飛鳥の美「国宝 法隆寺金堂展」

2008年6月20日号

白鳥正夫


国宝の法隆寺金堂

東京での「国宝薬師寺展」が79万4000人もの入場者がありました。今度は奈良で「国宝法隆寺金堂展」(7月21日まで、奈良国立博物館)が開催中です。法隆寺では金堂内の須弥壇を改修する機会に、日本最古の国宝四天王像など堂内の仏像や天蓋、台座、さらには金堂再現壁画も出開帳となったのです。薬師寺展では国宝の日光・月光両菩薩立像が初めて寺外でのペア展示の上、しかも光背を外し背面も見ることができました。法隆寺展も、国宝四天王像がそろって寺外に出るのが初めてです。普段は薄暗い堂内に安置されている貴重な仏像や壁画を間近にじっくり見ることのできるまたとない機会なのです。

最古の四天王像は初めて寺外に


法隆寺金堂内陣

開幕直後の日曜日午後、奈良国立博物館を訪ね、2時間かけて鑑賞しました。こうした国宝展は、会期末は大混雑するので避けた方か賢明です。奈良国立博物館には朝日新聞社の企画部時代、打ち合わせや借用・返却で何度も訪ねたことがあります。とりわけ仏教美術品の取り扱いには細心の注意が必要で、運送会社の梱包や開梱に収蔵庫で何時間も立ち会ったことが思い出されます。まして今回出品された国宝の四天王像は木彫だけに、移動も大変な苦労を伴ったことでしょう。

法隆寺と言えば聖徳太子が607年ごろ創建した、現存する世界最古の木造建築群を有しています。何しろ19棟の建物が国宝なのです。その中でも心臓部といえる金堂にスポットを当てた初めての展覧会という触れ込みです。それもそのはず堂内に居並ぶ仏像7体と天蓋、台座など国宝と重要文化財がそれぞれ8点ずつ、さらには周囲を取り囲む巨大な再現壁画12面が、会期中に奈良国立博物館展示室に引っ越しです。ご本尊の釈迦三尊像と薬師如来像は法隆寺境内の上御堂で拝観できることになっています。


展覧会場の奈良国立博物館

博物館の展示室中央に阿弥陀三尊像を安置し、国宝四天王像のうち右側に多聞天、左側に広目天、さらには木造の毘沙門天や吉祥天立像(6月29日まで展示)が居並ぶ仏教空間は圧巻です。なお持国天と増長天は7月1日からの展示となるそうです。やはり四天王像は超目玉の出展です。なにしろクスノキの一木を用いた木彫で古色の味わいがありました。ところどころに彩色の痕跡が認められます。

各像とも頭部に金銅製の透かし彫り宝冠と円形の光背を有し、両手に各種武器(広目天のみ筆と経巻)を持っています。後世の四天王はいずれも邪鬼を足元に踏みつけ、憤怒の形相でいかにも強靭な姿を表現していますが、この最古の四天王は力を秘めて静かな姿で立っているのが印象的でした。これらの像も、薬師寺の日光・月光両菩薩立像と同様に背後に回って鑑賞できます。仏の後ろ姿の美しさに時の経つのも忘れるほどでした。


展示会場に居並ぶ仏像

阿弥陀三尊像は寺内では西の間の本尊像でもありますが、光背裏に承徳年間(1097〜99)に盗難にあった像を再興したとする銘文が刻まれていると言います。作者は運慶の四男の康勝とされ、腹前で定印を結ぶ形が初めて採用されたと言う特徴があります。左脇侍の観音菩薩像は伝存してきましたが、右脇侍の勢至菩薩像はフランスのギメ美術館に所蔵されていて、展示品はレプリカとのことです。

この阿弥陀如来像の頭上を飾るのが重文の西の間天蓋です。木製で彩絵には天人像や唐草文様などが描かれています。カーテン風の襞と周囲に格子状の玉飾りがあり、会場床の照明の影も美しく見えました。さらに国宝釈迦三尊像台座は、三尊像光背の銘文から推古31年(623年)とほぼ同時期とみられています。上下二段の台座には剥落しているものの飛天などの絵画表現が施されています。


四天王像(広目天)法隆寺蔵

四天王像(多聞天)法隆寺蔵

昭和の巨匠が心血注ぎ壁画再現


阿弥陀三尊像 法隆寺蔵

今回の展覧会でもう一つ特筆できるのは金堂内陣旧壁画の「飛天図」1面と12面の再現壁画です。「飛天図」は縦71.5、横136センチで、土壁に着色されています。手に散華供養の花皿をかかげた天人が2体並んで雲間を飛ぶ様子が描かれています。金堂内の壁画は1949年1月26日未明、不慮の失火で焼損したのですが、20面の「飛天図」は解体修理のため食堂(じきどう)に収納され難を逃れたのでした。

焼損壁画については、世界遺産条約登録・金堂修復40周年記念として1994年11月に「法隆寺 焼損金堂・壁画と国宝食堂特別公開」が開催されました。ただし1日500人、期間中1万人限定で現地鑑賞ができたのでした。「飛天図」以外の壁画は彩色から墨画化した痛ましい姿で展示されていたことが強烈に蘇りました。

当時の様子を伝える『法隆寺 金堂壁画』(朝日新聞社編)をあらためて見直しました。火災当時の800−1000度の高温と消火作業のため、ほとんどが見る影もなく焼けただれ、細かく粉砕されてしまいました。その中で第1号壁の「釈迦浄土図」は幸いに輪郭が残りました。中尊の眉や眼、鼻が白く浮きだって見えたのは、朱色の隈が揮発し白土の下地が露呈されたためと解説されています。


金堂西の間天蓋 法隆寺蔵

この大惨事を契機に文化財保護が叫ばれ文化財保護法が1950年に成立するとともに、1960年代になって壁画再現の機運が高まったのでした。朝日新聞社などの呼びかけで安田靭彦、前田青尊邨、橋本明治、吉岡堅二の4氏をリーダーに平山郁夫、大山忠作、岩橋英遠ら当時の日本美術界の巨匠・精鋭14人がチームを組んで取り組み、1967年に再現壁画を完成させたのでした。

この壮大な事業には当時、全国から募金し目標額の1億円を集め、14人の画家とが約40人の助手が専念し、制作時間は延べ12万時間に及んだといいます。制作に当たっては、便利堂(京都)が1935年に撮影した原寸大のコロタイプ版写真を紙に焼き付けて下絵とし彩色したのでした。

1967年から着手された再現事業は開眼法要までを記録映画として撮影されたのでした。今回の展覧会に当たって調査したところ業務用ビデオがテレビ朝日映像に残っていたのが見つかり、会期中、奈良国立博物館で上映されています。映画は小笠原基生監督、岸田今日子ナレーションで、45分カラーです。


再現壁画に見入る観客

さて再現壁画の第3号壁は前田班の平山画伯筆です。平山画伯は「模写は原画に忠実に、自分の癖を出来るだけ押え、原画のもつ格調や内容を写しとることにあるが、忠実にと思えば細部にとらわれ大切な内容や大きさや絵の動きを失う。(中略)種々と無駄な試みを経ての結果としてここに至った。その過程が法隆寺壁画に対する私の祈りに通ずればと思う」と、報告しているのです。

再現壁画は法隆寺に行けば見ることができますが、寺外での公開は12年ぶりとのことです。博物館内で間近に目にする壁画は、昭和の日本画壇の巨匠たちが心血を注いで完成しているだけに見ごたえ十分です。

連綿と伝えられてきた古代文化


飛天図(金堂内陣旧壁画)
第18号壁 法隆寺蔵

法隆寺と言えば、一人の作家のことを触れておきたいと思います。1992年に赴任先の石川県で出会い、その後もしばしばお会いしている立松和平さんです。立松さんは10数年前から、正月に法隆寺金堂の修正会(しゅうしょうえ)の行に加わっているのです。その法会は1300年以上前から続いており「連鎖を保つことが法灯を灯すことである」と、自著にも記しています。

そんな立松さんは一方、知床に山荘を建て毎年通っていますが、土地の人たちの要望で毘沙門堂などの建設にも関わっています。「金堂の中で毎朝礼拝していたのが、多聞天と毘沙門天でした。毘沙門天は北東の方角に置かれ、北方の守り神なんです」と話されていました。その後、知床では聖徳太子堂や観音堂も建立され、毎年6月最後の日曜日にお祀りをしているのです。

この展覧会会期中の7月5日には奈良国立博物館講堂で「金堂は生きている」のテーマで講演されます。すでに200人の聴講募集が締め切られています。


法隆寺金堂再現壁画 
第10号壁「薬師浄土図」
前田青邨・守屋多々志筆 法隆寺蔵

このほか公開講座として、6月28日=「法隆寺金堂の金石文と聖徳太子」(東野治之・奈良大学教授)、7月12日=法隆寺金堂の四天王像の諸問題」(岩田茂樹・奈良国立博物館学芸部長補佐)、7月19日=「建築史からみる法隆寺金堂」(鈴木嘉吉・元奈良国立文化財研究所長)があります。いずれも200人が聴講無料で、開場の午後1時から講堂前で整理券を配布するとのことです。

飛鳥時代に花開いた古代文化は法隆寺に凝縮されるといっても過言ではないと思います。日本最古の木造建築で、日本で最初に世界遺産になった法隆寺は、その建物だけでなく、仏教美術の宝庫でもあります。この展覧会の意義について法隆寺の大野玄妙管長は朝日新聞に次のような一文を寄せています。

奈良は古代に発展し、中世に復古主義ともいえる美術界の動向があった。その代表が阿弥陀如来像を生んだ康勝の父の運慶や快慶。そして、近現代は古代を再現・復元しようという動きだ。古代を見直し、その技術を可能な限り復元し伝承する。それが現代の役割。その努力の成果を、今回の展覧会で感じていただけるのではないか。


「法隆寺 焼損金堂・壁画」特別公開のチラシ

 


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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