コロー、モディリアーニ、そしてシャガール

2008年7月5日号

白鳥正夫


「コロー展」開幕で
高円宮妃殿下が
ご来席されての
テープカット

人は一生の間にどれほどの本を読むことが出来るのだろうかと考えたことがあります。と同時に、どのぐらいの絵画を見ることができるのでしょうか。名著を読むにはそれなりの時間を要しますが、名画を見るにはそれほどの時間がかかりません。この半月でコロー、モディリアーニ、そしてシャガールの展覧会を鑑賞しました。いずれも一時代を画した巨匠たちです。一見して存在感のある表現に満ち溢れています。どこかで何度か見たことのある巨匠の作品をまとめて見る機会があることは幸せなことです。名著1冊を読み終えたような満足感がありました。

ルーヴル所蔵のコロー三大名画


「真珠の女」 
(C) Photo:RMN/
distributed by DNPAC

「コロー 光と追憶の変奏曲」展は8月31日まで東京の国立西洋美術館で開催中です。この後、9月13日から12月7日まで神戸市立博物館に巡回します。カミーユ・コロー(1796−1875)の作品は、ひろしま美術館や大原美術館などで目にしていました。詩的な風景画や物思いに耽る女性を描いた作品は写実的で気品にあふれていました。近くから遠くから眺めうっとりしたものです。イタリア旅行で外光のもとで描くことの重要性を認識した画家といわれ、ルノアールやピサロ、モリゾらの印象派の画家たちに影響を与えたことでも知られています。 

今回の展覧会には、ルーヴル美術館のコレクションを中心にニューヨーク、ボストン、アムステルダム、ロンドン、フィレンツェなどから集めた油彩画の傑作約80点が出品されています。豊富な展示でコロー作品の全体像を描き出すとともに、モネやシスレー、ルノアールら他の作品を比較展示し、コローによって感化された19世紀末から20世紀初頭の大きな芸術潮流を探る画期的な構成になっています。

なかでもルーヴル美術館からコローのモナ・リザと称される「真珠の女」が日本で初公開されているのをはじめ「モルトフォンテーヌの想い出」、「青い服の婦人」の三大名画が展示されています。

「真珠の女」(1858−68年)は、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」を意識してか、女性の上半身をほぼ同じようなサイズで描き、やや斜めを向いたモデルの姿や右手を上にして組まれた両腕など類似のポーズを取っています。コローが死去するまで手放さず客間に飾っていたそうで、画家自身が非常にお気に入りの一作だったことがうかがえます。


モルトフォンテーヌの想い出
(C) Photo: RMN/
Rene´-Gabriel Oje´da/
d istributed by DNPAC

青い服の婦人
(C) Photo: RMN/
Herve´ Lewandowski /
distributed by DNPAC

「モルトフォンテーヌの想い出」(1864年)は、パリから北方30キロほど離れた庭園の靄に包まれた風景を抒情的に描いています。サロンで発表時には大好評を博し、皇帝ナポレオン3世により政府が買い上げた作品として知られています。画面右下では若い女性と子供らが、大地から摘んだ花を、朽ちかけた木に飾っています。一方、画面右には枝葉の茂る大きな木が描かれ、生と死を対比的に捉えているかのようです。コロー独特の灰色を帯びた鈍い光の表現は幻想性を感じさせます。


ドゥエの鐘楼(1871年)
ルーヴル美術館蔵
(C) Photo: RMN/
Jean-Gilles Berizzi/
distributed  
by DNPAC

「青い服の婦人」(1874年)は、1900年のパリ万博で公開され人物画家として賛辞を送られたと解説されています。夜会服を身にまとった女性がピアノか小さなテーブルにもたれかかり、右手を頬にあて、左手に持った扇子は垂れ下がり、何より女性の表情は憂いに満ちています。画面を支配する青の色調が印象に残ります。死の数ヵ月前の78歳の時に描かれたとは信じがたい傑作です。

この展覧会では、コローの主要作品に魅了されるだけでなく、後世の芸術家たちの作品と比較展示しているのも興味深いものがあります。第3章の「パノラマ風景と遠近法的風景」や第4章の「樹木のカーテン、舞台の幕」のコーナーです。高所から見た大地の広がりや線的遠近法で描いた街並み、城や大聖堂などモニュメンタルな建物を遠くに見た眺望図など様々なコローの風景画を紹介し、シスレーやルノワール、ドランらの作品にどのように引継がれているかを解説しています。

一方で、コローの風景画を自然がもらす印象と画家の想像力とが渾然となって視覚的な演出を巧みにほどこした劇場空間と見立てることができます。木立を描いたコローの作品は、その主役としての一本の樹木を前景に、道や川、山などを後景にした演劇的な効果でも、ピサロやゴーガン、モネらの作品にも表現されていると指摘しています。

モディリアーニの変遷をたどる


肖像画が並んで展示された
モディリアーニ会場

「モディリアーニ展」は、東京の国立新美術館に続いて7月1日から大阪の国立国際美術館で開催中です。アメデオ・モディリアーニ(1884−1920)は、わずか35年の生涯でしたがエコール・ド・パリを代表する画家として知られています。同時期に別の「アメデオ・モディリアーニ展」が姫路市立美術館で開催中で、昨年2月に国立国際美術館で開かれた「夢の美術館 大阪コレクションズ展」にもモディリアーニの「髪をほどいた横たわる裸婦」(1917年、大阪市立近代美術館建設準備室所蔵)が特別出品され注目を集めたばかりです。

