迫力満点の「縄文展」と「エミリー展」

2008年3月20日号

白鳥正夫


「縄文展」の内覧会で挨拶をする
兵庫陶芸美術館の乾由明館長

私たちの美術鑑賞は、ともすれば西洋絵画に偏重していませんか。とりわけルノワールやモネ、ゴッホら印象派の展覧会は繰り返し開催されても、盛況なのです。アートの世界も観客の需給に作用されるからです。そうした風潮の中、めったに見ることの出来ないユニークな、それでいて迫力満点の展覧会を関西で見ることが出来ます。一つが兵庫陶芸美術館で始まった「縄文 いにしえの造形と意匠」(〜6月1日、以下「縄文展」)で、素朴で荒削りな原始芸術の美に圧倒されます。もう一つが国立国際美術館で開催中の「エミリー・ウングワレー展」(〜4月13日、以下「エミリー展」)で、オーストラリア先住民族の天才画家の力強い芸術表現です。ともに西洋美術とは無縁な「アートの世界」を感じさせてくれます。

太古の造形、縄文土器265点


深鉢形土器〔火焔型土器〕

深鉢形土器
〔人体文様付有孔鍔付土器〕

壺形土器〔朱塗壺〕

「縄文展」は開幕前日の内覧会に訪ねました。開会式で挨拶された乾由明館長は、朝日新聞企画部時代に仕立てた「森陶岳展」で監修を引き受けていただいた経緯もあります。乾館長は「1万3000年前、日本人の作り出したモノづくりの始まりであり、やきものの原点が縄文土器です。それらを関西で初めて集大成する展覧会が実現しました」と強調されました。

乾館長が自慢するだけのことがあって、「縄文展」には全国34ヵ所から国宝2点と重要文化財177点を含む265点を集めています。会場は5章に分けられ構成されていました。まず第1章の「うつわのかたち−1万年のうつろい−」の最初の展示室に入るなり、ガラスケースに入れられ四方から鑑賞できる国宝の「深鉢形土器〔火焔型土器〕」(新潟県の笹山遺跡出土、十日町市博物館蔵)が目に飛び込んできます。高さ37センチ余りの土器ですが、その大胆で奇抜な造形に圧倒されました。  

第1章には、1万年前という気の遠くなるような縄文時代に、私たちの先祖が作った土器が並んでいます。主に東北から関東にかけての遺跡から出土しています。狩猟など自然と共生した生活のため、煮炊き用の器として作られた深鉢形の土器ですが、さまざまな文様が突起で装飾されています。当時の美的センスに驚かされます。会場内で乾館長も感嘆の声をもらしていました。

このコーナーでは、私たちが教科書で学んだことのある大森貝塚のから出土した土器を通じての研究の成果も展示されています。あのアメリカ人のエドワード・S・モースが発見した大森貝塚から約4000−3000年前といわれる縄文時代後期の深鉢形や浅鉢形、釣手形、注口形など形態の違った「うつわ」を見ることができます。  

第2章は「かたちの精華−躍動するうつわ」です。「深鉢形土器〔人体文様付有孔鍔付土器〕」(山梨県の鋳物師屋遺跡出土、南アルプス市教育委員会蔵)が目に止まりました。約5000−4000年前の縄文中期とされ重文指定の一品です。高さが54.8センチもある大きな土器に、三本指のなんともユーモラスな人体の文様が浮き彫りされています。用途はお酒を造るためか、口部に皮を張って太鼓にしたのか、との解説です。いやはや驚きの連続です。  

第3章は「さまざまなかたち−ひろがる創意と技術」です。「壺形土器〔朱塗壺〕」(青森県十和田市の川原遺跡出土、個人蔵)や、同じく重文の「注口形土器」(茨城県稲敷市の椎塚貝塚出土、財団法人辰馬考古資料館蔵)などは、実に洗練された作品です。これら1点だけ見せられると、どこかの古窯で焼かれたのかと思ってしまいますが、なんと約4000―2400年前の縄文時代晩期や縄文時代後期の作なのです。  

「いのりとかざり−縄文人の心象−」の第4章は土偶たちのオンパレードです。「土偶〔遮光器土偶〕」(青森県つがる市の亀ヶ岡遺跡出土、東京国立博物館蔵)もその一つですが、縄文時代晩期のやはり重文です。残念ながら左足が欠損していますが、身体には鮮やかな装飾が施されていて見飽きません。  

最後の第5章は「火焔土器のムラ−土器からみる縄文の幽景−」です。ここでは1996年から発掘調査の行われた新潟県の野首遺跡から大量に出土した火焔型土器など、口部に波打つような突起や、直線や曲線で装飾された土器を、縄文時代のムラのようにまとめて展示しています。

岡本太郎も魅了された意匠  


注口形土器

土偶〔遮光器土偶〕

ひと通り会場を回った後、担当の仁尾一人学芸員に、この展覧会の意図などを聞きました。「関西人にこれまでふれる機会の少なかった関東・甲信越・東北地域から出土した縄文土器や土偶などを紹介し、現代のわれわれからみても、斬新で独創的な力をもって迫ってくる縄文の造形と意匠を感じていただきたいと思い企画しました」と、明解に答えていただきました。

私も展覧会企画でいくつかのテーマ展を担当し全国各地から借用した経験がありますが、 それにしても、美術品であり考古学的に貴重な資料をよくぞ、これほど多く集めたものと感心しきりでした。

仁尾さんは、縄文の調査でJRの最寄り駅から40〜50分もバスに揺られて、土器が展示されている資料館に行ったことや約束の時間に間に合わなくなるため、途中からタクシーを乗り継いで行ったこと、積雪が残り雪が降る中での集荷作業などの苦労話をされていました。しかし「なかなか行く機会のない場所まで、縄文を訪ね歩いたことは収穫でした」と振り返っています。

