必見!フェルメールとシャガール

2008年10月1日号

白鳥正夫


「フェルメール展」の開会式で
主催者を代表して挨拶する
東京都美術館の真室佳武館長

美術の秋たけなわです。多種多様な展覧会の中で、今回は誰もが知る二人の天才画家に焦点をあててみました。生涯に30数点しか残さなかったヨハネス・フェルメール(1632−1675)と、ほぼ1世紀を生き約2000点もの作品を発表し続けたマルク・シャガール(1887−1985)です。「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」は東京都美術館で12月14日まで、「シャガール展 色彩の詩人」が兵庫県立美術館で10月15日まで開催中です。東西の展覧会とも必見の価値があります。

日本初公開5点を含む一挙7点

待望の「フェルメール展」とあって、8月1日の内覧会に大阪から駆けつけました。何しろ作家の生まれたオランダをはじめアメリカやイギリス、オーストリア、さらにはアイルランドなどから一挙7点が出展され、このうち5点が日本初公開なのです。この展覧会は、ちょうど今年が欧米諸国と修好通商条約を結んで150周年を記念して、各国の協力で実現したとのことです。


「小路」
(C)Rijksmuseum, Amsterdam

開会式でオランダのフィリップ・デ・ヘール駐日特命全権大使が「フェルメールの作品をまとめて鑑賞できるのはオランダでもめったになく、今回は絶好の機会だ」と挨拶されました。また主催者を代表して、東京都美術館の真室佳武館長は「どの作品も、確かな遠近法と自然の光を巧みに取り入れた堅実な空間描写や生き生きとした人物描写など、前例のないほど自然で創造性に富んだ素晴しいものです」と強調していました。

ただ当初予定されていた「絵画芸術」(ウィーン美術史美術館、1666−68年頃)が出品中止となったのは残念でした。オーストリア文化財保護局の調査で輸送による温度、湿度の変化に耐えられないとの理由で、教育文化省が貸し出しの不許可を決めたといいます。その代わりに、アイルランド・ナショナル・ギャラリー所蔵の「手紙を書く婦人と召使い」(1670年頃)が追加出品され、フェルメール作品としては7点が確定したのでした。


「ワイングラスを持つ娘」
(C)Herzog Anton Ulrich-Museum,
Braunschweig,
Kunstmuseum des
Landes Niedersachsen

「ヴァージナルの前に座る若い女」

「フェルメール展」といえば、2000年4月から3ヵ月間、大阪市立美術館で「フェルメールとその時代展」が開催されています。この時は「青いターバンの少女(真珠の耳飾りの少女)」(1665−66年頃)など5点が出品され、会期末には入場時間を延長し中の入場者は同館最高の60万人を超えました。

この年、私はオランダ・ハーグのマウリッツハイス王立美術館を訪ね、現地でも「青いターバンの少女」を鑑賞したのでした。ここでは他の観客に気兼ねなしにゆっくり見ることができました。44.5×39センチの小さな作品でしたが、暗い背景の中からつぶらな瞳で振り向きざまに何かを語りかけるような少女の構図ですが、青いターバンと肩まで垂れ下がる黄色の布が美しいコントラストを生み、一度見たら忘れないほどの印象的な作品です。


「楽器商のいるデルフトの眺望」
(C)The National Gallery, London, Presented by The Art Fund, 1922

この美術館はマウリッツ公の私邸として建てられた美しい建物で格調高い木造の一室に「デルフト眺望」(1659−60年)と並んで展示されていました。こちらはフェルメールが描いたわずか2点の風景画の一つで、空からの光が川面に建物の影を映す構図で、生涯を過ごした地を丹念に描いたものでした。


「幼児に授乳する女性と
子供と犬」
(C)Fine Arts Museums of
San Francisco,
Gift of the Samuel H. Kress 
Foundation, 61.44.37

今回、東京での展覧会にマウリッツハイス王立美術館から「ディアナとニンフたち」(1655−56年頃)が出ています。この作品はギリシャ・ローマ神話を題材に、狩りの途中で休息する場面を描いています。2000年当時、真作かどうかの議論があり調査のため洗浄中で見ることができませんでした。    

「光の天才画家」の技にうっとり

さて内覧会に戻りますが、さすがに注目度は抜群で約900人が押しかけ、早くも入場制限の行列が出来たのでした。もう一枚の風景画「小路」(1658−60年頃)は日本で初めてのお披露目ですが、私は2000年にアムステルダム国立美術館で見ております。題材はやはり故郷デルフトを描いたと思われます。レンガの一つ一つ、石畳の道の凸凹、飴細工のような窓ガラスの繊細な描写に驚きます。それでいて縫い物など家庭の雑事をする女性たちが配置され、見飽きない作品なのです。

「ワイングラスを持つ娘」(ドイツのアントン・ウルリッヒ美術館、1659−60年頃)も初公開です。画面中央に赤いドレスを纏った娘さんの笑顔が誰に向けられてのものなのでしょうか。顔を近づけ手を差し出す男性も妖しげな笑いを浮かべています。その後方にもう一人の男性が対比的に描かれていて、ふてくされている様子が窺えます。様々に物語を想像できる作品です。この絵でも画面左側から差し込む光が巧みに表現されていて、「光の天才画家」としての技を発揮しています。  


多数の関係者でにぎわう
フェルメール展」のレセプション

「ヴァージナルの前に座る若い女」(個人蔵1670年頃)は、2004年にロンドンのサザビーズのオークションにかけられ、日本円にして約33億円で落札された話題作です。この作品は長らく個人が所有し、「フェルメールらしからぬ絵」と真筆が問われていた作品ですが、禁煙の科学調査の結果判明したとされています。  

