美術の秋、熱い兵庫のアート事情

2009年10月15日号

白鳥正夫


ビエンナーレ開幕の
祝砲を響かせた大砲

美術の秋、いま兵庫のアート事情はとても熱いです。日ごろ見ることが出来ない注目すべき展覧会が目白押しです。「港で出合う芸術祭」と謳った「神戸ビエンナーレ2009」が市内各地で11月23日まで展開中です。そのメイン会場の一つ、兵庫県立美術館では、「だまし絵 アルチンボルドからマグリッド、ダリ、エッシャーへ」展(11月3日まで)が連日、列をなす人気です。また西宮市大谷記念美術館ではファッション・音楽などでも活躍する写真家の「蜷川実花展−地上の花、天上の色」が10月10日に開幕(11月29日まで)。さらには神戸市立小磯記念美術館でも洋画界の巨匠であった「宮本三郎展」を10月24日から新年1月11日まで開催されます。洋画から現代美術まで多様なアートの世界に迷い込み楽しむ絶好の機会です。

「わ wa」をテーマにビエンナーレ


メリケンパークに設置された
コンテナ作品の
「ShadowWings」

まず「神戸ビエンナーレ2009」です。阪神・淡路大震災で壊滅的な被災都市となった神戸市は、復興の過程で芸術や文化の力が人々の支えになってきたとの認識から「文化創生都市宣言」をしてスタートさせました。隔年実施で二回目の今回のテーマは「わ wa」。「平和」「調和」「和み」とか「環」「輪」などの意味を込めています。大雨の中で行われたメリケンパークでの記者発表会には50人を超す報道関係者が駆けつけました。概要の説明の後、早速主要会場の見学に移りました。

第1会場のメリケンパークでは、港町らしく輸送用のコンテナを使っての展示です。幅2・4、高さ2・5、奥行12メートルの画一的な空間を、各アーティストがどのように活用するかといった面白い試みです。「アート イン コンテナ国際展」には398の応募の中から入賞した30個のコンテナ展示を巡回して楽しめます。外は荒天とはいえコンテナ内は別世界です。Hans Schohlさんの「ShadowWings」は7つのテントが設置され、内部に仕掛けられた映像施設がテントの表面に影を映し出す作品です。


神戸港防波堤の
「KOBE リンク」

伊庭野大輔+藤井亮介さんの「Walk into the Light」は万華鏡のように美しい作品です。無数の鏡を貼りこみ、光源からの照射によってまるで異次元に身を置いているような感覚になります。赤堀マサシさんの「わっ、平面なんだ」は、遠近法によって立体に見まがう不思議さを表現しています。後述の「だまし絵」に通じる作品です。

第2会場の兵庫県立美術家へは船で移動します。というのも途中、「神戸港・海上アート展」の作品が展示してあるからです。塚脇淳さんは防波堤に「KOBE リンク」を展示しています。作家自身が発表の機会を窺っていたという鉄製の作品は弧を描く螺旋状で、見る角度で様々に変化します。天に向かっての墨絵のようにも見えるし、またリンクの輪を通して見える神戸の街もすばらしいものです。


ドルフィンに展示の
「傾くかたち」


海に浮かぶ
「バー・ローズ・チュウ」

このサイトの6月15日号でも紹介している神戸出身の植松奎二さんも3点展示しています。ドルフィン上に自然石の周囲を金色の輪が巻く「螺旋の気配―宙」、防波堤の隙間に大きな自然石をはめ込んだ「間のかたち」、そしてコンテナが赤い小さな円錐形で斜めに持ち上げられた「傾くかたち」を展示しています。植松さんは「目に見えない重力や引力を目で確かめられることができる重力のかたちと浮揚の場を表現しました。重さとバランス、ものの存在の危うさなどを感じとってもらえればと思います」と話しています。


生命の世界を
インスタレーションした
植松琢麿さん

もう一人は、香川県生まれながら1960年代後半から神戸を拠点に活躍する榎忠さんです。「Liberty Island」は、ドルフィン上に場違いな「バー・ローズ・チュウ」を創出しています。1979年に三宮の画廊で二日間開催した同名の作品です。当時、榎さんは自ら女装してバー・ローズの女主人を演じたといいます。「30年ぶりにローズが戻ってきた」との乗りです。

榎さんは兵庫県立美術館でも新作の大砲「SALUTE-C2H」「Liberty-C2H」を出品。実際に轟音の響くオブジェで、ビエンナーレの祝砲を発しました。写真を撮ろうと作品のすぐ前で身構えていた私は、その音のすさまじさに後ずさりし、カメラは天空を撮っていたほどです。1991年に国立国際美術館で開かれた「芸術と日常」の図録を探し出し検めて榎作品を見ました。そこには女装した「バー・ローズ・チュウ」や「ハンガリー国へハンガリ(半刈)で行く」などの図版が掲載されていました。今回の展示を通じ「美術とは、創り出していくもの」との榎さんの真骨頂を実感した次第です。


アルチンボルトの作品などを使った
「だまし絵展」の広告塔

第二会場の兵庫県立美術館では、音を使った知的な作品で知られる藤本由紀夫さんをはじめ、強烈な色彩で油彩画を画面をいっぱいに描いた善住芳枝さん、白を基調に生命の世界をインスタレーションした植松琢麿さんら12人の招待作家が「LIMK−しなやかな逸脱」を競っています。

