宮廷と民衆と、対極の展覧会

2008年6月5日号

白鳥正夫


「ルーヴル美術館展」の
開幕テープカット

アートの多様さを物語る展覧会が神戸沿線で開催されています。権力の象徴としての宮廷生活を飾る華麗な芸術品の数々を展示しているのが「ルーヴル美術館展 フランス宮廷の美」(神戸市立博物館、7月6日まで)です。一方、権力に虐げられ民主化運動を反映した民衆の作品などを集めているのが「民衆の鼓動 韓国美術のリアリズム1945−2005」展(西宮市大谷記念美術館、6月29日まで)です。対極にある二つの展覧会は、展示品それぞれの特有の魅力と、歴史を想起させるメッセージ性がありました。

宮廷を彩ったルーヴルの工芸品

ルーヴル美術館展は日仏交流150周年を記念して開催されたもので、東京では「芸術都市 パリの100年展」(東京都美術館、7月6日まで)も開かれています。今回のルーヴル展には、18世紀のフランス宮廷でルイ15世の寵愛を受けたポンパドゥール侯爵夫人やルイ16世の王妃マリー=アントワネットらが特注したという装身具や調度品を中心に絵画・工芸品約140点が展示されています。

宮廷で使われた品々の多くは、フランス革命によって失われたといいます。こうした革命期の動乱をくぐり抜けて残された貴重なコレクションだけに、高価な材料と高い技術が惜しみなく用いられており、頂点を極めたフランスの美術工芸には、目を見張るばかりです。その選りすぐりの優品を紹介します。

会場構成は大きくルイ15世とルイ16世の時代に分けられ、まず15世の時代で「装飾への情熱」のコーナーに展示された「ヴィーナスの化粧」(1749年、油彩)は、「アモールの武器を取り上げるヴィーナス」とともにフランソワ・ブーシェ作で、大きさも同じで対をなす作品です。先に東京で見た「ウルビーノのヴィーナス展」の作品に劣らず美しく上品な作品です。こうした作品で飾られた部屋の優雅さを想像します。

「ディアナ像の飾り枠付き掛け時計」(1745−50年頃、ブロンズ・鍍金・エマイユ)も目に止まりました。作品解説によると、15世の治世下にもっとも活躍した時計職人の一人、バイヨンが文字盤とムーヴメントを手がけ、サン=ジェルマンが飾り枠を制作したとされています。大胆かつ繊細な逸品です。1969年に開催された「18世紀フランス美術展」(国立西洋美術館)に出品されて以来、約20年ぶりの来日とのことです。

「宮廷生活」のコーナーでは、ルイ15世が1730年代の後半から王妃とは別々に暮らし、公的な場を離れ、幾つかの宮殿で寵姫らとくつろぎの生活を過ごしたとされています。「ポンパドゥール侯爵夫人の肖像」(1750年頃、油彩)は夫人のお気に入りのブーシェ作です。ゆったりとしたクリーム色のドレスに身を纏った姿は、まさに王の心を射止めた気品が漂います。背後に書物や楽譜が描かれており、文芸や音楽などの教養に富んだ雰囲気を醸しています。


ヴェルサイユ宮殿美術館
から特別出品

「新しい趣味」のコーナーでは、円形装飾を施した数々の嗅ぎ煙草入れが出品されています。いずれも金や彫金細工で華麗に仕上げられ、蓋や側面にはヴィーナスなどが描かれています。また白鳥や噴水の装飾のある壷は有名なセーヴル製作所で作られたものです。豪華な置時計や掛け時計、脚付き家具など、洗練されたデザインにうっとりします。

ルイ16世の時代では「新古典主義」のコーナーには宮殿を飾った重厚な脚付き壷や「ドン・キホーテの物語の連作タペストリーなどが展示されています。そして終わりのコーナーが「最後の王妃」で、王妃マリー=アントワネットのゆかりの展示です。「狩猟服を着た王妃マリー=アントワネット」(1788年、油彩)はアドルフ=ウルリク・ヴェルトミュラーの作です。ポンパドゥール侯爵夫人とは異なり、背景は単色で狩猟服ということもあり、王妃らしからぬ肖像画です。しかしモデルを忠実に描いたとされ、悲劇の王妃をとても興味深く見ることができました。

もう一点、関心を引いたのが「マリー=アントワネットの旅行用携行品入れ」(1787−88年)です。フランス革命の直前に注文されたというだけあって、どこに移動してもお茶や食事が楽しめるように工夫されています。ティーポットにカップ、砂糖入れ、スプーンにナイフなど50以上の器具がコンパクトに収められています。銀器などにはマリー=アントワネットをあらわすMAの組み合わせ文字が施され、王妃の個人使用の特注品であることを示しています。

ルーヴル美術館には2004年6月に訪ねたことがあります。わずか3時間の鑑賞だっただけに、お目当ての「ミロのヴィーナス」と「モナ・リザ」に加え、ほとんどの時間を絵画に割くしかありませんでした。とりわけ宮廷文化に彩りを添えたタペストリーはぜひ見ておきたいと願っていただけに、無念な思いで美術館を後にしたのでした。それだけに今回の展示は美術工芸品を目にする貴重な機会でした。

民衆の表現息づく韓国現代美術


「解放」

一方、民衆の鼓動展は見て楽しむと言うより考えさせられる重い展覧会です。日本の美術界は西洋アート偏重といっても過言ではなく、韓国の現代美術に触れる機会は極めて少ないのです。今回の展覧会は、日本の支配から解放された1945年以後、民主化運動や高度経済成長でめまぐるしい変貌をとげた1980年代を中心に韓国国内の美術を体系的に紹介しています。

