学びの復権へ、「21世紀懐徳堂」オープン

2008年4月5日号

白鳥正夫


復元された重建懐徳堂
(大阪大学所蔵、
懐徳堂記念会
ホームページより)

適塾と並び江戸時代の大阪の学問所の懐徳堂にちなんで、大阪大学に4月から「21世紀懐徳堂」がオープンしました。大学では市民らに学びの場を提供し、社会と大学の交流事業「社学協同」を進めたい意向です。また江戸時代に商人の学問所だった「心学明誠舎」も、啓発活動を続けています。さらに5月には「平成の適塾」をめざすNPOの活動も発足します。大阪の地盤沈下が叫ばれるなか、東京の一極集中に拍車がかかっています。何も東京と競う必要がありませんが、大阪は江戸時代、庶民文化が花開き、学問の都だったのです。そうした歴史を振り返る時、「学びの復権」で大阪の活性化を図れないかと願いたいものです。

町人学者を輩出した懐徳堂


「21世紀懐徳堂」が
オープンしたイ号館
(以下、6枚の写真は、
大阪大学21世紀懐徳堂提供)

そもそも江戸時代の懐徳堂は、1724年(享保9年)に、三星屋武右衛門や道明寺屋吉左右衛門、舟橋屋四郎右衛門、備前屋吉兵衛、鴻池屋又四郎ら大坂の有力商人たちが出資し、三宅石庵を学主に迎えて大坂尼ヶ崎町(現在の大阪市中央区)に講舎を構えたのです。1726年(享保11年)には将軍徳川吉宗から奨励され敷地を拝領し、半官半民の学問所となったのでした。

石庵によって定められた規定によると、テキストを持たない人にも聴講を許可し、講義中でも所要がある時は自由に退席できることになっており、町人のために利用しやすくなっていたそうです。その教えの特色は、朱子学を基本としながらも諸学の長所を柔軟に取り入れる点にあります。こうした折衷的傾向は、自由で批判精神にみちた学風を形成していったのです。

塾生は武士から庶民まで幅広く、門下生に草間直方・富永仲基・山片蟠桃ら優れた町人学者を輩出したことでも知られています。しかし明治政府によって諸役免除などの特権を廃止され、1869年(明治2年)に一旦廃校となってしまいます。

ところが1912年(明治45年)に、懐徳堂の復興と顕彰を目的とした財団法人懐徳堂記念会が設立され、1916年(大正5年)には新しい「重建(ちょうけん)懐徳堂」が建設されたのです。大阪の文化大学として多くの市民に親しまれたのですが、1945年(昭和20年)の大阪大空襲によって焼失してしまいます。

幸いに焼失を免れた蔵書など3万6000点の資料は、1949年(昭和24年)に、大阪大学文学部の設立を機に、記念会から寄贈されたのでした。以後、大阪大学は記念会と協力して毎年春秋2回の懐徳堂講座をはじめ学術雑誌『懐徳』の刊行、懐徳堂文庫復刻叢書や懐徳堂ライブラリーの出版など各種事業を展開してきました。

こうした経過を踏まえ、大阪大学では、懐徳堂を同大の精神的源流と位置づけ、「21世紀懐徳堂」で、大学の知的財産を活用し、自立心旺盛だった浪速町人を彷彿させる市民文化の育成をめざすことになったのです。その提唱者が昨年文系教授として初めて第16代総長に就任した鷲田清一さんです。

 
除幕式が行われた「21世紀懐徳堂」。鷲田清一総長(右)と武田佐知子副学長)

市民と大学の知財をつなぐ

鷲田総長は哲学者として知られ、私も約30年前、大阪市の市民講座を受講した思い出があります。大学での難しい授業と異なり、ファッションやアート、風俗など身近なテーマをも視野に分かりやすく講義されました。それから時を経て、昨年来2度にわたって、再び講話を聴く機会に恵まれました。


各種講座や演劇などにも使える
多目的スタジオ

その一つが昨年10月に開かれた「おおさかふみんネット(生涯学習広域講座)」です。「学びの復権」の演題で、「大阪がもう一度、学問の都として活気を取り戻すにはどうすればいいのか。地域社会の中で、これからの大学の果たすべき役割や使命について」熱っぽく語られたのでした。とりわけ「懐徳堂精神」を継承し、対話を通じ市民に開かれた大学の必要性と、市民らの参画を呼びかけたのでした。

もう一つが先月、大阪21世紀協会の交流サロン「21cafe」です。ゲストに招かれた鷲田総長は「大阪スタイル」と題して、ここでも「21世紀懐徳堂」への思いを語られたのでした。

まず大阪大学の独自性として「阪大スタイル」について、東大や京大と違って信用できる人を育て、市民社会への貢献を強調し、「大阪スタイル」として、本当に大事なものは、自分たちで寄付してつくるという「気前の良さ」と、笑いや食より「学芸」は、大阪がもともと持っているスタイルで、18世紀の懐徳堂や適塾など、日本で一番レベルの高い学問所が商人の出資で作られていたことを力説されました。

