絵本の原画が大集合、太田大八展

2009年7月10日号

白鳥正夫

だいちゃんは、なつやすみに いとこの こうちゃんの うちに あそびに きました。 よくあさ はやく、だいちゃんと こうちゃんは、みそづけと たくわんを いれた てぼを もって、うみへ くだる みちを かけおりていきました。


太田大八さん

絵本『だいちゃんとうみ』(1979年、福音館書店)の冒頭の一節です。「太田大八さく・え」とあります。図書館から借りてきた本をめくると、見開きのページの3分の2ほどに、子供らの表情、波が漂う海辺やのどかな漁村の風景などが鮮やかに描かれ、残りにひらがな文字で物語が綴られています。この古びた一冊の絵本は、どれほど多くの幼児たちの目を楽しませてきたことでしょうか。

こどもの本と歩んだ60年―。こんな副題の展覧会「太田大八とえほんの仲間たち展」が滋賀県守山市の佐川美術館で8月30日まで開催中です。ここでは太田さんの代表作の原画や絵画作品に加え、第一線で活躍の15人の絵本作家らの原画なども展示されています。


太田大八『だいちゃんとうみ』(1979・福音館書店)
Daihachi Ohta 1979
7月26日まで展示

創作活動と共に絵本界をリード


太田大八『かさ』
(1975・文研出版)
Daihachi Ohta 1975

太田さんは1918年に生まれ幼少期を長崎で、小学4年のころに東京へ移ります。多摩帝国美術学校を卒業後、1949年に幼児雑誌などの挿絵でデビューします。現在90歳になられますが、130作の絵本と230冊以上の児童書などの挿絵を手がけています。しかも作品内容によって、絵画技法を使い分け、常に新しい表現方法を工夫するなど多彩な創作活動で知られています。

この間、1955年に日本児童画会賞を受けたのを手始めに、国際アンデルセン賞国内賞(1969年)、国際アンデルセン大賞次席(1970年)、モービル児童文化賞(1999年)など数々の受賞に輝いています。また1985年には岐阜県立博物館の壁面画8面も制作しています。


太田大八『絵本西遊記』
(1997・童心社)
Daihachi Ohta 1997

さらに太田さんといえば、日本の絵本界にとって草分け的な存在で、文字通り「大八車」のような役割を担ってきたのです。1990年には田島征三さん、長新太さんらに呼びかけて『絵本ジャーナル PeeBoo』を編集人代表として発刊しています。1998年に休刊となりますが、創刊号の中で、太田さんは次のような発刊の言葉を書いています。

絵本は人間が生まれて最初に出会う栄養剤です。絵本はときには奥深く、また果てしない広がりを持って機能します。安定平和を願うなら、ミサイルや戦闘機より、一冊の絵本こそ効果的ではないでしょうか。良い絵本を創り、やさしさ、空想、ユーモア、知識を世界中に広げ、相互理解を増すことが大切です。


その後13年を経た2003年には、「こどもの本が好きな人たちみんなが手をつなぎ、大きな波を起こそう!」と「こどもの本WAVE」という団体を設立し、代表に就任しています。今回の展覧会にもこの団体が共催しています。

代表作と仲間15人の作品も展示


太田大八『ブータン』
(1995・こぐま社)
Daihachi Ohta 1995

展覧会には、冒頭に記した『だいちゃんとうみ』の原画も展示されています。長崎県大村で過ごした幼年期の1日を、方言を交えた物語です。当時、太田さんは大村湾で馬の尻尾の毛に釣り針を付け、一日中魚を釣って遊んでいたそうです。夕陽で七色に変化する海の絵は郷愁を誘います。

『かさ』(1975年・文研出版)も、初期の代表作です。雨の中を女の子が赤いかさをさして、おとうさんをむかえにいく文字なし絵本です。雨や街の様子をモノトーンの線画で描いていますが、女の子の小さなかさだけを赤い色で描いており、とても印象的です。


長 新太
『はるですよ、ふくろうおばさん』
(1977、講談社)
Shinta Cho 1977 

『ブータン』(1995年、こぐま社)は、文も太田さんの作品です。野菜くらべ大会の一等賞でもらった子ぶたのブータンが、巨大なブタに成長する話です。遠い町の博覧会でゾウと比べっこをしたり、挙句には丸焼きにするので買いたいとの申し込みも。飼い主のベンさんは村に連れ帰り、子ども達と綱引きや畑仕事をさせ楽しく暮らす、ほのぼのとした物語です。

『絵本西遊記』(1997年、童心社)は、近くの図書館で借りてあらためて目を通しました。というのも、私は朝日新聞時代の1999年に「西遊記のシルクロード展」を企画し漫画やアニメまで調査した思い出があります。7世紀、唐の時代に17年もかけ天竺(インド)まで経典を求めた玄奘三蔵の旅は、16世紀になって伝説化され『西遊記』に集大成されたのでした。今にして思えば太田さんのすばらしい原画を借用し展示すれば良かったと思った次第です。

太田さんの作品は多様で、同じ人が描いたと思えないほど多彩です。絵本の創作の合間に描いたタブロー作品も展示されています。とりわけデンマークが生んだ童話の父とも称されるアンデルセンの生誕150年と200年を祝って作品を発表しており、その記念ポスターなども出品されていて、画業60年の歩みを見ることが出来ます。


