心癒される万華鏡の世界

2008年7月20日号

白鳥正夫


植木鉢の花で飾られた
京都万華鏡ミュージアム

「大人は誰しも子どもであった。そんな子供の頃の夢を大人になっても持ち続けたい」――。凶悪犯罪が日常的に頻発する日々、世の中が「童心」を忘れかけているのではないでしょうか。美しいものや、知らない世界への憧れ……。索漠とした社会だからこそ、もう一度、感動する心を取り戻したいものです。そこで大人になっても夢のある話題を、2回にわたってお届けしましょう。その一つが「万華鏡の世界」です。幼いころ、夜店で売られていた万華鏡は千代紙に巻かれていて、小さな筒を回すと次々と模様が変わり、小宇宙を見ているような不思議で懐かしい思い出があります。しかし現代の万華鏡は外観も中身も進化していました。万華鏡は多様な外観とともに、千変万化の妙を表現するアートでした。そして何より光と色が織りなす幾何学文様の美しさに、心が癒されます。

17台を駆使し天井や壁に投影


もと中学校の校長室を改修して
展示ルームにした
小さなミュージアムの展示室

京都文化博物館で開催された「源氏物語千年紀展」を鑑賞した4月下旬、知人の紹介で「京都万華鏡ミュージアム」を初めて訪れました。京都文化博物館から歩いて数分、京都市中京区姉小路東洞院東入ルにありました。入口には植木鉢の花が飾られ、優しく迎えていただけます。

ミュージアムは一室で、それほど広くありません。ところが手のひらサイズから、京都らしく金閣寺や舞妓さんの姿をしたものなど世界7カ国の50種類もの万華鏡が置かれています。いずれも直に手で触って楽しむことが出来ます。

この時は十分な時間が取れず、5月に再訪しました。「暁光」や「縄文の夢」と名付けられた、大きな京焼きの陶器の中は、電動仕掛けの万華鏡でした。次々と形を変えてゆく画面は二度と同じ姿ではありません。一見、ゴミ箱と見間違う容器の蓋を開けると、覗き穴があります。中に実際のゴミが入っていたとしても、美しい映像に変化させるのが万華鏡の魅力でもあります。


展示品を説明する
伊藤知子館長

一瞬にして形を変えてゆく表現の妙に、文字通り夢中になります。ミュージアムのカフェテリアスペースではテーブルに万華鏡や手遊びグッズが置いてあり、コーヒーなどを飲みながらゆったりとした時間を過ごすことが出来ました。

館長の伊藤知子さんに話を伺うと、開館記念日の6月6日に、日本で初めてという投影式万華鏡が取り付けられると聞きました。こうなると、それも見たくなり、またまた見学に行ってきました。周囲の壁面だけでなく天井から床に映し出される幻想的な映像は、まるで万華鏡の中に入っているような体感を覚えました。

「万華鏡に包まれたいとの着想はお客さんの要望です。天文館にあるプラネタリウムを連想し、夢が叶えられると思いました」と伊藤館長。万華鏡作家の依田満・百合子夫妻に依頼して制作。17台の投影式万華鏡を取り付け周囲の壁を白く塗り替えていました。ショータイムは、毎時5分間だけの上映となっています。

そもそもこのミュージアムを設けたのは、京都市教育委員会です。隣接の場所には不登校など悩みを抱える子どもの施設があり、京都南ロータリーから多額の寄付がなされたのをきっかけに、教育施設『こども相談センターパトナ』の展示スペースを活用して、2004年6月に開設されました。現在はNPO法人『京都万華鏡こう房』が設立され、各方面からの協力と、ボランティアの支援で運営しています。


日本で最初の
プラネタリウムのように
万華鏡の映像で覆い尽くされた
展示室

伊藤館長によると、「万華鏡はひとの右脳に働きかけ、気持ちを優しくしてくれる効果があると言われています。ストレス社会と言われる現代において、大人も子供も優しい気持ちになれてリラックスできる空間を提供しようということになったのです」と強調されていました。

こうした設立趣旨もあって、手に取って見てもらうという展示方法にこだわっているのです。「万華鏡は実際に中を見てこそ面白さがわかるものです。より詳しい仕組みや扱い方については、ボランティアの方が中心となって説明させて頂いております」。開館時から関わったとはいえ、この仕事をはじめてまだ日の浅い伊藤さんは、すっかり万華鏡の虜になっていました。

江戸時代に渡来し流行との記述


2003年の世界大会で
日本人で初めて
準グランプリを獲得した
山見浩司氏の作品「舞妓」と、
舞妓さんたち

万華鏡のことを調べてみました。万華鏡は約200年前の1816年、スコットランド生まれの物理学者デーヴィッド・ブリュースターが、灯台の明かりを遠くまで見えるようにと、鏡の組み合わせなど工夫を凝らせていて発明したとされています。瞬く間に世界中に広まったのです。

日本にも早々と1819年に渡来したとの記載が、古文書に残っています。『摂陽奇観』によると「此頃 紅毛渡リ更沙(さらさ)目鏡流行 大坂にて贋物多く製す」とあり、19世紀初頭に早くも流布していたとは驚きです。明治以降、「百色眼鏡(ひゃくいろめがね)」「万華鏡(ばんかきょう)」「錦眼鏡」などと呼ばれ流行し、その後昭和に入って、子どものおもちゃとして普及した経緯があります。

