ヨーロッパ、二つの美術館所蔵展

2009年4月20日号

白鳥正夫


フランツ・マルク
「3匹の猫」(1913年)
以下6点
?Kunstsammlung
Nordrhein-Westfalen,Du¨sseldorf /
PhotoWalterKlein,Du¨sseldorf

日本同様、世界の地方にも質の高いコレクションを持つミュージアムがあります。日本では余りなじみが少ないと思われるヨーロッパの二つの美術館所蔵の展覧会が関西で開催中です。ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館の「20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代展」(5月31日まで、兵庫県立美術館)と、フランスのフェッシュ美術館の「イタリア美術とナポレオン」(5月24日まで、京都文化博物館)を紹介します。

「退廃芸術」とされた作品を収集

まずノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館ですが、ドイツ西部の商工業都市デュセルドルフに所在し、「K20」のロゴマーク(Kはドイツ語のKunst=美術の頭文字)で呼ばれる本館には20世紀美術を、「K21」には21世紀美術のコレクションがあり、優れた鑑識眼で選び抜かれた作品との定評があります。


マックス・ベックマン「夜」
(1918-19年)

同館はほぼ50年前の創設です。州政府が1960年、創立10周年記念にパウル・クレーの作品を88点購入したことが基盤になっています。初代館長がパブロ・ピカソやアンリ・マティスなど20世紀絵画を補完したのでした。現在ではクレー作品が100点に達し、ピカソの作品も12点を数えています。


パブロ・ピカソ「鏡の前の女」
(1937年)の展示

グラッベ広場に建つ「K20」とは別に、2002年春には元州議会の建物を活用した分館「K21」も加わり、名実ともに充実したのです。ところが「K20」が2008年初夏から改修と拡充のため閉館となり、その間、名古屋市美術館からBunkamura ザ ミュージアムに続いての巡回が実現したのです。

神戸展の開催に訪れた同館のアネッテ・クルツィンスキ学芸員は、コレクションの特徴について「ナチスの暗黒時代に退廃芸術として追放された画家の作品を取り戻した意義は大きかったのです」と強調していました。


ジョアン・ミロ
「リズミカルな人々」
(1934年)
について解説する学芸員

「退廃芸術」と言えば、朝日新聞社時代の1995年に「芸術危機 ヒトラーと退廃美術」の開催に関わったことが思い浮かびます。その中でクレーの「何処へ」(1920年)などが展示されましたが、クレーがナチに抹消されたことを具体的に紹介しています。クレーは1931年にデュセルドルフ美術アカデミーの教授に就任していますが、ヒトラー政権が誕生すると反近代美術の嵐が吹き停職処分を受けています。クレーは「リストから抹消」という目をつぶり口を固く結ぶ自画像を描いています。

今回の展覧会ではクレー作品が27点も出品されている上、「退廃」のレッテルを貼られたヴァシリー・カンデンスキーやマルク・シャガール、マックス・ベッグマン、マックス・エルンストらの作品が数多く展示されていて、政治に振り回された画家たちの足跡を振り返ることが出来ます。

クレー・ピカソ軸に20世紀美術

展覧会は4章で構成され20世紀美術の変遷をたどれます。第1章が「表現主義傾向の展開」の10点です。マティスやアンドレ・ドランらがフランスで発表した作品は、赤や黒など鮮やかな原色でデフォルメされた風景や動物、人物を描いていて、後に「フォーヴィスム(野獣派)」と呼ばれるようになります。ドイツで起こった表現主義は、フォーヴィスムに刺激を受けて発展したといいます。


パウル・クレー
「リズミカルな森のラクダ」
(1920年)


フランツ・マルクの「3匹の猫」(1913年)は、中央に白黒、右側に黄色、中央に赤い猫を色彩豊かに描いた作品です。白黒の猫が足を蹴り上げた構図はシャガール風で絶妙です。ベックマンの「夜」(1918−19年)は、見るも無残な家族の惨殺シーンを画面全体に描いた作品で、強烈な印象を与えます。


パウル・クレー
「赤いチョッキ」(1938年)

第2章は「キュビスム的傾向の展開」で11点の展示です。描く対象を様々な方向から見て、それを一つの画面に再構成して描くキュビスム(立体派)絵画は、ピカソとジョルジュ・ブラックによって始められたのでした。その後のモダン・アートに影響を与えますが、その影響を受けた作品も紹介しています。その後多面的な作品世界を繰り広げるピカソの代表作も6点出品されています。

キュビスム的なピカソの作品としては「鏡の前の女」(1937年)は明解です。鏡の前に座った恋人を描いていますが、正面と横からの視点で捉えられ、頭部は単純化されています。また室内へ入るドアや鏡の位置も同一な視点で描かれていません。この作品の2ヵ月後にスペイン内戦で爆撃があり、2ヵ月足らずで大作の「ゲルニカ」を仕上げています。「鏡の前の女」の描法は「ゲルニカ」画面でランプを掲げる女性に通じて興味深いものがあります。

