溝観光を終えた翌日、もう一つの景勝地で世界自然遺産の黄龍へ向かいました。九寨溝から128キロ、バスで約3時間余、いくつもの山を越えなくてはなりません。途中、3840メートルの峠があり、冬場は道路が凍結し通行できなくなることもある、とのことでした。二つの世界自然遺産を結ぶ幹線道路は各所で地震によって壊れた箇所の補修が続けられていました。

黄龍は四川省アバ・チベット族チャン族自治区州の松潘県の東、約35キロの所にあります。崑崙山脈の東端、岷山山脈の主峰・雪宝頂(5588メートル)と玉翠山(5100メートル)の麓に広がり、標高3100−3600メートルに位置しています。九寨溝よりも高地にあり、高山病対策のため簡易な酸素ボンベを用意しなければなりません。

登山口からロープウェイが2006年9月末に完成し、一気に約500メートルの高所へ到達できます。ここでは、バスの乗り継ぎ観光は出来ず、徒歩のみです。かつては駕篭かき屋がいて、繁盛したそうです。やはり木道が完備しており、随所にトイレも配置されています。


棚田のような水面に
幻想的な輝きの黄龍の
「五彩池」


棚田のような水面に
幻想的な輝きの黄龍の
「五彩池」

 


黄龍の下り坂も
変化に富んだ風景が楽しめる

六つの風景区からなり、総面積は1340平方キロにも及び、峡谷は南北に7.8キロにわたり続いています。石灰岩の層が侵食されできた大小の池が、傾斜に沿って段々畑の棚田のように連なります。九寨溝とは趣を異にしますが、やはり水面がエメラルドグリーンに輝く神秘な風景です。

観光のハイライトは、最奥に展開する九寨溝と同じ名前を持つ「五彩池」です。底石の風合いで「黄色い川」を横目に登りつめると風格のある古寺にたどり着きます。その寺をはさんで、数え切れないほど多くの湖沼が複雑に重なり合い、場所と時間、陽光、さらには見る角度などによって、コバルトブルーから紫、緑、黄、白など色とりどりに変化します。

高台に展望台がいくつかあり、そこからの眺めは格別です。まるで自然の造形が織り成す芸術品であり、幻想的な気分にさせてくれます。帰りは別の道を下ることになっており、バスの時間も気になりましたが、時のたつのを忘れるほどの絶景でした。持参した酸素ボンベをそれほど必要としなかったのでほっとしました。


地震の余波で補修工事が続く
幹線道路

この峡谷の不思議さは、水面の底にある岩石です。色は乳白色でつるつるしており、石灰岩でできた鍾乳洞の中にある鍾乳石と酷似しています。岩石は起伏に富んでおり、峡谷に沿って、曲がりくねっています。その様子はまるで黄色い龍がとぐろを巻いているようでもあり、この名称が付けられたのでしょうか。

黄龍には3000以上の湖沼群が点在すると言います。さらに現地では「五絶」と呼ばれる湖、雪山、峡谷、森林、民族風情に恵まれ、この地区に絶滅危惧種のパンダや金糸猴なども生息しているそうです。

九寨溝と黄龍は、まさに世界自然遺産にふさわしい景観でした。歩みを進めるたびに、次々と変化する眺望と光景に圧倒されました。湖沼美と言えば昨年7月にクロアチアの世界自然遺産・プリトヴィツェ湖群を訪れました。こちらは山間から流れる水が標高636−503メートル、およそ8キロにわたって16の湖をめぐるものでした。しかし行程の管理は不十分で、空き缶やゴミも散らばっていました。

黄龍から空港への道も、至る所でなお補修工事が続けられていました。中国では世界遺産地区への観光客誘致を国策で進めています。土地の収用や住民生活への対応など、日本の国情と大きな違いがありますが、環境保全への取り組みは学ぶべきだ、と思いました。

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
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定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
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定価:本体1,500円+税
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
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定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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