田島 征三
『はたけのカーニバル』
(2002・童心社)
Seizo Tashima 2002  

この展覧会には、標題の通り太田さんの仲間たち15人の作品も出展されています。これも絵本界を牽引してきた太田さんならではの大集合で、様々な原画作品を一堂に楽しめます。『春ですよ ふくろうおばさん』(1977年、講談社)の長新太さんと、『おにまるのヘリコプター』(1987年、文化出版局)の堀内誠一さんは故人となられています。

このほか、旭山動物園の飼育係りをしていたあべ弘士さんの『どうぶつえん物語』(1994年、絵本館)や自然を舞台に描き続けるいわむらかずおさんの『栗須ちくりん』(2000年、理論社)、黒井健さんの『おやゆびひめ』(1989年、講談社)、双子で兄の田島征彦さんの『しちどぎつね』(2008年、くもん出版)、弟の田島征三さんの『はたけのカーニバル』(2002年、童心社)、和歌山静子さんの『ひまわり』(2006年、福音館書店)などの原画がずらり並んで展示されています。こうした作品を掲載した絵本を、実際に手にとって読むコーナーもあります。


和歌山静子
『たんじょう日のプレゼント』
(1998・福音館書店)
Shizuko Wakayama 1998

展覧会開会日に、太田さんと和歌山さんに加え東京理科大学大学院教授の穂積保さんの「こどもの本WAVE」歴代代表3氏による記念鼎談がありました。作家達の交流エピソードや絵本の地位を高めるための苦労、国際交流などが語られました。終了後、太田さんに絵本の今後について伺うと「アニメの時代、絵本の役割はむしろ大きいのです。若い作家も作品の質を高めてほしい。アートとしての作品はさらに進化します」と強調していました。

「こどもの本WAVE」では展覧会開催中の7月24−26の3日間、佐川美術館に隣接する「レークさがわ」で絵本作家や絵本の仕事に携わる方を講師に講演会やシンポジウムを催します。絵本に興味のある人や保護者、絵本などの表現をめざす学生らに参加を呼びかけています。問い合わせなどは、http://www.kodomonohonwave.com/へ。

8月には「ボローニャ国際絵本原画展」


開幕日に開かれた
太田大八さんを囲んでの鼎談

絵本原画展は根強い人気があり、私の書棚にも「世界のおもしろ絵本展」(1991‐92)をはじめ「アメリカ黄金時代の絵本作家たち」(1996)、「絵本の100年展」(1999‐2000)、「アンデルセン童話・絵本原画展」(2000‐01)、「絵本原画の世界展」(2002‐03)、「ケイト・グリーナウェイ」(1993)「トミ・ウンゲラーの仕事」(2001)などの図録があります。

さらに童話などの書籍も、有名な『アルプスの少女ハイジ』や『大草原の小さな家』、『星の王子さま』『クマのプーさんの世界』『ムーミン』などを見つけることができました。絵本や童話は子どものいる家庭には広く普及しています。もちろん絵本は子どもに読み聞かせるためですが、今手にとって見て絵画作品としてもすぐれたものであることに気づかされます。


会場の通路に設けられた
絵本コーナー

絵本原画展としては、「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」があり、私も何度か足を運んだことがあります。西宮市大谷記念美術館で1978年以来、毎年開催している恒例の展覧会で、今年も8月22日から〜9月27日まで(水曜日休館)開かれます。

この原画展は、イタリア北部の古都ボローニャ市で毎年開催されている、世界で唯一の子どもの本専門の国際見本市、ボローニャ児童図書展に併設された絵本原画のコンクール展の入選作品で構成されています。


今井彩乃「くつやのねこ」

コンクールは5点を1組にしたイラストを誰でも応募できます。今年は61カ国から2714名が応募し、その中から日本人18名を含む20カ国81名の作家が入選しています。伝統的な技法から最新のCGを使ったものまで、様々な作品があります。

特別展示として2008年国際アンデルセン賞画家賞を受賞したイタリアのイラストレーター、ロベルト・インノチェンティの原画46点も出品されます。

以前、ノンフィクション作家の柳田邦男さんが絵本の世界にはまっていると、何か雑誌のエッセイに書いていられのを思い出しました。調べてみると、『絵本の力』(岩波書店)にも、それに類したことが記されています。柳田さんは、次男が長く心の病に冒され自ら命を絶った後、うつ状態に陥ったそうです。その時、ふと立ち寄った書店で、懐かしい『風の又三郎』など数冊買い求めたのです。


アリレザ・ゴルドゥズィヤン
「ガランガランヤギ」

死んだ息子が幼かったころ読んでやった思い出に浸りたかったかもしれませんが、柳田さんの心が穏やかに癒されたといます。そして絵本を読んでいると「仕事であくせくしている中で忘れていた大事なもの−ユーモア、悲しみ、孤独、支え合い、別れ、いのち、といったものが、あぶり絵のようにうかびあがってきます」と書き留めていました。

同じ『絵本の力』の中で、臨床心理学者で文化庁長官のときに亡くなられた河合隼雄さんは絵本の魅力について、端的に次のように記されています。

絵本というのは実に不思議なものである。0歳から百歳までが楽しめる。小さい、あるいは薄い本でも、そこに込められている内容は極めて広く深い。一度目にすると、それがいつまでもいつまでも残っていたり、ふとしたはずみに思い出されて、気持ちが揺さぶられる。それに、文化の異なるところでも、抵抗なく受け入れられる共通性を持つ。(中略)絵本というものは、相当な可能性を内臓していると思われる


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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