1980年代に、息子を事故で亡くしたアメリカの女性、コージー・ベーカーさんが万華鏡で悲しみが癒されたこともあって、万華鏡の見直し運動を始めます。現在も万華鏡は婦人科、小児科等病院で痛みや癒しの用具として使われたり、ホスピス等での痛みの緩和にも使われるようにもなったそうです。

コージーさんらの取り組みで、万華鏡は1990年代に作家たちによる芸術へ変身を遂げたのでした。日本でも万華鏡制作が浸透し、ガラス工芸分野のみならず伝統工芸の技を持つ人も関わるようになり、創造的な作品が作られるようになったのです。


京都らしい万華鏡として「舞妓」と共に
人気の山見浩司氏の作品「金閣寺」と内部

万華鏡に興味を抱いた私の元へ、伊藤館長から1冊の本が届けられました。その名も『万華鏡の本』です。著者は大熊進一・日本万華鏡博物館館長です。大熊さんは元々、私と同じ新聞記者をしており、雑誌編集に関わっています。1990年にハワイ・マウイ島のみやげ物屋で万華鏡を手にして以来、いつの間にやら日本一のコレクターになっていたと言います。
そしてアメリカの万華鏡愛好団体に入会し、日本万華鏡倶楽部を結成します。さらに1998年9月、世界で一番小さく、日本で初めての「日本万華鏡博物館」を東京・渋谷の自宅マンションにオープンさせたのです。ユニークさが話題になり当時、新聞やテレビの取材が殺到したのでした。

現在では約1700点も所蔵しています。大熊館長は1997年11月に掲載された朝日新聞で、万華鏡の魅力について「科学とアートとおもちゃの楽しさが同居し、作り手の自由な発想がいくらでも生かせるところ」と話しています。


「暁光」外観と内部

京都万華鏡ミュージアムの投影式万華鏡を制作し、『万華鏡の本』にも紹介されている作家の依田夫妻は定年後に夫妻で出来る趣味として始めたのでした。今では日本を代表する万華鏡作家ですが、春夏秋冬をイメージした映像の色彩とオルゴールの音を加味し、永遠の命を表現した『永遠の生命』や、日本人の刻(とき)の感覚を表現した『タイム―優しい時間』などを発表しています。
 
アート作品へ進化、各地に博物館

万華鏡と言えば、一人の世界的な現代美術の中国人アーティストが思い浮かびます。蔡國強さんは、花火を使う芸術家で有名です。2001年の10月に上海で開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の記念イベントとして、中国政府が国家威信をかけた一大プロジェクトを挙行しました。日本円にして4億円とも5億円ともいわれ、大都市化の進む上海を舞台に、23の建物を仕掛け花火で結び、コンピュータ点火によって夜空に巨龍を描くという大がかりなものでした。


「縄文の夢」外観と内部


さらに花火がベートーヴェンの『歓びの歌』を表現したり、400メートルのテレビ塔が火と水晶の塔になる壮大なプラン。わずか20分のスペクタクルに使用した花火は数十トン、爆発物が20万個を超えました。スタッフ600人、警備に5万人が当たったそうです。それをブッシュ大統領ら世界の首脳たちが見守ったのです。

その一大プロジェクトの2001年夏、大阪のあるプロジェクトスペースで「蔡國強の万華鏡展」が開かれたのでした。過去10年間のプロジェクトの記録写真をチップにして中に入れ、万華鏡が作られていました。筒を覗きながら、回転させてゆくと、過去の作品が遠い昔の出来事で、夢であったかのように、散ってはもどってくる仕組みです。


2005年世界大会で
グランプリに輝く。
依田夫妻の作品
「タイム―やさしい時間」
の内部
和時計を仕組んで
1日の光
(早朝→真昼→夕刻→夜中)
を表す。

当時、限定セットを販売していたのですが、買いそびれてしまいました。ところが昨年7月、大阪市内のホテルで開かれた「ART in DOJIMA」に1セット出品されていたのです。私は懐かしく手にとって、芸術のメモリアル作品を覗き、回転させたのでした。この時も買えたのですが、すでに10倍近くの値が付いていて断念しました。今になって主催者に確認すると、すでに販売済みになっていました。

東京の画廊で万華鏡のことが話題になり、京都のミュージアムのことを伝えると、その画廊主の知人にも万華鏡ミュージアムの館長がいるとのことでした。その直後に届いた封書の差出人は「伊豆高原アトリエ・ロッキー万華鏡館」の伊藤尭館長とありました。10年前に移住し、2000年から開設したそうです。

ここでは2006年10月に人間が入れる巨大万華鏡を制作しています。長さ13メートル、高さ3・5メートルの三角錐に表面反射鏡約80枚を組み合わせ、1分間に5回転させるそうです。スペース内を歩いて自分の姿を左右にみながら、先端の模様は4600億年後にしか見えないとのことです。スペース内を自分の姿を見ながら歩いていると、まるで宇宙遊泳のような感覚を味わえるといいます


ミュージアムショップでは、
300円台〜5万円台までの
土産用の万華鏡を販売

知れば知るほど奥が深く多様な万華鏡世界。京都万華鏡ミュージアムの伊藤館長にこれからの可能性や抱負を聞いてみました。「万華鏡は単に覗くおもちゃとしてではなく、世界に一つ自分だけの作品を作る楽しみもあります。さらにアートとしても可能性があり、何より人の心を癒す力を持っています」

なお京都万華鏡ミュージアムは、午前10時から午後6時まで(入館は午後5時半、月曜日定休)。詳しくはホームページ又は電話で確認してください。 手作り万華鏡教室やワークショップなども行われています。

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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