鯉江展とモリス展―企画者の立場から

2009年3月25日号

白鳥正夫


鯉江良二さんの近影

展覧会の端緒は企画者がいて、その意図が関係者に理解され、予算や開催の趣旨などが作成されます。そして美術館の所蔵品展でない限り、内外の他の美術館や個人コレクターから作品を借用します。この間、輸送・保険や会場設営、広報のための印刷業者など多くの関係者が存在して開催の運びとなります。このため発想してから実現まで何年もかかるのが通常です。今回は展覧会企画の推進に私が関わり、4月にスタートする二つの展覧会を紹介します。「陶芸の旗手 鯉江良二展」(2−14日、京阪百貨店)と「ウイリアム・モリス展」(4−5月24日、西宮市大谷記念美術館)です。

鯉江作品に社会的なメッセージ


鯉江作品がずらりと並んだ展示台

私が鯉江展を着想したのは、2005年に他界した漆職人・角偉三郎さんの偲ぶ会がきっかけでした。角さんのことは朝日新聞金沢支局に在任していた1991年に知ったのです。その後企画の仕事に携わってこともあり、展覧会企画を温めていましたが、実現したのは2006年のことで、しかも遺作展になってしまったのでした。

角さんは生前、鯉江さんと親交が深く互いに技と芸の確かさを尊敬し合っていました。偲ぶ会で、鯉江さんの豪放磊落な人柄に接し、その後も酒席を共にしたり、アトリエを見せていただく機会を得て、2007年以来、展覧会企画の具体化を進めてきたのでした。

美術館やデパートで次々と展開される展覧会には、どんなアーティストを取り上げるか、どんなテーマで開催するかなど大義名分が必要です。時間をかけそれぞれの課題をクリアしていかなければなりません。角さんの展覧会は職人ということもあり、新聞社主催の企画になじみにくかったこともあります。今回開催会場の京阪は角さんの遺作展も受け入れていただいています。


織部壷

鯉江さんのことは当サイトの2007年9月20日号で詳しく伝えていますが、1938年に常滑市に生まれ、市立陶芸研究所を経て1966年に自立しています。この間、現代日本陶芸展や朝日陶芸展で入賞します。

走泥社の八木一夫に誘発され、オブジェ作品を発表し始め、1970年代前後からは、自身の顔をかたどった《マスク》や《土に還る》シリーズなどで、現代美術家として頭角を現したのでした。

1990年以降、「メッセージのない作品はありえない」とばかりに、原爆もまた「やきもの」であるとして、反核のメッセージを明確に打ち出した作品 『NO MORE HIROSHIMA, NAGASAKI』や100点を超す『チェルノブイリ』シリーズなどを発表し注目されます。


引出黒茶碗

こうした実績で、1972年に第3回バロリス国際陶芸ビエンナーレ展で国際名誉大賞を受賞したのをはじめ、1993年に日本陶磁協会賞を受賞、2001年には第3回織部賞を受けるなど、陶芸界では常に脚光を浴びてきました。そして2008年、日本陶磁協会金賞に輝いたのでした。

「やきもの」の領域を超えた創作

私が初めて鯉江作品を見たのは2003年に国立国際美術館で開かれた「大地の芸術―クレイワーク新世紀」展です。《土に還る》や《チェルノブイリ・シリーズ》などに加え「土→←陶/水」「森ヲ歩ク」といった陶芸のイメージと異なる作品に驚いたものでした。


−まくら−

その後、私が朝日新聞社時代に関わった展覧会に鯉江作品が出品されたのでした。「戦後文化の軌跡 1945−1995」展で「土に還る―68」と、「ヒロシマ 21世紀へのメッセージ」での「証言」です。

「土に還る」は顔を石膏で型取りしたものを焼いて表現していました。生命の象徴である一つのマスクが、土に還るのは、死ではなく新たな生への転生とのメッセージが込められていました。「証言」は、台の上に置かれた時計が窯の中で焼けただれ、ガラスが溶けている作品で、原爆投下の8時15分にセットされていました。窯の火と原子爆弾の劫火と重ね合わせたのです。