第3章は「シュルレアリスム的傾向の展開」で13点の展示です。シュルレアリスムは、精神分析学者のフロイトの理論の影響下、人間の精神を解放しようと、無意識や夢と狂気の世界の表現を試みた芸術運動でした。


「イタリア美術とナポレオン」の
展示会場

ここでは独特な色彩で絵画空間を創るジョアン・ミロの「リズミカルな人々」(1934年)をはじめ、ルネ・マグリッドの「出会い」(1926年)やエルンストの「揺らぐ女」(1923年)、マン・レイの「詩人・ダヴィデ王」(1938年)などの作品が並び興味が尽きません。

最後の第4章は「カンディンスキーとクレーの展開」で、30点が展示されています。クレーのことは先に触れましたが、「退廃芸術」の烙印を押されたクレーはスイスに亡命します。こうした「負の歴史」を償い一大コレクションとなった所蔵品の中でも選りすぐりの27点を出展しています。バウハウスなどでクレーと親交の深かったカンディンスキーの3点はミュンヘン市立レンバッハハウス美術館からの特別出品です。


アントニオ・カノーヴァ
「ジョゼフ・フェッシュ枢機卿像」
(1808年)以下4点 
? Muse´e Fesch, Ajaccio.
Photo: Jean-Francois Paccosi

クレーの「リズミカルな森のラクダ」(1920年)は幾何学的な模様の中に、森をゆったりと歩むラクダの姿が浮かび上がる作品です。クレー作品の特徴は抽象と具象の形態をモチーフに詩情あふれる独自の造形世界を創り上げています。クレーの両親が音楽家だったのですが、カンディンスキーは楽器を演奏していたといいます。「無題 即興T」(1914年)は音楽を聴いて沸き起こる内的世界を表現しているのです。

イタリア美術とナポレオンに焦点

一方、フェッシュ美術館はナポレオンの生地として有名なコルシカ島にあります。ナポレオン1世の母方の叔父であるジョゼフ・フェッシュ枢機卿(1763−1839)の個人コレクションを基に設立された美術館ですが、17−18世紀のイタリア絵画はフランス国内でルーヴル美術館に次ぐ規模を誇っているそうです。今回の展覧会ではナポレオン一族を表現した絵画や彫刻などの肖像作品も合わせ約80点が日本初公開とのことです。


サンドロ・ボッティチェッリ
「聖母子と天使」(1467-70年)

こちらの展覧会も4章立てです。第1章が「光と闇のドラマ」で、17世紀の宗教画が中心です。中でも特別出品された「聖母子と天使」(1467−70年)はサンドロ・ボッティチェッリの作で20代に描いた傑作です。描かれた人物3人三様の視線が印象的です。ボッティチェッリと言えばイタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館で鑑賞した「ヴィーナスの誕生」の名画が思い起こされました。

第2章「日常の世界をみつめて」は、肖像画や静物画、風景画などで17世紀の人々の暮らしを伝えています。第3章は「軽やかに流麗に」で、繊細な色調で描写された18世紀のロココ時代の作品を展示しています。

第4章の「ナポレオンとボナパルト一族」では、フランソワ・ジェラールの「戴冠式のナポレオン1世」(1806年)が注目の1点です。白いサテンを手に玉座の前に立つ正装の威厳のある姿を描いています。2005年暮れに神戸市立博物館で開かれたヴェルサイユ宮殿美術館所蔵の「ナポレオン展」でも同じ作品を見ていました。今回の展示品は枢機卿のために用意したとのことでした。


サンティ・ディ・ティート
「子供時代」(1570年)

「王の肖像画家」と称された同じ作者の手による「カロリーヌ・ボナパルト」(1807−08年)はナポレオンの妹で後のナポリ王妃となった女性の優雅な肖像画です。ピエトロ・ノッキの「エリザと娘」(1808年)も気品の漂う作品で見とれてしまいました。

このほか大理石で彫られたナポレオン1世の胸像や3世の皇太子像、一族のエリザ・ナポレオーネ像、枢機卿の胸像、さらにはナポレオンのデスマスクや数々の装飾品・メダルなども展示されていて、華麗で数奇なナポレオン一族の歴史的な興味をそそります。

今回はドイツとフランスの二つの美術館所蔵の名品展を取り上げましたが、現地に足を運ばなくて良質のコレクションを鑑賞できる好機です。とりわけヒトラーによる「退廃芸術」やナポレオンの歴史に思いを馳せ、美術と歴史の両面から鑑賞すると見ごたえがあります。


フランソワ・ジェラール
「戴冠式のナポレオン1世」(1806年)

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
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定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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