「日の出」と静物画で心豊かに

2009年1月10日号

白鳥正夫


モネ「印象 日の出」
(1873年、
マルモッタン美術館)
(C)Giraudon/
The Bridgeman Art Library

100年に一度といわれる世界不況下の年明けとなりました。年が改まっても不景気風が吹き荒れていますが、こういう時だからこそ、せめて心を豊かに満たしたいものです。新年にふさわしい二つの展覧会を紹介します。一つが名古屋市美術館で2月8日まで開催中のモネ「印象 日の出」展です。文字通り印象派の由来となった名画を見ることができます。もう一つが兵庫県立美術館で3月29日まで開催される「ウィーン美術史美術館所蔵 静物画の秘密展」です。こちらではベラスケスの傑作「薔薇色の衣裳のマルガリータ王女」などが出品されています。ともに初春のひと時を作品と向き合いじっくり鑑賞する好機です。

名古屋市美術館3度目のモネ展

モネ展は日仏交流150周年および名古屋市美開館20周年を記念する展覧会とあって、パリのマルモッタン美術館が所蔵する代表作品の「印象 日の出」を中部地区では初めての公開で、この会場のみの開催です。


二階からも鑑賞できる
「印象 日の出」

名古屋市美では1994年の「モネ展」で約32万人、2002年の「モネ展―睡蓮の世界―」で約26万人の入場者を数えています。こうした実績が今回の「印象 日の出」の借用につながったようです。今回は「印象 日の出」を中心に、印象派の誕生とその後の多様な展開を辿っています。このためモネと同時代に活躍したルノワールやピサロ、セザンヌらの作品も合わせ35点を展示し、印象派の本質と広がりを伝えようとの趣旨です。

12月22日の開会式に出向きましたが、東京からフィリップ・フォール駐日フランス大使も駆けつけ「近代絵画の道を開いた大切な作品です」と開催へ期待を寄せる祝辞を述べていました。異例の1月2日からの開館で「お正月は美術館で日の出を見よう」とPRに力を入れています。


モネ「サン=タドレスの断崖」
(1864年、松岡美術館)

クロード・モネ(1840−1926年)の年譜によると、パリに生まれ、幼少年期をノルマンディーの港町ル・アーヴルで過ごしています。劇画や諷刺画を描いて小遣い稼ぎをしていた頃、海景画家のブーダンから自然光(外光)の美しさを学んだと言われています。

パリに出てからは、グレールのアトリエに通い、バジール、ルノワール、シスレーらと出会います。彼らと戸外制作をする中で、視覚的印象を筆触分割によってカンヴァスに移し変える印象主義の手法を確立したのでした。


ピサロ 「冬景色」
(1873年、国立西洋美術館)

1874年に第一回印象派展での出品作「印象、日の出」が議論を呼び、「印象派」という名称が生み出されたのでした。1883年には、ジヴェルニーに移り住み、「積みわら」「ルーアン大聖堂」「ポプラ並木」、そして集大成ともいえる「睡蓮」などの連作によ り、時間に応じて変貌する様相を描きとめることに没頭しています。

とりわけ晩年を過ごしたジヴェルニーの自宅には、浮世絵が飾り、広大な庭に日本式の太鼓橋を架け、日本から輸入した花を愛でる日本趣味で、作品にもその影響が如実です。こうした点からも日本人に親しまれ、国内の美術館には数多くの作品が遺されています。

印象派の由来となった「日の出」


モネ「睡蓮」
(1914−17年、
アサヒビール株式会社)

モネ展や印象派展は毎年のように開催されてきましたが、近年では2007年に国立新美術館開館記念として開催された「大回顧展モネ印象派の巨匠、その遺産」と、2001年に「きらら博」の一環として山口県立美術館が総力をあげて取り組んだ「クロード・モネ展」が印象に残っています。しかしいずれも「印象、日の出」が出品されていません。私が目にしたのは1982年に京都国立近代美術館で開かれた「モネ展」まで遡ります。

さて第一回印象派展に出された作品は、当初「日の出」のみの名称で出品されていたそうですが、名称が短すぎるとの指摘を受けて、画家自らが「印象」を付け加えたそうです。ところが当時の批評家ルイ・ルロワはル・シャリヴァリ誌に「印象?たしかに私もそう感じる。しかしこの絵には印象しかない。まだ描きかけの海景画(壁紙)の方がマシだ」と嘲笑する記事を諷刺新聞に寄稿し掲載されたことは、あまりにも有名です。


ルノアール
「読書するふたり」
(1877年、群馬県立近代美術館)

「印象、日の出」は、朝もやにけむる港の風景ですが、日の出を告げる真っ赤な太陽が描かれ空と海に照射する情景が鮮やかに描きこまれています。展示会場では1点見せの工夫が凝らされ、間近に見れますが、少し離れた高い床から、さらには吹き抜けの2階の会場からも鑑賞できます。

朝の大気の揺らぎや何隻かの船が航行する光景は、写実的ではなく確かに陽光によって変化していく微妙な色彩を感覚的に捉えていて、後世に重要な意味を投げかけた作品だと納得したのでした。

図録でこの展覧会を担当した深谷克典学芸課長は、普仏戦争後のフランスの復興に寄せる画家の熱い思いがこめられている、と解説。そして「小舟が進んでいく先には日の出の反映がくっきりと水面に浮かび、まるでこの小舟の未来を祝福しているかのようである。この小舟を、戦争の傷跡から立ち直ろうとするフランスの姿とも、あるいはサロンに代わる新しいグループ展を開催する印象派の画家たちの姿とも見ることができるだろう」と言及しています。