モディリアーニは当初、彫刻家を目指していたが、1914年に健康上の理由から断念。以降は絵画制作に打ち込む。全油彩作品がわずか400点に過ぎないと言われるモディリアーニの展覧会としては世界10カ国以上から油彩・素描約150点を集め過去最大規模の回顧展となっています。とりわけモディリアーニが関心を寄せていた簡潔で素朴な造形のプリミティヴィスム(原始美術)の影響を示す「カリアティッド」(古代ギリシャ建築の梁を支える女性像の柱)の作品群から独自の様式を確立した肖像画まで幅広い作品を展示しています。


「カリアティッド」
(1913年 個人蔵)

会場構成は4章に分かれ、壁面の色を変えて展示していました。イタリアに生まれたモディリアーニがフィレンツェやヴェネツィアで学んだ後、1906年に21歳でパリにやってきてからの芸術家としての変遷をたどっています。

第1章はイタリアで学んだ古典的な技法と、パリでのプリミティヴィスムとの出合いの模索を、第2章ではプリミティヴィスム美術への関心を決定づけ、彫刻の下絵としてカリアティッドをモティーフにした素描を手がけていますが、その時代の作品を数多く並べています。

第3章になると、持病の結核が悪化し、重い石彫を扱う彫刻を断念したモディリアーニが身近な人物をモデルにして、首から上をクローズアップした肖像画をプリミティヴの手法で試みます。そして最後の第4章では首をかしげたトーテム風の独自の肖像画への道筋をオンパレードで見せてくれます。

主な展示作品では「カリアティッド」(1913年、個人蔵)が目を引きました。女性の身体を青の線で大胆に描いたものですが、この時代は彫刻の下絵としてこの種の作品を何枚も描いています。

「赤毛の若い娘(ジャンヌ・エビュテルヌ)」(1918年、個人蔵)は、タイトル通り伴侶のジャンヌをモデルにしていたのかは不明ですが、見る者を包み込むようなまなざしと口元の微笑が印象的です。「ジャンヌ・エビュテルヌ」(1918年、個人蔵)は、療養のため南仏のニースに滞在した時に描かれたとされています。高く結い上げた髪を強調したためか珍しく横向きのポーズをとらえています。


「C.D.夫人」
( 1916年頃 
ポーラ美術館)

「赤毛の若い娘
(ジャンヌ・
エビュテルヌ)」
(1918年 個人蔵)

「ジャンヌ・
エビュテルヌ」
(1918年 個人蔵)


22歳の時にパリの異邦人となったモディリアーニは、野心と希望に溢れた無名の前衛画家が集まった「エコール・ド・パリ」で、キスリング、シャガール、藤田嗣治、そしてピカソらと、毎晩のように酒を酌み交わしたのでした。そして良き伴侶となる19歳の画学生ジャンヌ・エビュテルヌとデッサン教室で出会い、短い生涯を燃焼し尽くしたのでした。

この展覧会の監修者のマルク・レステリーニさんは「当時は不治の病とされた結核を15歳の時から患い、その病をおして以後20年も奇跡的に生きながらえ、そうして死と闘った経験から神秘的とも思える造形を模索し、さらにプリミティヴィスムを探求した画家としての深さを読み取ってほしい」とメッセージしています。

シャガールの詩を添え物語構成


周囲の環境と調和した
ポーラ美術館

「シャガール 私の物語」展(9月7日まで)は、旅先の箱根のポーラ美術館で鑑賞しました。マルク・シャガール(1887−1985)は、ロシア出身ですが、長い生涯の大部分をフランスで過ごし活躍しています。生誕120年にあたる昨年、「色彩のファンタジー シャガール展 写真家イジスの撮ったシャガール」が上野の森美術館で開催されるなど、各地でシャガール展が開催されました。

シャガールは1922年から版画の制作を始め、約2000点にも及ぶ作品を残しています。はじめは銅版画を中心に取り組んでいましたが、第二次世界大戦後リトグラフに専念し、鮮やかな色彩の作品を次々と生み出しました。版画作品ということもあって高知県立美術館をはじめ多くの美術館が所蔵しており、しばしば作品に接してきました。

ポーラ美術館は、「箱根の自然と美術の共生」をコンセプトに2002年9月にオープンしています。いつか訪れたいと願っていましたが、上京時に足を延ばしました。建物は周囲の環境との調和を図り、展示室を地下に置き、光ファイバー照明を採用していました。

この展覧会は、シャガールの残した言葉を手がかりに、収蔵するシャガールの全作品を紹介しています。ほぼ一世紀を生きたシャガールは、豊麗な色彩で幻想的な世界を描き出すだけでなく、素朴で温かな言葉で詩を謳っており、展示構成を人生や愛をテーマに喜びと悲哀、そして人間愛あふれる物語に仕立てています。


「私と村」
(1923−1924年頃)
(C) ADAGP, Paris & SPDA,
Tokyo, 2007

西洋絵画の巨匠展としては、「ルノワール+ルノワール展」が京都国立近代美術館で7月21日まで、英国ヴィクトリア朝絵画の「ミレイ展」が北九州市立美術館で8月17日までそれぞれ開催されています。さらに待望の「フェルメール展」が8月2日から12月14日まで東京都美術館で開催されます。生涯で30数点しか残さなかったフェルメール作品のうち、7点が出品されます。

今回、取り上げた3巨匠は三者三様に芸術創造の道を探求していました。写実性の極地を極めたコロー、肖像画に新境地を拓いたモデリィアーニ、幻想的な世界観を樹立したシャガールは、絵画世界の可能性を展開していました。名画に酔い、至福の時を過ごす企画展の機会は、最大限に生かしたいものです。

 

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
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第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
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無常のわかる年代の、あなたへ
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定価:1,680円(税込)
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発行:梧桐書院
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アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
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定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
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定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

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三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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