「リュートを調弦する女」(メトロポリタン美術館、1663−65年頃)は大阪の展覧会にも出た作品です。日常の室内を独自の視点で描いた一連の風俗画ですが、黄色の服が鮮やかな女性を中央に壁の地図や楽器、テーブル、イスなどを配置し奥行きを感じさせます。ここでも暗い部屋に差し込む光が巧みに描写されています。  


マルク・シャガール 
1918年

さらにフェルメール作品は前述の「手紙を書く婦人と召使い」や「ディアナとニンフたち」、「マルタとマリアの家のキリスト」(イギリスのスコットランド・ナショナル・ギャラリー、1655年頃)を加え7点を数えます。

このほかフェルメールの師との説もあるカレル・ファブリティウス(1622−1654)の「楽器商のいるデルフトの眺望」(ロンドン・ナショナル・ギャラリー、1652年頃)や、デルフトの巨匠ピーテル・デ・ホーホ(1629−1684)の「幼児に授乳する女性と子供と犬」(1658−60年頃)など約40点も展示されています。  

私は今回再会を果たせなかった「絵画芸術」は2005年4月にウィーンで、パリのルーヴル美術館では「レースを編む女」(1665年頃)「天文学者」(1668年頃)を2004年6月に見ています。さらにアムステルダム国立美術館で「牛乳を注ぐ女」(1658−60年頃)「青衣の女」(1662−64年頃)「恋文」(1667年頃)なども鑑賞したことがあります。大阪市美や他の国内展も含め17点を目にしたことになります。これから先、何点加えられるか楽しみでもあります。


シャガール一家 1925年頃

世界各国に散らばったフェルメールのほぼ全作品を17年かけて訪ね歩いたという作家の有吉玉青さんは朝日新聞で「絵を見終えることがあるはずもなく、何度でも見たい。そして、見るだけ。感動を言葉にしようなんて大それたことは、もうあきらめている」との文章を寄せています。

展覧会は東京だけの開催ですが、4ヵ月半ものロングラン開催です。開幕から47日目を迎えた9月25日、30万人を超えたそうです。主催者は100万人を目標にしており、会期後半の混雑が予想されます。平日や金曜の夜間開室時などが空いています。なお待ち時間など混雑状況はTBS展覧会ダイヤル(電話0570-060-060)かTBSモバイルサイト(携帯電話「フェルメール展」で検索)でも案内しています。  

ユダヤ劇場を飾った壁画全7点


幅が約8メートルもある大作
「ユダヤ劇場への誘い」

一方、シャガールは、このサイトの7月5日号でも箱根のポーラ美術館で開催された「シャガール 私の物語」展を取り上げています。昨年が生誕120年にあたったことから各地で別バージョンの展覧会が催されました。今回の「シャガール展 色彩の詩人」は今春から静岡県美、岡崎市美、熊本県美と巡回し兵庫県美が最後の会場です。  

20世紀を代表する巨匠の一人シャガールは、ロシアのユダヤ人地区に生まれています。ロシア革命やナチスによる迫害、二度にわたる世界大戦など時代の波に翻弄され、一時は米国へも亡命しましたが、フランスを中心に活躍しました。この展覧会はモスクワのロシア国立トレチャコフ美術館およびパリのシャガール家のコレクションの初期から晩年にわたって制作された絵画、版画、タペストリーなど約150点で構成されています。  


「音楽」「舞踊」「演劇」
「文学」「舞台上の愛」
も一挙展示

注目されるのはモスクワのユダヤ劇場を飾った大作「ユダヤ劇場」の壁画シリーズ全7点の公開です。この一大カンヴァス画は、わずか90人ほどを収容するのがやっとの小劇場の装飾を任され制作したのでした。公開後「シャガールの小箱」と話題になったそうです。その後、劇場の移転やスターリンの独裁下に舞台下に隠されていたこともあったとのことですが、げんざいではトレチャコフ美術館の所蔵として安住の場を与えられたようです。

2006年9月、モスクワを初めて訪れた際に迷った末、この作品のことを聞いていましたが、実際に展示されているか不明で、プーシキン美術館の方へ赴き、トレチャコフ美術館には行けず心残りだったことを思い出しました。それだけに今回の公開には期待を寄せていたのです。


初期の代表作「街の上で」

「ユダヤ劇場への誘い」と題された作品は幅7メートル87センチ、高さ2メートル84センチもの大作です。踊り演奏する劇団員ら数多くの人物が描かれていますが、シャガール自身も美術評論家に抱えられ登場させています。このほか劇場を囲んでいた「婚礼の祝宴」「音楽」「舞踊」「演劇」「文学」「舞台上の愛」も展示されていて圧巻です。これらの室内装飾に要した時間はわずか7週間とされており、いかに非凡な才能だったことがよく理解できました。  

初期の代表作の「街の上で」(1914−18年)は、画家自身と6年越しの恋を実らせ結婚したベラが抱き合って空を飛ぶ光景を描いたもので、一目でシャガールと分かる作品です。空想の世界を描いたのではなく、宙に舞い上がるような幸福感を表現したのだとされています。

空と花嫁、恋人たち、大きなブーケはシャガールが描き続けた代表的なモチーフで、絵の中に描かれている動物や小さな人々は花嫁や恋人たちを祝福するかのようです。故郷の町やパリの情景、恋人たちや鳥、動物など様々なイメージを自在に組み合わせ、詩情と郷愁に満ちた色彩豊かな絵画世界は、何度見ても魅了されます。

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
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定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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