「癒しの空間」佐川美術館

2008年5月5日号

白鳥正夫


「着物の女」
(神戸市立小磯記念美術館)

2月初め、立ち寄った大阪市内の画廊で、仕上がり前の1枚のポスターを見ました。滋賀県守山市の佐川美術館で開催中の「小磯良平と佐藤忠良展−モデルへのまなざし−」(6月22日まで)のものでした。一瞬「こんな切り口もあったのだ」と納得したのでした。絵画と彫刻のジャンルを超え、二人の作品には共通点が感じられたからです。人物をモチーフにした表現にとどまらず、何より共に気品のある作風に類似性を思い浮かべたのでした。当サイトでは2年前に佐川美術館のことを取り上げましたが、平山郁夫館と佐藤忠良館に加え、新たに樂吉左衞門館も加わりました。開館10周年記念の企画展を中心に、見事なまでの「癒しの空間」を形づくった同館についてあらためて紹介します。

佐藤忠良と小磯良平の二人展


「練習場の踊り子達」
(東京国立近代美術館)

冒頭に書いた画廊は大阪市内・淀屋橋のギャラリー新居です。代表の新居紘一さんとは古くからの知人ですが、佐藤忠良さんの作品を佐川美術館が収蔵する際に貢献されたこともあって、現在は同館の評議員をされていて、展覧会企画などについても関わっています。その新居さんが「小磯さんの作品と並べ展示するのは、佐藤先生の長年の念願でした。ぜひ見に行ってください」と、いち早くポスターのデザインを見せていただいたのでした。

その直後、トランクルームにおいてある段ボール箱を整理していたら、梅田画廊が出していた美術冊子「木」(41号、1989年)に「小磯良平先生追悼号」が特集されているのを見つけたのでした。その中に「小磯さん、有難うございました」と題した佐藤さんの一文が寄せられていました。文章に次のようなエピソードが綴られていたのでした。

運動体としての意気込みも手伝って、議論が延々と続く。そんなときでも、途中で小磯さんが口をはさむという場面は稀れだった。しかし、議論が白熱して纏りのつかなくなった頃、ポツリと静かに発せられる小磯さんの一語でみごとにおさまることがあったが、あの正確な素描を言葉にして見せられた思いがしたものである。


「コスチューム」
(大阪市立近代美術館
建設準備室)

この文章で分かるように二人の芸術家には出会いと交流の場があったのでした。運動体とは当時の新制作派協会(新制作協会)のことで、帝国美術院を脱退した小磯さんをはじめ猪熊弦一郎さんら新進気鋭の作家9名が1936年に新たな集団を結成したことに始まったとされています。この団体は絵画部のみの設立でしたが、3年後に佐藤さんら7名が彫刻部を設立し、現在ではスペースデザインの三部門で形成されているということです。
佐藤さんは東京美術学校卒業の年のことで、絵画と彫刻という分野の違いはあったものの、具象作家の同志が議論し刺激しあったことは、追悼文からも察知できます。とりわけ佐藤さんにとって9歳年上の小磯さんの存在は大きかったようです。

小磯さんの35歳の作「練習場の踊り子達」や38歳の作「斉唱」(兵庫県立美術館)などに深い感銘を受けたようです。後年、「小磯良平の回顧展」(2002年)の図録で「若い男女たちのひたむきな表現姿勢と表情に深い抑制を与えている小磯芸術の姿勢が、もうこの若い時代に呼吸していたことを見せつけられた思いである」と、書きとどめています。

響き合う絵画と彫刻の作品


「少女像」
1940年 太陽画廊

二人の作品はこれまでも場所を変え何度も目にしていましたが、一堂に集めて見られるのは初めてであり、開幕前日の内覧会に駆けつけました。開会式に佐藤先生の姿が見ることができませんでした。しかし名代で出席されていた弟子の笹戸千津子さんは「96歳になりますが、なお制作を続けています。開会式に出席できませんでしたが、「念願がかない光栄です。どきどきします」と、二人展開催の感想を伝えられていました。

展示会場に入ると、小磯作品が並んでいます。入口正面に「椅子に寄る踊り子(少女像)」(1948年)を1点見せした後、「自画像」(1924年)があって、「和装婦人」(1926年)「肩掛けの女」(1929年)「着物の女」(1936年)「洋和服の二人」(1933年)が続きます。この時代、清潔感あふれるモダンな女性像は都市文化を象徴し、男性ならず美への憧れとして鑑賞者を魅了したことでしょう。

会場のメインとなる約23メートルの展示壁面の中央部には、瑞々しい「練習場の踊り子達」(1938年)「コスチューム」(1939年)「少女像」(1940年)など30歳代の代表作がずらり並びます。写実的な描写力に満ちたこれらの作品をみていると、心なごみます。