ところで「21cafe」は、大阪21世紀協会が昨年5月にスタートさせた事業で、大阪人の自由闊達な心意気を現代に受け継ぐ交流サロンとして、大阪で様々な文化的活動に携わる人たちがリラックスしたカフェ空間に集い、情報を交換することで、そこから自然なかたちで新しいアイデアやコラボレーションが生まれればとの趣旨で、講師を招き随時開催しています。

 
市民の方が交流できるコミュニケーションギャラリー

その大阪21世紀協会が発行している情報誌『OSAKA 文化力』の最新101号の表紙には大阪大学理事・副学長の武田佐知子さんが登場しています。そして「大阪文化考」のコーナーに、大阪ルネッサンスのさきがけ「21世紀懐徳堂」がめざすものの見出しでインタビューに答えています。

この中で、武田さんは「江戸時代から大坂の人々には、金儲けの手段としてではなく、純粋な知的好奇心による学問探求の気概がありました。これが懐徳堂や適塾を生み、近世日本の知財を結集して素晴しい人材を輩出してきました」と唱えます。

そして「大坂は、たこ焼きと笑いと儲かりまっか、だなんていつ誰が言い出したことなんでしょうか。近世大坂の成熟した大人の文化は、知的好奇心の豊かな町人が育んで来たものなんです」と言及し「21世紀懐徳堂もその一助として、市民と大阪大学の知財をつなぐ媒体になりたいと思っています」と結んでいます。


大阪21世紀協会の
「21cafe」で話される
鷲田総長

武田さんとは昨年末に面識を得て、何度か懇談することが出来ました。「21世紀懐徳堂」の具体的な活動についてお聞きしました。武田さんは「大阪大学にはすでに社会貢献の拠点として中之島センターがありますが、さらに他施設も活用し都心部でも市民らと対話を図り、サイエンスショップを通じ、知のボルテージを上げ、大阪ルネッサンスの役割を担っていきたい」と意気込んでいます。

「21世紀懐徳堂」の施設は教養部のあった豊中キャンパスのイ号館の一階に設けられ、4月1日に鷲田総長や武田副学長らが出席して除幕式をしました。多目的スタジオやコミュニケーションギャラリー、研究室などを備え、各種市民講座をはじめ演劇や芸術活動など多彩な文化事業を支援していくことになっています。

心学明誠舎やNPOの活動も

一方、心学明誠舎は、懐徳堂創設から5年後の1729年(享保14年)に石田梅岩によって、商人としての生活体験に儒教や仏教、神道などの諸説を取り入れ、商業道徳の実践を説いたことに始まります。当時、梅岩の講義は無料で女性にも受講の道を開き、人気を博したのでした。石門心学として普及したのですが、明治維新の変革によって途絶えることになります。


大阪21世紀協会の
情報誌に掲載された
武田副学長の記事

しかしその心学精神は連綿と受け継がれ、戦後も住友がパトロンになっていたのですが、住友も東京へ本社を移し存亡の危機に立ちます。こうした窮状に大阪21世紀協会の堀井良殷理事長が「私たちの生きている世代でつぶしてはもったいない」と、復興運動をボランティアで立ち上がったのでした。

1905年(明治38年)に発足した社団法人心学明誠舎は現在、堀井さんが理事長を務め、創始から約220年経た今もなお活動を続けているのです。現在の舎員は約100人程度ですが、年数回のセミナーや講演をはじめ所蔵物展示、学習会などに取り組んでいます。セミナーにへの出席は自由で、問い合わせ先は06―6647―0150です。

堀井さんとは2006年10月に朝日カルチャーセンターの講座で「大阪復権へ関西から文化力」のテーマで対談したことがあります。その中で、堀井さんは石門心学に触れ「商売に精を出し儲けるだけでなく、心を磨かないと、人は幸せになれないというんです。心を磨くとは、人は何のために生きているかを突き詰めればいいと言うのです。人様のために何か尽くすと、その結果として自分にも良いことが、回り回って返ってくる教えです。まさに共生の思想です」と話されていました。


2007年3月に開かれた
心学セミナー
(心学明誠舎の大塚融理事提供)

こうした学問の系譜を活かし、時代を変革する実践者を育成することをめざすNPO法人「中之島SORIA」が、「中之島ソーシャルリバーフォーラム2008」の企画を進めています。その概要は「都市の未来・大学の未来・メディアの未来」とのテーマで、5月にフォーラムを計画しています。

実行委員長が塩川正十郎・元財務大臣で、実行委員に鷲田清一・大阪大学総長や安西祐一郎・東洋大学学長、杉原左右一・関西学院大学学長、安藤忠雄(交渉中)らに委嘱することになっています。さらに多彩な顔ぶれをパネリストに大阪大学中之島センターと佐治敬三記念ホールで「適塾・懐徳堂から学ぶ大学の未来」「大阪を元気にする街づくり」「ディアをめぐる諸問題」などのカリキュラムを展開すると言います。こちらの問い合わせ先は080−5537−9618です。

大阪の街の活性化が望まれる中、団塊世代の大量退職が進み、若い世代の個人主義が深まる現状もあります。今こそ地域社会の一員として、学びのコミュニケーションの活用が求められます。

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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