会場の兵庫陶芸美術館は日本六古窯の一つに数えられる丹波焼の窯が点在する、文字通り「やきものの里」に、2005年10月にオープンしたのです。古陶磁器と現代の陶芸との出会いの場として、企画展はもちろん、地域と連携した活動をしています。初めて訪れた時、「E平焼 淡路が生んだ幻の名陶」を開催していました。その後、「縄文展」の前の「岡部嶺男展」も鑑賞しました。

この「岡部展」には、「青織部縄文瓶」はじめ「練込志野縄文花器」「古瀬戸灰釉縄文瓶」などが出品されていて、その奇抜な作風に見入ったのでした。ところが「縄文展」の図録で乾館長が、岡部嶺男(1919−90)の作品と出合って縄文土器に関心を寄せたと綴っています。「これほど激しく土が走り、形が動き、色が流れて、ダイナミックな迫力で眼と心を攪乱してやまないやきものに接したことは、あとにも先にも無かったからである」と表現されています。

縄文土器は、岡部だけでなく、戦後日本を代表する芸術家の岡本太郎(1911−96)にも多大な影響を与えたのです。1951年に東京国立博物館で縄文土器を目にした翌年、「四次元との対話 縄文土器論」を発表します。その中で縄文土器の魅力を次のように端的に伝えています。

激しく追いかぶさり重なり合って、隆起し、下降し旋廻する隆線紋。これでもかこれでもかと執拗に迫る緊張感。しかも純粋に透った神経の鋭さ。常々芸術の本質として超自然的激超を主張する私でさえ、思わず叫びたくなる凄みである。

80歳を過ぎてから驚異的な創作


国立国際美術館で開幕した
エミリー展の開会式

一方、「エミリー展」も2月末、内覧会で駆けつけました。事前にチラシは見ていましたが、正直言ってそれまで作家が女性であることも含め、まったく知りませんでした。世界的に認められた芸術家で、主要作品120余点を出品する日本で初めての展覧会との触れ込みに期待しました。

国立国際美術館の建畠晢館長が「アボリジニを代表する画家であると同時に、20世紀が生んだもっとも偉大な抽象画家の一人であるというべきでしょう。オーストラリア中央部の砂漠で生涯を送った彼女の絵画が示す驚くべき近代性は、西洋美術との接点がまったくなかったことを考えるなら、奇跡的にさえ思われます」と持ち上げているのです。そして音声ガイドでも自らの声で、冒頭に「願ってやまなかった展覧会である」ことを強調するなどの熱の入れようです。


「エミューの女」(1988−89)  以下、4枚の写真とも
National Gallery of Victoria, Melbourne(C)Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 07

図録などによると、エミリー・カーメ・ウングワレー(1910頃−96)は、オーストラリアの先住民であるアポリジニの出自で、中央部の砂漠地帯でその生涯を過ごしたと言います。儀礼のためのボディ・ペインティングや砂絵を描き続け、キャンパスを手がけたのは1988年で80歳を過ぎてからだそうです。

その後亡くなるまでのわずか8年の間に3000点とも4000点ともいわれる作品を残したというのですから、「天才」とか「奇跡」とかの表現もうなずけます。そして1990年以降はシドニー、メルボルン、ブリスベーンで個展が開催されるようになり、没後の97年にヴェネツィア・ビエンナーレのオーストラリア代表に選ばれ、98年にはオーストラリア国内を巡回する大回顧展が開催されたのです。

「エミリー展」の会場は、時系列に作品の主題を絡め構成されていました。初期の作品は点描や線のパターンが多用されています。やがて点描で覆われた大画面へと変化し、点は線による構成から網目状の線を覆い隠す表現となります。一見、模様でしかないと思われる作品には、先祖たちが旅した道のりや、植物の根の組織の生命力を象徴させた表現になっているのです


「カーメ(ヤムイモの種)」(1991)

「ビッグ・ヤム・ドリーミング」(1995)

ボディ・ペインティングに由来する作品や、色彩に傾倒した時期に描いた鮮やかなピンクやオレンジ、青などを配した作品などがコーナーごとに展開します。エミリーにとって最も重要なモチーフとなった「ヤムイモ−地中で育ち、地面につるを生やす食用の塊根−」をテーマにした作品群もあります。


「ビッグ・ヤム」(1996)


「エミリー展」の会場風景

エミリーの代表作とされる最晩年の長さ8メートルに及ぶ大作「ビッグ・ヤム・ドリーミング」(1995年)も、網目状のイメージが自生するヤムイモをモチーフにしていました。縄文の比ではなく、5万年以上の歴史を有するとされるアボリジニの世界観を抽象絵画に具現したエミリーの底知れぬ迫力に驚嘆しました。と同時にあらためて人間の創造する「アートの世界」の奥深さを思い知りました。

この展覧会を担当した中井康之学芸員は図録の中で「ドーミングという絵画」の表題でエミリー絵画を解説していますが、次のような一説があります。

ドリーミングとは、彼らの宇宙観や創生観を示すもとして説明されるが、一言でいえば、母なる大地、というようなものであろう。そして、すべてのもの、と何回も繰り返しているように、彼女の作品は、それら一つ一つを説明しているのでなく、すべてが有機的に関係して全体となるような何ものかを、彼女はその長い生涯の、最後の8年間に、絵画と呼ばれる方法によってその「すべてのもの」を表現することを実現したのである。

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
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定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
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定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
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定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
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定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

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