北陸の風土に根づいて生きる

2008年11月20日号

白鳥正夫


カメラを手に
祭りの魅力を語る
渋谷利雄さん

任地での思い出は人とともにあります。15年以上も経ましたが、朝日新聞社時代に約2年間過ごした金沢で出会った人たちも心に深く印象されています。単調で、暗く長い冬。北陸に住む人々は限りなく粘り強くて、こまやかな感性の持ち主です。そんな風土の石川県の地にあって、能登の祭りを追い続ける写真家がいます。また小説を書き綴ることを生きがいにしている女性もいます。そんな二人の文化人からうれしい便りが届きました。人の絆の大切さを胸に任地を再訪し、風土に根づいて活躍する二人を訪ねました。歳月を忘れさせる再会でした。

祭りを撮り続ける渋谷利雄さん

渋谷利雄さんは生まれも育ちも石川県下の羽咋です。25歳の時に大阪の写真専門学校で学んだ後、奥能登で行われていた蛸島のキリコ祭りに出合ってから、その魅力に惹き込まれたと言います。能登は「祭りの国」と呼ばれるほど各地で様々な祭りが人から人へ受け継がれていました。それから45年余、祭りを追い撮り続けているのです。

私は渋谷さんのことを知ったのは1991年春に訪れた輪島市のキリコ会館でした。キリコとは祭りを彩る華麗な灯篭です。会館には30基ものキリコが並べられており、藩政時代に総輪島塗りで作られた高さ12メートルの大キリコも展示されています。会場の一角に日本写真家協会員の渋谷さんの写真コーナーがあり、勇壮なキリコ祭りを撮った何枚かの作品に見入りました。動的な対象を見事に一瞬のシャーターに収めていたのです。


「あばれ祭り」
(能登町)

「寺家大祭」
(珠洲市)

その年の秋だったと記憶していますが、金沢市のデパートで開かれていた写真展で初めて渋谷さんとお会いしました。あのエネルギッシュな写真を撮った方にしては柔和で小柄だったのが意外でした。写真は1年を通じ能登の年中行事や祭りを撮影していました。動きのある祭りだけでなく静かな作品にはこまやかな人々の表情が捉えられていて、感動したのです。


「和倉温泉の夕陽」(七尾市)

当時、私は能登半島の門前町からの要請で「日本海の夕陽写真コンテスト」に取り組んでいたこともあり、写真に興味を注いでいました。夕陽写真展は10年間実施されましたが、その第一回に渋谷さんの「夕ぐれの大沢祭」の写真が銅賞に選ばれたのでした。その表彰式でもお目にかかりました。

時には優しく、時には荒々しい四季折々の表情を活写した渋谷さんの写真には人を惹きつける魅力がありました。在任中に数えるほどしかお会いしていませんが、1992年に大阪へ転勤後も年賀状などの交換が続きました。さらには私が近年知った東京在住の写真家と同じ日本写真家協会員であり、親しくしている事も分かり、2006年には金沢で3人が顔をそろえたのでした。


「春耕の頃」(羽咋市)

毎年暮れになるとカレンダーが届けられようになりました。1998年から「能登キリコ祭」と題されたカレンダーには、40年余にわたって撮り続けたよりすぐりの写真が収められています。私の書斎にはいつも任地の風物詩を伝えるカレンダーが飾られるようになったのです。

貴重な郷土の記録捉えた30万枚

時は移って2008年秋、金沢に出向いた機会に羽咋の渋谷さん宅へ足を延ばしたのでした。というのもこの夏、渋谷さんから1冊の本が贈られてきたのです。『能登劇場八十八景』(中日新聞社)で、北陸中日新聞に連載していた記事をまとめて単行本化していました。そのお礼を伝え、できればこのサイトへの紹介を思い立ったからです。

その本には「フォト&エッセー やさしの国より」との副題が添えられています。お会いしたことがないが、「能登の語り部」と称される藤平朝雄さんが文章を書き、写真はもちろん渋谷さんが担当しています。ページをめくる度に、まるで日本の原風景を旅しているような郷愁に満ちた文章と美しい写真に心が癒されます。

渋谷さんお得意の祭りだけでなく、真っ赤な花を開き燃えるようなキリシマツツジや桜トンネルをくぐる学童の姿、千枚田や千里浜など「千」の名所、田の神への感謝祭「アエノコト」や素朴なマガキの里、さらには歴史や伝説の舞台など「能登劇場」は5幕構成になっています。


ワイドな写真が撮れる
愛用のカメラ

「能登はやさしや土までも」と古くから伝わる諺を見事に表現した1冊の本は、「また渋谷さんに再会したい」との思いを掻き立てるに十分でした。知人の車に同乗し、金沢市内から約40分、千里浜の渚ドライブウエーを経由して羽咋へ。44年余にわたってカメラ店を開いている渋谷さんの家は町の人に聞くとすぐ分かりました。

仕事部屋にはベッドが置かれていました。ヘルニアを患って手術をしたそうです。寝てもさめても写真漬けの渋谷さんにとって好都合だったのでしょう。枕元には各地の祭りのスケジュールが書きこまれたボードがあります。いたる所ネガの詰まった箱が積まれています。撮り収めた写真は裕に30万枚を超すと言います。

40数基のキリコが乱舞する能登町の「あばれ祭り」は、キリコ祭りごよみのトップを切ります。『能登劇場八十八景』の第一景も、その祭りからスタートします。藤平さんの文章の一節には次のように書かれています 。

ただ言えることは、祭りが地域社会に果たす役割は、計り知れないものがあるということだ。コミュニケーションを深め、連帯の絆を強める祭りの力は、まさに「神業」というべきものだ。