一方、佐藤作品は先輩の小磯作品を引き立てるような配置で展示されています。「ボタン」(1969年)「リカ・立像」(1983年)「ふざけっこ」(1964年)「カンカン帽」(1975年)などが点在して展示されています。いずれも洗練された写実表現でアピールします。

もちろん佐川美術館の中心的なコレクションなので、隣接の常設展示場には代表作「帽子・夏」(1972年)や「ジーパン」(1970年)など数多くの作品が林立しています。今回は特別に作家蔵の「アナウンサー」(1978年)「男もの」(1974年)や、ギャラリー新居の「フード」(1959年)「リンゴ」(1965年)など豊富な展示構成となっています。


「帽子・夏」
(佐川美術館)

「ジーパン」
(佐川美術館)

佐藤さんの作品に帽子などの小道具を使っているものが散見されますが、「ジーンズ」には「若い娘達がジーンズ姿で歩くのを見るたびに、硬い木綿と肉体とが織りなす皺の起伏が呼吸しているように見え、彫刻してみようと思った」と作者の言葉が添えられていました。

佐藤さんの「帽子・あぐら」と小磯さんの帽子をかぶった女性を描いた「人物」は、ともに1973年の作品です。この2点は展示場の個室に並べて展示されていますが、両作品が響き合うような典雅な空間になっていました。また「あぐら」と「描く婦人」も同じ1978年の作品で、向き合うように展示されています。


「アナウンサー」
(作家蔵)

「男もの」
(作家蔵)

平面と立体という異なる創作活動ですが、自分の家族や好みのモデルを選んで繰り返し作品を制作する姿勢にも共通点が見い出せます。これらの作品も比較できるように展示されていて、興味を引きます。共にモデルへのこだわりや、具象を追求した二人の作品が、シンフォニーを奏でる今回の二人展は、初めての試みとして味わい深いものがあります。

水面に浮かぶ茶室、展示室は地下

佐川美術館は琵琶湖東岸に位置していることもあって水面に浮かぶように建設されています。この敷地内に樂吉左衞門館が昨年秋に新設されました。その展示室は水面下に埋設され、茶室のみがヨシで被われた水面にぽっかり地上部に露出する設計になっています。樂さんの構想を基に、2年半の歳月をかけて設計・施工されとのことでした。


「帽子・あぐら」(左)と「人物」の展示(筆者撮影)

今年3月初めに開館記念展を鑑賞しました。展示室には2000年以降に作陶された「焼貫樂茶碗」をはじめ「黒樂茶碗」「焼黒茶入」「焼貫水指」などが、樂さんの「守破離」のコンセプトをもとに、格調高く展示されています。


家族らをモデルにした二人の展示

「守破離」とは、利休の残した言葉「守りつくして 破るとも 離るるとても 本をわするな」に則り、樂さんは、「守」もて習い、「破」もて新たに生ぜしめ、「離」に至って「守・破」をこえ、創造の道を究める。しかも至ってなお、「本」を忘れてはならないとの戒めての精神性を強調しています。

茶室も見学させていただきましたが、エントランスから地下廊下を通り、地下2階に降り立つと、ブラックコンクリートの壁面の吹き抜けの天井から地上の水底を通した光が注がれます。地下1階から枕木を敷き詰めた細長い空間を通り抜けると、突然ぽっかりと空いた円い空が望めます。コンクリートの壁を伝い落ちる水音が心地よく聞こえてきます。


水面に浮かぶ樂吉左衞門館茶室の外観

茶室は水面に沈めた小間と水面上の広間があり、広間からはヨシの水庭が広がり開放的な空間になっています。伝統的な茶室イメージを払拭させる新たな造形美を極めています。なお茶室見学は事前予約制で1日5回、各回10人限定となっています。所要時間は約30分で、学芸員らの解説付きです。申し込みは電話のみで、077−585−7806です。

さらに平山郁夫館では「平山郁夫とシルクロード 文明の十字路 −中央アジア・西アジア−」が6月29日まで開催中です。同館では平山作品を約300点も所蔵し、常時約60点を7つの部屋に展示しています。一番奥の展示室には「平和の祈り−サラエボ戦跡」が展示されています。平山さんは1986年、国連の平和親善大使として訪れたサラエボの町で、廃墟に立つ子供たちを描いています。


水面に浮かぶ茶室「俯仰軒」
以上、筆者撮影以外の写真は佐川美術館提供

会館10年を経た佐川美術館は琵琶湖をのぞむ美しい自然の中に立地し、日本を代表する絵画に彫刻、陶芸のコレクションを展示するユニークな館となったわけです。一つの館でジャンルの異なる展覧会を楽しむことが出来ます。それ以上に街中と日常を離れて、「癒しの空間」に身を置くことは、さらなる喜びであり、至福であることを感じました。

 

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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