「民衆美術」と位置づけられる作品は、モダニズム絵画への反動という側面と同時に、その時代の政治や社会を反映した美術運動として表現されています。主催者によると、この「民衆美術」運動は、社会の現実や歴史と向き合う現代の韓国美術へと息づいていると強調しています。

展覧会初日に約2時間をかけてじっくり鑑賞しました。入館者は多くはなかったものの、熱心に見ている人が目立ちました。韓国国立現代美術館などが所蔵する100点余の作品はいずれも訴える力を持っています。その中から、各章ごとに印象に残った作品をいくつか紹介します。


「求職」

第1章の「民族美術の建設に向けて―韓国現代美術のもうひとつの流れ」では、欧米の美術思潮に流されることなく、韓国社会に根ざした美術を作り上げていこうとする動きの作品群です。「解放」(キム・マンスル、1947年)は、人体を縛る縄を切った人間の断固とした意志を表現したブロンズ作品です。35年間の日本の植民地政策から独立を得た民族の底力と忍耐を見事にとらえた記念碑的な力作といえます。

「求職」(イム・ウンシク、1953年)は、求職と大書した白い札を身体に巻きつけ、職を失った男性の見るからに、うつろな姿を近距離から撮っています。1950年起こった朝鮮戦争は、撮影されたこの年に休戦協定が成立していますが、貧しい民衆の暮らしを象徴的に浮き彫りにした写真ではないでしょうか。


「血涙6」

次の「民族美術の黎明期―『現実と発言』とその周辺」では、軍部独裁下に現実を追及することをタブー視される中でも作家たちは美術で抵抗の姿勢を表現したのでした。「血涙6」(ホン・ソンダム、1983年)は、1989年に作者が投獄されるまで光州民主化運動を50点に及ぶ連作で表現した版画の一点です。白と黒で政権の非条理を暴いた作品にリアリティーがあふれています。

第3章の「民族美術の成熟と移り変わり―小集団化と政治運動化」では、「拷問」(キム・ヨンス、1988年)が衝撃的です。黒覆面の男が女性を裸にして性器に鉄棒を突き刺すシーンで正視に耐えません。「グリーンヒル火災で22名の娘たちが死んだ」(キム・インスン、1988年)は、ドアを閉ざされた寮の火災の地獄絵と言えます。


「グリーンヒル火災で
22名の娘たちが死んだ」

この章では、南朝鮮の民主化や統一運動の指導者である文益煥牧師を取り上げた「ひとつになることのために」(イム・オクサン、1989年)は南北分断の鉄条網を飛び越える姿を浮彫りコラージュで表現した作品や「統一はすぐだ―文益煥」(チョン・ウォンチョル、1995年)は白髪と皺の顔ながら不屈の闘志を表現しています。

最終章の「民族美術・その後―現代に息づくリアリズム美術」では、1990年代以降の内外の政治・経済情勢の変化で民衆美術も変化しますが、なお社会の動きに敏感な芸術家の作品も息づいているのです。「韓国現代史―カプトリとカブスニ」(シン・ハクチョル、2002年)は、現代社会に蠢く群集の姿と超現実的な世界をデフォルメしています。美術館ではコーナーを活用して俯瞰できる展示方法を採っていました。

歴史を反映したアートの多様さ


文益煥牧師らを取り上げた展示

1997年9月、私は同僚や美術館の学芸員有志ら10人と、韓国で開催された国際美術展「光州ビエンナーレ」に出向きました。光州で2年に1度開催されている催しで「地球の余白」とのテーマでした。地球という空間は、人々により人為的に作られた境界や差別などから成り立っていると同時に、絶え間なく生成や変化していると規定。その複雑な現代社会にあって、芸術は余白を見いだし、その余白に意義を探ろうという趣旨なのです。  
地球を五つの要素に捉え、[水−速度][火−空間][木−混性][金−権力][土−生成]の展示構成。例えば[火−空間]の部屋では、世界24都市の生々しい生活の断面を写真やビデオなどで、臨場感あふれる見せ方をしていました。

とても理くつっぽい展覧会ですが、世界の芸術家たちの野心作があふれ、新しい美術の可能性を示唆するものでした。会場でもっとも驚いたのは、難解なこの展示スペースのどこへ行っても、多くの小中学生がいたことです。学校教育の一環として、期間中に何度も足を運び、体験学習させているといっていました。


コーナーをまたがっての
「韓国現代史―カプトリと
カブスニ」の展示

今回の展覧会を見て、韓国の民衆美術のすばらしさを再認識しました。と同時に、アートには歴史を直視し、時代を見据えてのメッセージ性に大きな意義があることも実感したのでした。美術教育にも熱心な韓国のアートは、今後も注目したいものです。

2004年6月にフランスを旅した際には、パリ郊外にあるベルサイユ宮殿にも足を延ばしました。アントワネットが王妃として暮らした宮殿と広い庭を2時間ほどかけて見学しました。現在、その宮殿をフランス革命前の姿に戻そうと改修工事が進められているとのことです。

アントワネットがフランス革命で断頭台に消えた同じ年の1793年にルーヴル美術館が開館しています。華やかだった王妃の悲劇をしのぶとともに、そうした歴史を踏まえての美術鑑賞にこそ、アートの興味は尽きないのです。

 
しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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