産業遺産を活かし故郷再生

2009年2月20日号

白鳥正夫


「にいはま倶楽部」の
西日本ブロック交流会の一コマ

「兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川…」。誰しも口ずさんできた「故郷」の歌は郷愁を駆り立てます。そんな故郷の山に赤レンガの煙突が一本そそり立っています。私たちは「煙突山」と呼び親しんできました。その煙突は世界的な銅の産出量で300年の歴史を誇った別子鉱山の関連施設でした。その「煙突山」の山すその愛媛県新居浜市に、私は生まれ育ったのです。いま、煙突を絆に故郷再生の機運が起こっています。誰にもある故郷を遠く田舎に持っている者はより幸せかもしれません。故郷は時代とともに変わりますが、私の原点であり無縁ではありません。できれば再生に向けた何かのお役に立ちたいと願っているからです。

年初に「えんとつ山倶楽部」結成


山根地区から見た
「えんとつ山」の遠景。
(以下4枚の写真は
「えんとつ山ラボ提供)

2009年2月、大阪のホテルで「にいはま倶楽部」の西日本ブロック交流会が催されました。2002年秋に発足した倶楽部の年1回の集いは、地元から市長や市議会議長らも顔を出し、関西在住の有志たちと懇談する場です。市側から厳しい財政下の故郷の近況とともに、魅力新発見のプロジェクトなどの説明が映像を交えてありました。今年は年初に立ち上げた市民サイドの「えんとつ山倶楽部」も連携し、大いに故郷談義を繰り広げたのでした。

私は高校卒業後、大学生活を経て長い新聞社勤めに明け暮れました。盆や正月、故郷自慢の華麗な太鼓台が練る秋祭りといった時期にも仕事が重なり、帰省はままならなかったのです。とりわけ両親とも亡くなってからは、年に一度墓参りに帰郷できればいいほうでした。そんな不義理な私に、新居浜文化協会と新居浜市の同窓生幹部から「故郷のために協力してほしい」との話が舞い込んできたのでした。


赤いレンガの煙突が
そそり立の
「えんとつ山」の近景

文化協会が2004年に創立55周年を迎えることから、記念事業として「平山郁夫講演会」を開きたいとの意向でした。私は朝日新聞社の仕事で平山先生とは懇意にしていただき、これまで講師や原稿の依頼などで何度となく鎌倉のご自宅へも訪ねていました。しかし新居浜での講演となると一日がかりです。加えて平山先生はこの年、展覧会への新作の仕上げと重なっていました。

私はいったん丁重に断ったものの、先生に相談すると「あなたの故郷ですね。行きましょう」と、思いもかけぬ返事が返ってきました。私はその年夏に定年となり、故郷は未曾有の台風被害に見舞われたのでした。しかし講演会は無事に開催されました。「文化財赤十字の意義」を提唱する平山先生の講演に加えて、「地球市民の時代へ文化貢献」のテーマで、先生と私との対談も組まれたのでした。


煙突誕生120年を
祝っての記念写真

講演会の翌日、同窓の有志らの計らいで、新日本百景に選ばれた別子ラインをドライブしました。「故郷は遠くにありて想うもの、そして悲しく唄うもの……」と、室生犀星が読んだ詩があります。とはいうものの帰る故郷があり、友人たちがいるということの幸せを感じたのでした。そこには土や風のにおいがあり、幼い頃の思い出が詰まっているのです。

ドライブ途中、随所で台風被害によるがけ崩れの惨状を目にしました。しかし久しぶりに見る山の上の「煙突」は健在でした。端出場(はでば)地区にある旧水力発電所や日浦の坑道跡などを見学し、銅山峰を仰ぎ見て、かつての栄華に思いを馳せたのでした。これが故郷の風景であり、私にとってかけがえのない文化財なのです。

歴史刻んだ別子銅山ゆかりの地


エコキャンドルで描いた
「えんとつ山」生誕120の文字
(山根グラウンド)

幼いころ、競って登った山の頂にある赤レンガの煙突。朝に夕に見慣れた煙の出なくなったその煙突は、大学以来、新居浜を離れた私にとって故郷の情景に溶け込んでいます。どこの企業城下町も同じですが、産業基盤を失い、すたれゆくイメージを抱いていた私に「ふるさと再見」の機会が訪れたのでした。故郷は、うれしいことに御用済みとなった先人たちの産業遺産を再活用した町づくりに着手していたのです。

別子銅山は江戸時代から御用銅である棹銅を大量に産出して長崎貿易を支えました。明治時代に西洋の最新技術を導入し、世界的な規模で発展しました。この急速な産業革命をもたらせた遺構は、別子山上から瀬戸内海に面する新居浜市域と四阪島まで奥行き20キロに及びます。現在も斜坑や通洞跡、精錬所や水力発電所、索道基地跡など約200ヵ所が広範囲に散在しています。


別子銅山中興の祖といわれる
広瀬宰平氏の足跡をたどる
広瀬歴史記念館

別子銅山は明治以降の産業近代化に先駆的な役割を果たしました。国内で初めてダイナマイトを使い、独自で水力発電所を建設し、銅鉱石の運搬も人力から牛車、そして鉄道へと技術革新させました。この間、公害問題に取り組む過程で化学産業を、鉱山開発で傷んだ山林を回復するため林業や住宅産業へと発展させたのです。

2005年以降、私は帰郷の度に別子銅山ゆかりの地を訪ねています。中興の祖といわれる人に広瀬宰平氏がいました。その足跡を通じ新居浜市の生い立ちをたどる市の広瀬歴史記念館をまず見学しました。宰平氏はフランス人技師を招き近代化プランの「別子鉱山目論見書」を得るが、そうした資料や書状、銅鉱石と江戸時代の銅製品などが展示されていました。