ベラスケス
「薔薇色の衣裳の
マルガリータ王女」
(1653−54年頃)
以下の5枚の写真は
(C)Kunsthistorisches
Museum Wien,
Gemaeldegalerie,Vienna

26年前に初めて見たときの印象は消え去っていますが、再見できたことには感慨深いものがありました。しかも作品の意味づけや深読みを知って鑑賞すれば、同じ絵でも見方が変化するのも確かです。文学や音楽同様に美術も何度も繰り返し読んだり聞いたり見たりすることによって新たな発見があり、心豊かにしてくれるものです。

もちろん会場には後年の代表作の「睡蓮」も出品されています。アサヒビール山荘美術館で見ていた「睡蓮」(1914−17年)は、152×200センチの大作です。池面に浮かぶ蓮、おぼろげな薄紫の葉、下部に赤い花、上部片隅に白い花が効果的に配されていて見飽きません。

モネは自宅の庭にある睡蓮の池をモチーフに、1899年から1926年に亡くなるまでの間に全部で200点以上を制作し、探求の成果でもある記念碑的作品として、パリ・オランジュリー美術館には、「睡蓮」の大装飾画が展示されています。

「光の画家」と呼ばれたモネは、同じモチーフを異なった時間、異なった光線の下で描いた連作を数多く制作していますが、もっとも作品数が多く、モネの代名詞ともなっているのが1890年代の終わりから描きはじめた『睡蓮』の連作です。


ピーテル・クラースゾーン
「ヴァニタス」(1656年)

モネは晩年「絵を描くことは実に難しく苦しい。絵を描いていると希望を失ってしまう。それでも私は、言いたいとおもっていることをすべて言ってしまうまでは、少なくとも、それを言おうと試みたうえでなければ死にたくない……」との独白を遺しています。

2004年6月にフランスに訪れた際にモネの自宅とオランジュリー美術館を訪ねたいと思っていたのですが、ルーヴルとオルセー両美術館で時間を使い果たし行けませんでした。巨匠と言われるようになった出発点の「印象、日の出」を見ながら、「次の機会にはぜひ実現したいものだと、その思いを強くしました。

ウィーン美術史美術館から75点


ヤン・ブリューゲル(父)
「青い花瓶の花束」
(1608年頃)

一方、静物画展は「日本オーストリア交流年2009」を記念しての展覧会で、東京・国立新美術館、宮城県美術館に続いての巡回展です。兵庫のあと、4月11日から6月14日まで青森県立美術館でも開催されます。

ウィーン美術史美術館は名高いハプスブルク家の400年にわたる遺産をもとに1891年に開館したヨーロッパ各地の作品を収蔵する世界でも屈指の美術館です。今回の展覧会では静物画の黄金期と言われる17世紀の作品を中心に75点のコレクションが出品されています。中でも「薔薇色の衣裳のマルガリータ王女」(1653−54年)は日本で初めてのお目見えです。

ウィーン美術史美術館には2005年4月に訪ねましたが、その豊富な作品と同時に、どの展示室にもソファが備えられゆったり鑑賞できるのに感動したのでした。ベラスケス作品を展示した部屋ではマルガリータ王女を描いた作品も何点か並んで展示され堪能しました。


ヤン・ブリューゲル(父)
「大地女神ケレスと四大元素」
(1604年)

今回の「薔薇色の衣裳」の作品は、現地で求めた図録の表紙になっている代表作ですが、展覧会場の最後に展示され、存在感を放っています。この作品では王女が右手を置いたテーブルに花瓶が配され、より魅力的な構図になっています。

この展覧会では静物が重要な役割を果たしている肖像画や風俗画にも焦点をあてているのが特徴です。会場は4章構成で、第1章は「市場・台所・虚栄」のテーマです。ここでは本物そっくりに描ける油絵という手段で静物画の発展を見ることができます。目に見える世界の素晴らしさの一方で、この世のはかなさへの思いを伝える虚栄(ヴァニタス)を表現した作品に注目です。


オットマル・エリガー(子)
「高杯を持つ窓辺の女」
(1714年)

「ヴァニタス」(1656年)は暗い色調の机に、どくろや楽譜、ふたの開いた懐中時計などが配されています。過ぎていく時間、そして一時は音楽によって謳歌する生命にも限りがあることを示すどくろによって世のはかなさを露骨に表現しています。さらに図録の解説によると、この作品には時計は視覚、楽譜が聴覚、文房具は触覚、ワイングラスは味覚、消えたランプの煙は嗅覚といった「五感」の寓意が意図されているのでは、とのことです。

第2章は「狩猟・果実・花」のコーナーで、ブリューゲル(父)の「青い花瓶の花束」(1608年ごろ)も出品されています。日本では生花が描かれ季節感があるのに比べ、この作品には時期に関係なく華麗に咲く切り花をモチーフにしています。

第3章は「宗教・季節・自然」では、春(愛)」(1600年ごろ)「大地女神ケレスと四大元素」(1604年)といった一枚の絵に四季や地水火風といった要素を集約した大作も見ごたえがあります。第4章は「風俗・肖像」を主題で、「高杯を持つ窓辺の女」(1714年)にも見とれました。


コルネーリス・デ・ヘーム
「朝食図」と再現した展示(左)

さらに会場の一角にはコルネーリス・デ・ヘームの「朝食図」(1660−69年ごろ)をもとに食卓を再現展示しています。光の方向や画家の視点などを見比べながら鑑賞できる試みです。

二つの展覧会を取り上げた感想としては、名画の美だけを楽しむのではなく、画家たちが託したメッセージを読み解く知識を得て鑑賞するとより楽しみが増すということを痛感しました。絵画芸術はなんとも奥が深いものです。


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
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定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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