ネガやポジの箱が詰まれた
仕事場

「神様にほだされて追っかけてきた」と言う渋谷さんは、一年の半分を祭りに身を置きます。年間約3万5000キロを走行し通い続けています。輪島崎町の「面様(めんさま)年頭」は子供が夫婦神様の面をかぶり200軒の家々を回り年頭の願いを聞く行事です。渋谷さんが撮ったかつての面様も、今では家長になっているのです。

どこに行っても顔見知りがいて、自由にシャッター位置が取れるのです。何度も通うのは、何百年と受け継がれてきた祭りも年とともに変化するからです。過疎化と高齢化が進むご時世、途絶える祭りもあります。親から子へと伝承されなくなったのです。

それだけに渋谷さんの写真は貴重な郷土の記録にもなっています。「元気なうちは能登のどっかでシャッターを切っています」と屈託の無い渋谷さん。別れ際に2009年用のカレンダーを手渡していただきました。千里浜海岸の12景が撮られていました。

郷土を書き続ける三田薫子さん


故郷や小説の舞台について語る
三田薫子さん

もう一人の三田薫子さんは石川郡美川町に生まれ、今は金沢市在住です。30歳過ぎから小説を書き始め四半世紀を超えましたが、これまでに故郷を舞台にした17数冊を上梓しています。今夏、久しぶりにかかってきた電話の声が弾んでいました。お聞きすると、作家の三田さんを取り上げた「小説に描かれた美川町」展が開かれるとのことでした。

会期中に「三田薫子トークショー」があるとのことで、10月に現在は白山市美川町にある石川ルーツ交流館を訪ねました。三田さんは、和歌山の川を舞台に代表作を残した有吉佐和子さん同様、『女の手取川』三部作(創林社)などを発表してきました。展示会には手書き原稿をはじめ母親(小説ヒロインのモデル)が嫁入りに持参した衣装や小道具なども並べられていました。  


故郷の人たちが聴講するトーク

三田さんの名前がマスコミに注目されたのは、1989年度に河川環境管理財団が募集した「我がまち水辺の未来の夢」で、全国438編の中から建設大臣賞を受賞したからです。生まれ育った故郷の手取川からアプローチ、三章8000字にのぼる論文は「母胎と川」「暴れ川、その男性的役割」「土木する人は詩人」といった文学的表現が散りばめられていました。  

三田さんは、夢のある女性でした。「日本一になるなんて夢だったのだから、副賞の賞金は夢のあることに使おう」と、オーケストラ・アンサンブル金沢にそのまま全額の50万円を寄贈したのです。アンサンブル金沢では彼女の希望を受け入れて、賞金で中堅作曲家に委嘱し交響曲「川」四部作を制作したのです。そして岩城宏之さん自身が定期演奏会のプログラムに入れたのでした。

「川」の次は「道」でした。翌1990年度には建設省などが中心になって募集した「夢ロード21」(審査委員長・堺屋太一氏)の論文でも見事、最優秀の建設大臣賞を獲得したのです。21世紀に向けての新しい道づくりの方向を探ろうといった企画でした。 「ロード浪漫サクセスストーリー・銀の花びらが舞う二十一世紀道路」と題した三田さんの応募作は、金沢をモデルに四季の草花に満ちた道や和風ロード、下町横丁、芸術家が装飾した道路もあれば二階建ての動く歩道や海底道路など、ハードだけではなく、ハートの感じられる潤いや安らぎのある夢ロードを16通りも提言していました。2年連続の快挙で、三田さんは一躍、時の人になったのです。


執筆した本

『花の舞踏曲』の表紙


私がお会いしたのもこんな時期でした。1991年に朝日新聞金沢支局長に転任した私は、翌年の石川版の年間テーマに「都市化の進む金沢の景観問題」を取り上げたのです。「かなざわ風景」のテーマで、元旦の紙面では伝統と調和を求めて座談会を開きました。


「小説に描かれた美川町」展の
チラシ

三田さんが生まれた美川町は、白山を源に雪解け水が流れる手取川の河口近くにあり、日本海を望む田舎でした。古風な母は、幼少時から家庭教師をつけ、ピアノ、バレーに日舞、書と絵に珠算などの習い事をさせ英才教育をしたものの、ある日、娘の日記に「革命」の二文字を見つけて驚き、大学には進ませず、20歳になるや、母が選んだ男性との結婚をすることになったそうです。  

こうした風土と家庭環境がその後の文筆活動にも大きな影響を及ぼしたと言えます。自由を奪った母への反発もあったのかもしれません。子育てが一段落するや文章へ情熱を燃やし、文学同人誌『渤海』や文芸誌『文芸集団』、商業誌のルポルタージュ、新聞掲載などに向けられたのです。

三田さんは、『貧者の愛』など無名の人をとらえた森山啓さんに師事し、北陸風土に耐えて生き抜く女の姿を川に託し数々の作品を著わしました。『女の手取川』三部作のほか『黄昏川』(能登印刷出版部刊)では、母に抑圧された幼い日への反動が家庭内暴力を生み、母に向けられた憎しみは、伯母へのほのかな恋によって清められる主人公の苦悩を綴っています。


三田さんの活躍を伝える展示会場

人間性を失う現代へ優しいまなざしを注いだ『女恋坂』(菁柿堂)に続き、『花の舞踏曲』(文芸社)では人間の業と罪に真っ正面から挑んでいます。その多様な表現世界は、時代小説の『串の女』を書けば『海上回遊都市』(菁柿堂)といった空想小説、さらには句集や歌集も手がけています。

三田さんを知って17年になりますが、私はそれらの作品に目を通し、何冊かに解説を書かせてもらいました。その度に着想の非凡さと、巧みな文章力に驚かされ通しで、まさに「生きることは書くこと」を実践されているのです。

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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