別子銅山の歴史を知る上で欠かせないのが住友グループ所有の別子銅山記念館です。建物は坑内をイメージさせる独特の半地下構造になっていて、開坑以来の歴史をはじめ地質鉱床、生活風俗、技術の変化などの展示があり、鉱山の仕組みが詳しく解説されています。記念館の地はもともと精錬所があり、「煙突山」へ煙道がつながっていたといいます。私の小、中学生のころには神社と相撲の土俵があり、住友関係各社の親善の場所だった。私もこの土俵で相撲を取った思い出があります。


「マイントピア別子」で
運行されている鉱山列車
(端出場地区)

産業遺産活用のモデル事業として1991年、端出場地区に開設されたのが「マイントピア別子」です。マイニング(鉱山)とユートピア(理想郷)を重ねて名付けられたそうです。赤煉瓦風の本館、そこから鉱山鉄道で結ばれた観光坑道、さらに本館近くの砂金採り体験パークなどからなり、本館4階には温泉施設もあります。

「マイントピア別子」のもう一つの拠点、東平(とうなる)地区にも足を延ばしました。ここは標高750メートルの山中に位置し、1916年から15年間、採鉱本部が置かれた所で、最盛期には約4000人が住み、山の町としてにぎわったのです。

山の上には、産業遺産となった古い建造物群が静かに眠っていました。中でも貯鉱庫跡と索道基地はまるで古代遺跡を思わせました。1905年に竣工したという施設はレンガ造りでした。貯蔵された鉱石をここから鉱山鉄道の中継地まで索道で運んだことはうかがえましたが、索道などはすべて撤去されていました。

このほかにも第三通洞跡あり、引き込み線路や鉱夫たちを運んだ篭電車が残されていました。当時の生活拠点も社宅、学校、配給所、病院、さらには娯楽場や神社まで移設建設されていましたが、それぞれ痕跡をとどめているものの昔日の姿はありませんでした。代わって大正から昭和にかけてにぎわった地区の生活の様子を、模型や映像を使って紹介したり、銅にまつわる品々を展示している東平歴史資料館や、銅板レリーフなどを体験できるマイン工房、さらには旧中学校跡地に宿泊研修施設、銅山の里自然の家が建設されています。

「世界遺産」を目標でなく手段に


鉱脈のあった
採鉱場につながる
トンネルの入口
(東平地区)

2003年、別子山村との合併で新生・新居浜市が誕生しました。別子銅山という広大な産業遺産が一つの地域に包括されたのを契機に、新居浜市は「世界遺産登録」を目標に掲げました。確かに旧別子、東平、端出場といった採鉱本部のあった地区から銅が港に運ばれた新居浜市内、さらには製錬所のあった四阪島と、山から浜へ、そして海へと多くの遺産が集積し、世界遺産への要件を備えているからです。

別子銅山では採掘場所が深くなったり、排水処理に困ったりの苦難を乗り越えるために、より近代化が進んできた歴史があり、日本の近代化の縮図ともいえ、モノづくりの原点となってきました。わが故郷は産業基盤を失ったものの、化学や重機械などの産業が息づき、なお四国有数の工業都市でもあります。

故郷を離れて暮らす私にとって、先人たちが築いた産業遺産は誇りであり、新たな時代に生かす町づくりを望みたいところです。「世界遺産登録」を目的としてではなく、市民ぐるみの新たな町づくりの手段として地道に継続的に「ふるさと再生」を探ってほしいと願っています。

同じような歴史を持つ石見銀山は産業遺産としてわが国で初めて2007年に世界遺産に登録されました。地元の人々は1980年代から、独自の町づくりや、自分たちの生活を守ることと、来訪者の受け入れ態勢について取り組んできたプロセスがあります。




古代遺跡を思わせる
別子銅山の貯鉱庫跡
(東平地区)

私にとって、思い出深い煙突は別子山中で行っていた精錬事業を山根地区に移転し、生子(しょうじ)山頂に約18メートルの高さで建設されたのです。1888年に稼動したものの煙突からでる亜硫酸ガスが付近の農作物に被害をもらせたため1895年に閉鎖されたのでした。その煙突設立120周年の昨秋、周辺地を含め所有する住友林業が新居浜市との間で別の市有地と等価交換しました。新居浜市では別子銅山の産業遺産として保存活用を図る方針です。

こうした動きに呼応し、市民有志が昨年8月「えんとつラボ」を設立し、山を憩いの場として整備するとともに、市民参加型のイベントなどの企画運営に乗り出しました。目下、「えんとつ山テーマソング」を作り、発表会などを予定しています。さらに故郷を離れて暮らす同郷の人達にも呼びかけ、年初から「えんとつ山倶楽部」を結成し、全国への情報発信拠点としてホームページhttp://www.entotsuyama.com/も開設したのでした。

平山画伯を故郷に迎えてから5年の歳月、新居浜文化協会では今年60周年を迎えました。新たな歴史を刻む節目に、記念の集い「絆で築こう 故郷の文化力」を9月13日に開催http://www.entotsuyama.com/shiratori/kaihoushi.pdfされることになりました。今回も私がお手伝いをすることになり、作家の立松和平さんを招いて講演会とフォーラムを開きます。

立松さんは公害で問題になった足尾銅山に関わりがあり、前日に来て別子銅山の産業遺跡を見たいと言っています。私は「煙突山」も見ていただき、故郷再生の全国発信に役立てたいと考えています。市民や同郷の者にとっても「ふるさと再見」を駆り立てる一助になればと願っています。


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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