このほか三宮・元町商店街や市街地各所でアート・プロジェクトやコンサート、メリケンパークでもコンテナ展以外に、いけばな未来展や陶芸展、ちぎり絵、書など市民レベルを含めた多種多様な展示・イベントを繰り広げています。さすが世界的な評価を得た「具体」美術運動をはじめグループ「位」や「ZERO」、さらには神戸須磨離宮公園現代彫刻展などを展開してきた兵庫のアート界の底力を思い起こさせます。

楽しめる「だまし絵展」と「蜷川展」


「スルバランの頭蓋骨」
を見る観客

同じ兵庫県立美術館で特別展「だまし絵」も開催中です。この展覧会は、西洋と日本の美術史の中から、私たちの目を欺く「だまし絵」の系譜を概観するもので、卓越した技量を身につけた画家たちが、奇抜なアイデアや緻密な計算によって生み出した不思議な世界です。通常の展覧会ならかしこまって鑑賞する雰囲気ですが、この展覧会では一点、一点楽しみながら見て回る風情です。

展示会場は6章から構成されています。その第1章が「イメージ詐欺の古典」で、この展覧会のポスターやチラシになっているアルチンボルドの最高傑作とされる「ウェルトゥムヌス(ルドルフ2世)」を日本で初めて展示しています。50種以上の果物や野菜、花などで、作者の主君であった皇帝ルドルフ2世の肖像を形作っています。ウェルトゥムヌスというのはローマ神話における豊穣の神の名前とのことですが、見れば見るほどその絶妙な配置に驚嘆します。このコーナーでは海の生物で描かれた「水の寓意」も写実的です。


掛け軸から抜け出しそうな
「幽霊図」

第2章は「トロンプルイユの伝統」です。トロンプルイユとは、フランス語で「目だまし」という意味だそうで、見る者に現実と錯覚させることを意図した作品がならべられています。ヨハン・ゲオルク・ヒンツの「珍品奇物の棚」は少し離れてみると、実際の棚に珍品が置かれていると錯覚するリアルさです。サミュエル・ファン・ホーフストラーテンの「トロンプルイユ−静物(状差し)」も壁に紐やバンドで固定し手紙類をはさみ奥行きを巧みに感じさせます。

第4章は「日本のだまし絵」です。中でも歌川国芳、歌川芳藤らの浮世絵は、多くの小さな人物が寄り集まって一人の人物を表現するというダブル・イメージの手法が用いられています。視覚のトリックを巧みに操った作品ですが、見れば見るほどユーモラスを感じさせます。清水節堂の「幽霊図」は、掛け軸の画面から幽霊抜け出すように描かれ、迫真の不気味さです。

第5章は、「20世紀の巨匠たち」です。だまし絵の系譜は、20世紀に入り、一段と超現実的な絵画手法を駆使した作品が発表されることになります。ルネ・マグリットの「白紙委任状」は、あまりにも有名な作品です。森の中を馬に乗った女性が木々の間を進む構図ですが、良く見ると馬の足と木が交錯し、現実にはありえない異次元空間を表現しています。


エッシャーの「滝」

サルバドール・ダリの「スルバランの頭蓋骨」は、聖堂の祭壇が半円形のドームといくつかの立方体で描かれ、その前に並ぶ修道者の姿が頭蓋骨にも見えるダブル・イメージの作品です。マグリッドとダリに続き「20世紀トリック絵画の三巨匠」の残る一人はM・C・エッシャーです。代表作の「滝」は、水流が落下しジグザグに曲がって流れ、水路がいつしか最初の滝に戻ってしまう構図です。最初に何かの本で見た時から、その巧妙なテクニック描法に驚きました。
ところで、今回の展覧会で見たアルチンボルドやエッシャー、マグリッド、歌川国芳らの代表作について、谷川渥・國學院大學教授は『図説だまし絵 もうひとつの美術史』で、「これはだまし絵ではない」と記述しています。谷川さんによると「本来、だまし絵は、それを見たときに、なんらかのレベルでの実在感を与えるものでなくてはならない」と解説しています。つまりその絵をしばらく見つめなければならないような作品は、だまし絵と定義していない訳です。「一体、だまし絵とは?」と考えむと難解ですが、ここは上手に騙されて、だまし絵の世界に驚きとユーモアを満喫するのが一番だと思いました。


強烈な色彩の
「蜷川実花展」会場

「蜷川実花展」は初の大規模な個展です。「花」「旅」「金魚」「人物」などの代表作をはじめ、美大在学中のセルフポートレイトなど初期の作品から、「Noir」と題された最新作まで、450点以上の作品によって、「蜷川ワールド」の全貌に迫っています。 フィルムにこだわり、色を一切編集しないで生み出さしたという極彩色の作品は、単に視覚的な鮮やかさにとどまらず鮮烈です。

全国5会場の巡回展ですが、キャノンと富士フィルムイメージングの2社が協賛し、壁面構成などを会場に合わせ設営しているのも特徴で、美術遊園地のような華やかな演出です。開会式と内覧会に来館した蜷川さんは「作品を鑑賞するといった感じではなく、遊び感覚でみにきてほしい」と話していました。


廊下にも壁面いっぱいに
合成作品を展示

最後に「宮本三郎展」は没後35年を記念した久々の展覧会で、「留学・従軍・戦後_期を中心に」を副題にした特別展です。宮本は石川県生まれですが、15歳で画家になることを決意し、一時兄の住む神戸に2年ほど滞在しています。この展覧会では「婦女三容」や「山下、パーシバル両司令官会見図」など約130点が展示されることになっています。宮本ファンならずとも見逃せない展覧会です。

 

 

 


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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