和紙にドローイング

日本陶磁協会金賞後の初めての展覧会は2008年4月に開催された三重県パラミタミュージアムの「思う壷 鯉江良二展」です。アメリカや韓国など各地で制作された鯉江さんの足跡をたどるとともに、最新作の壷の作品群のほか、和紙やアルミを使った作品など多彩な表現が展開され、鯉江さんのパワーフルな世界を楽しめました。

今回の展覧会には、「やきものとは何か」を問い続けている鯉江さんの茶碗や鉢、壷などの器はもちろんオブジェ作品も数多く展示します。《土に還る》や《チェルノブイリ・シリーズ》をはじめ、韓紙や和紙に泥を流した「泥イング」、鉄板に土を置き籾殻で焼いて痕跡を表わした「火のメッセージ」、さらには石を素材にした「−まくら−」、「土の顔」など「やきもの」の領域を超えた創作活動の足跡をたどる約110点を展示します。


岐阜県の上矢作
「モンゴル村」での
鯉江さん誕生会

加えて広島市が1989年から3年に一度、美術創作活動により人類の平和に貢献した作家に授与するヒロシマ賞に共催の朝日新聞社が受賞者に記念トロフィーを授与していますが、第7回目から鯉江作品が贈られることになり、そのために制作した試作品三点も特別展示されています。

鯉江作品の特徴は造形的な多様性と素材の多様性です。その原点は自由奔放な生き様にあります。昨年7月に古希を迎え、その「70歳を祝おう」の会が工房のある岐阜県の上矢作「モンゴル村」で友人やファンら約800人が集まり、ジャズライブや郷土芸能などもあり盛大に催されたのです。

なお開幕日の4月2日には鯉江さん自身によるギャラリートークを、4日には鯉江さんの友人らによる開催記念ライブも開かれます。ギタリスト・山木幸三郎さんら3人が「アートギャラリー」「INORI」など5曲を演奏します。

「近代デザインの創始者」モリス


モリスデザイン作品で
構成された空間

一方、モリス展は良質な展覧会で定評のあるブレーントラスト企画です。この展覧会には「ステンドグラス・テキスタイル・壁紙・デザイン」と、展示内容をタイトルに付記しています。というのも2004年に「ウィリアム・モリスとアーツ・アンド・クラフツ展」を開催し、その第二弾として企画されたからです。この時からモリス研究の第一人者である藤田治彦・大阪大学大学院教授に監修をお願いし、図録編集など私も企画に関わってきました。

ウィリアム・モリス(1834−1896年)は卓越した発想で「近代デザインの創始者」と呼ばれました。これまでも朝日新聞社やNHKが主催し展覧会を実施しております。その業績は数々の出版物を通じ日本でも広く知られ、デザインした壁紙やテキスタイル・パターンは日常生活の中に生き続けています。


大天使ラファエル(左)、
ミカエル(中央)、
ガブリエル(右)
以下の写真(C)ブレーントラスト


セント・マーティン教会 
内陣東窓

モリスは1861年、自分のデザインを幅広い分野に応用するためにモリス・マーシャル・フォークナー商会を設立しますが、当初の重要な仕事はステンド・グラスの制作でした。さらに、織物やプリント地、壁紙などにおいて、モリスはデザインを考えるだけでなく製造の過程も学び、室内装飾の総合的な活動を通して生活の芸術化を計るという構想を具現化させました。


クレイ

展覧会開催には、こうした趣旨を理解し経費を負担する会場が必要です。西宮市大谷記念美術館には私から提案し、今春のスケジュールに組み込んでいただいたのでした。今回の展覧会では、英国各地に現存するステンド・グラスの主要な作品を再現したフィルム、オリジナルの壁紙、織物・テキスタイル、家具など約80点を紹介します。

川辺雅美学芸課長は「部屋の再現や、特にステンド・グラスの作品は厳粛な教会の雰囲気を味わっていただける様に演出をしております。美術館の空間がモリスの作品によって鑑賞者の皆様を英国へと誘ってくれるでしょう。近代デザインの重要な存在だったモリスの作品をこの機会に是非ご鑑賞下さい」と呼びかけています。

関連事業として、4月12日に「風呂本佳苗 ピアノコンサート」を開催します。無料(別途入館料が必要、定員100名)ですが、問い合わせは0798−33−0164)へ。また期間中の4月18、25日、5月2、9、16、23日の土曜日、学芸員によるギャラリートークもあります。


サセックス・シリーズの肘掛け椅子

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる