地域に根ざし着実に音楽活動

2009年2月1日号

白鳥正夫


1988年、発足当時の練習風景
(以下10枚の写真は
アンサンブル金沢提供)

未曾有の不景気風が吹き荒れていますが、美術や音楽などの文化は、生きる喜びをもたらせ、生きる力にさえなります。絵筆を握ることもなければカラオケに興ずることもない私ですが、美術や音楽に親しみ、接してきました。新聞社に身を置いていたこともあって、第一線で活躍する人たちを知ることができたのも幸運でした。このサイトでは、アートの周辺を中心に取り上げていますが、今回は活動暦20年のアンサンブル金沢と30年の堺シティオペラを紹介します。

20年を超えたアンサンブル金沢


2004年4月の
岩城宏之指揮のウィーン公演

ここに1枚のDVDがあります。交響曲第7番「イシカワパラフレーズ」と題されています。昨年1月のニューイヤーコンサートで録画されたものです。作曲は一柳慧さんです。一柳さんは石川県の風土を意識した曲をと、兼六園や加賀の白山比め(口へんに羊)神社、さらには震災後の門前・総持寺などに足を運び想を練ったそうです。
 
厳かな音が緩やかに始まり、やがて急な音に変わり、それを繰り返します。指揮する井上道義さんの指先がまるで魔術師のような動きをします。そして自身も陶酔するように目を閉じながら楽器を導いていくのです。緩急の曲の間奏にヴァイオリンやチェロの独奏が挿入されています。音楽は美術よりも感性に反応します。それだけ聴く者にも深い感動をもたらせます。
 
作曲した一柳さんは井上さんや音楽評論家の池辺晋一郎さんとのトークで「金沢・石川の言ってみれば伝統とか歴史とか、あるいは音楽的にいうと民謡とか民族音楽的なものを、西洋をベースにしたオーケストラと、単なる折衷ではなくて、いかに混在させるのか」に苦心したと伝えています。そしてこの曲には「岩城宏之の追憶に」のサブタイトルがつけられていました。


岩城さん最後の公演となった
2006年4月の
第200回定期公演

アンサンブル金沢と言えば岩城さんと同義語のような響きがあります。それもそのはず石川県と金沢市が1988年、音楽監督に岩城宏之氏を迎え、日本最初のプロの室内オーケストラとして設立したのです。その岩城監督は2006年6月に逝去されたのでした。岩城さんは実に18年も楽団を牽引した実績から、永久名誉音楽監督になっています。

今年6月には22年目を迎えるアンサンブル金沢は2001年に待望のフランチャイズホール「石川県立音楽堂」を金沢駅前に完成させ、2007年より指揮者の井上さんが音楽監督を務めていますが、これまでの歩みは岩城さん抜きには語れません。

岩城さんの方針もあって、オーケストラ発足当初から出身・国籍に拘らず幅広く人材を募ったのです。結成から数年はソ連崩壊と重なったこともあり、亡命ロシア人の奏者を多く擁していました。現在でも40名が在籍していますが4分の1が外国人です。


2006年7月16日、
石川県立音楽堂での
岩城宏之追悼公演

設立時より日本では最初の専属作曲家による現代曲委嘱初演制度(コンポーザー・イン・レジデンス)を採用し、これまでに一柳、池辺さんのほか、外山雄三、湯浅譲二、黛敏郎、西村朗、三枝成彰さんらが作曲した曲を初演しています。

年間110回もの地道な演奏活動を続け昨年20周年の歴史を刻んだのです。この間、国内では金沢での公演のほか、東京、大阪、名古屋においても年2回の定期公演を実施し、高い評価を得てきました。海外も1989年のベルギー、フランス以来、毎年のようにオーストラリア、イギリス、ドイツなどヨーロッパ各地の演奏ツアーに出向き成功をおさめています。

そのレパートリーは、ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンの古典を軸に、ロマン派のシューベルト、ブラームスなども演奏し、またロシア、フランスものから室内オーケストラ作品の数々等多彩、特に設立以来武満徹ら現代作品への挑戦や委嘱初演は特筆すべきものです。

一方、CDの制作にも積極的におこない、これまでにドイツグラモフォン、ビクター、ソニー、東芝から発売し、1992年と95年度の日本レコードアカデミー賞、1994年度文化庁芸術作品賞などを受賞しています。

ベートーヴェン全交響曲を公演


追悼公演には
指揮者の天沼裕子さんも
駆けつけた

私がアンサンブル金沢を知ったのは朝日新聞金沢支局長に着任した1991年に遡ります。当時、朝日系列の北陸朝日放送が開局し各種イベントに奔走していたのです。その頃、朝日親子サマーコンサート(指揮 榊原栄さん)などを通じオーケストラ事業部長だった山田正幸さん(現常務理事)と親しくなり、海外からのメンバーとの懇親会にも顔を出すほどになったのでした。

打楽器奏者のオケ―リー・トーマス君もその一人です。オーストラリアのメルボルン出身で現地では首席ティンパニ奏者も努めていましたが、岩城監督に招かれ金沢で活躍していました。童顔の顔立ちながら豊かな感性で存在感を発揮していました。彼からいただいた日本でレコーディングしたアルバム「サンライズ/トム・オケ―リー」は、なお大切に手元にあります。


2007年1月、
谷本正憲知事から要請され
音楽監督に就任した
井上道義さん

故人となった当時の中西陽一知事は「ハードよりソフトを」の姿勢を貫き、古い県庁舎をそのままにオーケストラを創ったのでした。それだけに楽団の方も専用のホールがなく、練習場も古いプラネタリウム校舎を改造した練習場で窮屈な所だったのです。

日常のニュースに振り回されていた時に、何度かコンサートにも足を運ぶようになりました。クラシックとは縁遠かった私でしたが、ベートーヴェンやモーツアルトの曲にしばし音楽世界に浸るようになったのでした。

その頃、岩城さんとも懇談の機会があり、朝日新聞東京本社に1992年11月にオープンした浜離宮ホールのことも話題になったのです。山田さんの熱意もあり、浜離宮ホールの支配人を紹介した経緯もあります。私が金沢を離任する際に、岩城さんから音楽監督直筆のジョークの関西支配人の辞令をいただいたのでした。


能登半島地震後の
2007年4月に開いた
ボランティアコンサート

しかし驚いたことに浜離宮ホールで1994年にベートーヴェン、翌年にモーツアルトのそれぞれ全交響曲連続公演を実現させたのでした。もちろんオケ―リー君も主要メンバーです。ホールは552席の小規模ながら音の響きの美しさは抜群で、岩城さんのお眼鏡にかなったのでしょう。

限定頒布されたベートーヴェン全交響曲収録の5枚組みのアルバムは私の宝物であり、あの有名な第3番の「英雄」や第5番の「運命」第6番の「田園」そして第9番は合唱付きを何度となく聴いたものです。

岩城さんとって計4枚のCDに集約した「21世紀へのメッセージ」も大きな実績です。「現代音楽の聴衆は確実に増えている」との信念に基づいて「日本で一番、現代の作品を演奏しているオーケストラなんです。どんな音楽でも面白がって演奏するオケにとの思いが実現しつつあるのです」との言い分でした。

「バッハもベートーヴェンもその時代の前衛、最先端だった」という岩城さんの進取の精神は井上さんにしっかり受け継がれています。『20年のあゆみ』の中で次のような文章を記しています。

「昔kanazawaという地に良いオーケストラが在ったらしいな」と言われれば良いじゃないか! ぼくはそんなロマンな血と、生来の無国籍的な血を受け継いでいる。日本一のオーケストラに?世界一に?そんなものはオリンピックと同じでどんどん変わる。いつか終わるいのちと同じで興味ないです。毎回のコンサートに生きるだけ。50周年に向けて。


