ルネサンスの本場を駆け足ツアー

2004年4月20日号

白鳥正夫

 古代ローマの伝統を受け継ぎながら、15‐16世紀のルネサンスを経て世界の芸術活動をリードしてきたイタリアは憧れの地でした。ルネサンスといえば、このところ大阪でも、政治や経済の中心地の東京に対し、文化やスポーツを核とした「関西ルネサンス計画」が、各方面から打ち出されております。そのルネサンスの本場、イタリアに初めて行ってきました。10日間の駆け足ツアーでしたが、歴史的な街並みや文化遺産についての印象をまとめてみました。

古代ローマの栄華の名残

 私は関西空港からオーストリア航空で訪れましたが、ウィーンで入国手続きをすませば、あとは国内旅行並み、EU通貨のユーロも定着していました。2001年にベルギー、オランダを旅した時は通貨が統一されていなかったのですが、ヨーロッパの一体感がより進んでいるのを実感しました。どこも海外からの観光客でごったがえしておりましたが、ジプシーやアラブ諸国の生活困窮者が多く流れ込んで治安が悪化しているそうです。
 イタリアといえば『ローマの休日』(1953年、アメリカ)を思い起こします。映画初主演でアカデミー賞主演女優賞を獲得したオードリー・へプバーン扮するアン王女と、昨年亡くなったグレゴリ−・ペックが演じた新聞記者のつかの間のロマンスは印象深いものでした。へプバーンの美しさとともにローマの街角、そして別れの場面の「ローマは永遠に忘れ得ぬ街です」の名文句がよみがえってきます。
 それから半世紀、スクリーンの王女がアイスクリームを食べて一躍有名になったスペイン広場に佇むことができました。トレビの泉にコインを投げると「もう一度ローマに来られる」との言い伝えがあります。王女は投げませんでしたが、私は5円硬化を投げ入れました。さらに人間と動物を闘わせるなど悲劇の舞台であったコロッセオにも足を運びました。古代ローマ時代の栄華の名残をとどめる街の外観は、目立った高層ビルもなく古い歴史にどっかりと腰をおろしていました。
 圧巻はヴァチカン美術館でした。開館前に到着したのにすでに長蛇の列。1時間40分待ってやっと入館できました。ここは14世紀に法王グレゴリウス11世が幽閉先から戻って以来の居城。その大半を博物館や美術館、礼拝堂として公開されています。まるで巨大な迷路に何世紀にもわたって集められたコレクションがあり、壁や天井も華麗な絵画で飾られています。その中でもミケランジェロの「最後の審判」は必見ものでした。この地におけるキリスト教の絶大な力に感嘆しました。

『ローマの休日』の舞台となった
スペイン広場。
ローマの一大観光名所と
なっており、階段は人で埋まる
ヴァチカン美術館には
早朝から長蛇の列



蘇った2000年前の都市ポンペイ

 約2000年前、古代ローマ帝国の繁栄を享受したが、火山の噴火で埋没していたポンペイのことは1997年に世界遺産にも登録され知っていましたが、その優れた文化に触れたのは、2001年8月に東京江戸博物館で開催されたポンペイ展を見てからです。展覧会は「日本におけるイタリア年」の記念事業の一環として神戸、鹿児島、名古屋、松江にも巡回しました。会場には発掘された壁画断片や粘土細工、金属、ガラス製品など芸術品と生活用具が展示されました。
 それから3年も経たないうちに現地を訪れたのです。約2時間かけて、かつての街の遺構が残るゴーストタウンを歩きました。当時6メートルも積もった火山灰の下に埋もれた都市は18世紀になって発見され、その三分の二が掘り起こされたのでした。2000年も前に水道や舗装道路などの公共施設、建物が整備され、都市を形成した古代人の知恵に驚かされました。その建物跡から現代人と同じように浴場で汗を流し、劇場で芝居を楽しみ、市場で買い物をしたポンペイの住人たちの生活の様子が伺いしれます。売春宿も存在し、風俗画の痕跡も認められました。
 私がもっとも驚かされたのは凝固した火山れきの中で腐食した空間に石膏を流し込んで判明した人間や動物の形でした。横たわったり前かがみになったり被災したそのままの姿が当時の惨劇を伝えておりました。一瞬にして消えた街は、同じ火山国であり、地震の多い私たちにとって、多くの教訓を与えてくれます。