2008年4月、
井上指揮の
ラ・フォル・ジュルネ金沢公演

昨年9月、大阪のザ・シンフォニーホールで開かれたOEK設立20周年記念大阪定期公演は、北欧からギドン・クレーメルとクレメラータ・バルティカを特別招聘し、アンサンブル金沢との合同演奏で井上指揮によるシベリウス/ヴァイオリン協奏曲とグリーグ/「ペール・ギュント」を久しぶりに聴きました。大編成 でしかも緻密、クレーメルの魔術、これぞ生で聴く醍醐味がありました。

アンサンブル金沢では2006年にロシアの巨匠ドミトリ・キタエンコさんをゲストコンダクターに迎えています。私が1996年に訪れたノルウェーのベルゲンでグリーグの曲を指揮していたキタエンコさんとその後の懇親会で同席した思い出があります。いつか日本での演奏をぜひ拝聴したいと願っています。

今年、次の関西公演は4月5日にザ・シンフォニーホールで金聖響さん指揮です。なんと今度は金さんが岩城さんに代わって2010年2月にかけてベートーヴェン交響曲全曲演奏に挑戦するのです。予約のお問い合せ先はABCチケットセンター(06−6453−6000)です。
 
堺シティオペラは30年の活動歴


2008年7月、
楽団によるワークショップ

一方、堺シティオペラは、当初「堺市民オペラ」として市制90周年を記念して1978年に市民レベルでは全国で初めて立ち上げたのでした。市民有志らが集い、衣装も手作りで練習を積み、足の不自由な羊飼いの少年と3人の王様の物語「アマールと夜の訪問者」を演じたのがスタートです。

1986年には堺市民オペラ協会を発足し1989年から堺シティオペラと改称し、毎年の定期公演のほかチャリティーコンサートや海外との交流など音楽活動を続けています。


2008年9月には
内灘中学校吹奏楽の
みなさんと共演

この間、1983年には「夕鶴」(團伊玖磨作曲)の上演で大阪府民劇場奨励賞を受けました。1986年には堺が生んだ女流歌人、与謝野晶子の半生を描いた新作オペラ「晶子」を佐渡裕さん指揮で披露しています。さらに1995年には「魔笛」で大阪文化祭賞、2004年にも「三部作」で大阪舞台芸術賞」に輝いています。

堺シティオペラと私との接点は、隣人の堀陽さんが理事をしていて、昨年暮れに『生誕30年の歩み』が届けられたのでした。堀さんは大阪音楽大学の名誉教授で、堺シティオペラと改称したころからの交流といいます。

堀さんは「ピアノが専門ですが、歌も好きです。椿姫を歌いたいと思ったこともありますが、公演前の練習などを見るのが大好きです。自分の中の音楽を枯らさない潤いになっています」と話しています。


堺シティオペラの1983年の定期公演で上演された
「夕鶴」
(『生誕30年の歩み』から)


とはいっても運営資金には苦労が伴っているようです。各種助成だけではまかなえず、会 員制度で資金確保を図っています。音楽家や出演者に限らず、市民らに広く会員応募を呼びかけています。


2008年9月の
30周年記念公園の絵葉書

30周年の記念公演は2008年9月に開催されましたが、「堺から世界へ」「プッチーニの魅力」「イタリアオペラの真髄」の三公演を多彩に展開したのでした。記念公演にふさわしく指揮に船曳敬一郎さんと牧村邦彦さんを迎え、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団、鮫島有美子の司会で「蝶々夫人」「ラ ボエーム」「リゴレット」など数多くの作品を取り上げています。

アンサンブル金沢も堺シティオペラも地域から世界に向け発信を続ける音楽活動です。会場に足を運ぶ事が何よりの支援になります。質の高い音楽は私たちに至福の時間を与えてくれます。そして質の高い演奏を支える担い手はやはり私たち聴衆なのです。


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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