2000年前に栄え火山灰に
埋もれていたポンペイ


 イタリアは多面的な顔を持っています。水の都ヴェネツィアは、海に浮かんだ都市でした。道は迷路のように入り組み、袋小路も多く、見通しもききません。川に架かる橋には階段がついています。よそ者にはさぞかし非機能的で住みにくい街に思えますが、乳母車を巧みにあやつる母親の姿も見うけました。車の入れないのこの街では人間が主役です。人間が快適に生活することは単に便利さだけではないのです。味気の無いコンクリートに囲まれ車が行き交う窒息しそうな近代都市を脱却した生活がここにあります。真に豊かさとは、イタリアの都市が教えてくれるものは少なくありません。
 イタリアは近代的な国家統一が1870年と立ち遅れたこともあって、中央主権化が進まず各地に魅力的な街が点在します。各都市には大聖堂と教会、鐘楼、そして政庁舎が威容を誇り、それらの建物に隣接し広場があります。第二の都市ミラノをはじめナポリやシエナ、アッシジ、など味わい深い歴史都市です。路地裏がとても魅力的で自由行動の時間を忘れるほどでした。学校の教科書でなじみのピサの斜塔にも登ることもできました。
 
ルネサンスの精神を学ぼう


 さてルネサンスとは、15世紀になってイタリアで始まった人間性復興をめざした社会・文化の革命運動です。その発祥の地となったのがフィレンツェでした。ルネサンス以前の中世では、絵画や彫刻はほとんど教会の依頼で制作されていました。商業で栄えたフィレンツェではメディチ家の支配の下におかれましたが、その経済的な庇護によって、多くの芸術家が育ったのでした。また市民の変革精神が、それまでの宗教的なテーマから、より新しい表現を求め、芸術を創造する気風が広がったのです。
 荘厳で華麗なヴェッキオ宮殿をはじめドゥオーモや教会の尖塔が点在し、いずれもが華麗な彫刻がほどこされ、街全体が美術館といったたたずまいです。その中でも美の殿堂として有名なウフィツィ美術館は見逃せません。ここでは午後訪れましたが、ここも長い行列が続いていました。日本では大英博物館展など特別企画展でも無い限り、ありえない光景です。ここは13世紀から16世紀にかけての絵画が中心で、キリスト教絵画以外の名品を数多く見ることができます。お目当てはボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」でしたが、「春」などの名品が所狭しと並んでいました。これらの代表作を日本で公開すれば数10万人の入場が見込めるだろうと思いました。

ルネサンスの街フィレンツィアの
広場で演奏を楽しむ若者たち
世界で3番目の規模を
誇るミラノの大聖堂の屋上


 帰路の飛行機で、買い求めたガイドブックやカタログを見ていて、改めてルネサンス本場の奥深さに感じいりました。そして、今ひとたび大阪の街の在りかたを振り返ってみました。私は1996年当時、21世紀に向けた朝日新聞創刊120周年(1999年)の記念企画として、「中之島ルネサンス」構想をまとめ提案しました。その一部が修復前の赤レンガの市公会堂やフェスティバルホールで実施されました。
 しかし本来は一過性のイベントではなく、継続的な文化活動の展開です。美術館をはじめ公会堂、ホール、図書館など各種公共文化施設が集中立地する大阪・中之島で、有機的な美術・芸能のフェスティバルを催し、活性化を図ろうという趣旨でした。
 ルネサンスの時期、江戸に対し上方文化を開花させていました。「関西ルネサンス」にとって、本場イタリアの街は歴史や土壌を異にしますが、人間性復興の街づくりや芸術活動創生の精神性の手本となります。文化庁長官の河合隼雄さんが、昨年3月に「関西元気文化圏構想」を打ち出されていますが、新たな関西像を探る時期に来ていると痛感しました。


しらとり・まさお
朝日新聞社大阪企画事業部企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から、現在に至る。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。


新刊
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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