重厚な「ガンダーラとバーミヤン」展

2008年2月5日号

白鳥正夫


開会式のテープカット
手前が宮治昭館長

ガンダーラやバーミヤンと言えば、仏教文化が根づいた日本にとっても、なじみのある地名です。その名を冠し重厚な「ガンダーラ美術とバーミヤン遺跡展」が3月30日まで静岡県立美術館で開催中です。展覧会は福岡アジア美術館(4月10日―5月18日)と福井市美術館(5月28日―7月6日)にも巡回します。玄奘三蔵が辿ったシルクロードを10数回も旅をし、図らずもライフワークとなった私にとって待望の展覧会であり、昨年末の内覧会に馳せ参じてきました。年初には「世界遺産と生きる」のテーマでシンポジウムが東京であり、バーミヤン遺跡の保存への取り組みなどが報告されました。併せて紹介します。

仏立像ずらり、9章で展示構成


宮治館長の案内で内覧会

ガンダーラはパキスタンにあり、インドのマトゥラーと並んでほぼ1世紀に仏像発祥の地とされています。私は両地域を訪ね多くの仏像を目にしましたが、際立った違いがあります。赤色砂岩で逞しく肉感的なマトゥラーの仏像に比べ、ガンダーラの仏像は片岩を用いギリシャやローマ彫刻の影響を受けて写実的です。今回の展覧会には国内の各所に所蔵されている優品約110点を中心に写真や資料なども加え、9章からなる構成で展示されています。

まず第1章が「ガンダーラの仏陀像」です。展示室に入るなり、ずらり仏立像が居並んでいて壮観です。写真の「仏立像」(2世紀、阿含宗)は、右手を欠くものの等身大の見事な造形美です。彫りが深く顔立ちも美しく、石彫とは思えないほど法衣の襞の表現は巧みです。しばらく見とれてしまいました。「禅定印仏坐像」(3−4世紀)は、残念ながら円形の頭光をちょうど半分ほど欠損していますが、存在感があります。

第2章は「ガンダーラの菩薩像」で、多種多様な姿に造形されています。「交脚菩薩像」(2−3世紀、平山郁夫シルクロード美術館)は、髪を束ね、足首を交えて坐す独特な菩薩です。首輪や耳飾りなども身につけています。こうした交脚の像は敦煌の第275窟でも見ており、仏像の伝播を興味深く鑑賞しました。


「仏立像」
(以下7枚の写真は
静岡県立美術館提供)


「禅定印仏坐像」

「交脚菩薩像」

第3章の「仏説法像」で着目したのは「仏三尊像」(2−3世紀、阿含宗)です。仏陀を真ん中にして左右に観音と弥勒の両菩薩立像を配す大乗仏教の仏三尊像ですが、台座に年号と刻文が認められます。第4章は「仏伝図」です。「初転法輪」(2世紀、真如苑)は、サールナートにおいての釈尊の最初の説法を表す場面です。釈尊の台座には鹿野苑を示す2頭の鹿と説法を象徴する法輪が刻まれています。

ガンダーラは1−3世紀、北インドから中央アジアにかけて勢力を拡大したクシャーン朝の中心地として栄え、ローマとも盛んに交流しています。第5章の「ガンダーラの守護神・装飾」では、西洋文化と融けあった仏教美術が展示されています。「アトラス」(2−3世紀、平山郁夫シルクロード美術館)は、ギリシャ神話の巨人神アトラスを思わせる造形です。

第6章は「パキスタン・アフガニスタンのストゥッコ」に移ります。ストゥッコとは石灰に粘土を混ぜた漆喰で、両国国境に散在する寺院址などから数多く出土しています。ストゥッコ像は脆いこともあり「人物頭部」(4−5世紀、慈光寺)のような形で数多く残されています。笑みをたたえる唇に朱色が施されています。

第7章では「アフガニスタンの流出文化財」を取り上げています。章名と同じ展覧会で見た「ゼウス神像の左足」(前3世紀、流出文化財保護日本委員会)が出品されていました。都市遺跡のアイ・ハヌムの神殿址から発掘されたものです。

第8章の「バーミヤン遺跡」では、2001年3月、イスラム原理主義のタリバーン政権によって破壊された東西の大仏と石窟壁画の在りし日の姿を撮った写真などが展示されています。

最後の第9章は「西域の仏教美術」として、中国の新疆や敦煌からの大谷探検隊の収集品の中から「舎利容器」や「ドローナ像」、さらには龍谷大学古典籍デジタルアーカイブ研究センターのデジタル画像「燃灯仏授記」、平山郁夫画伯の水彩画なども出品されています。

「音楽デザイン」によるBGMも


「仏三尊像」

「初転法輪」

「アトラス」

「人物頭部」

今回の展覧会は、日本国内にあるガンダーラのコレクションを初めて集大成したものです。日本にこれだけ優品が所蔵されているのにも驚かされます。パキスタンとアフガニスタンの仏教美術は、インドをはじめ、ギリシャやローマ、ペルシャの諸文化が融合し成立したもので、シルクロードを経て中国、韓国を経て日本の仏教美術の源流となったとされており、質量とも豊富で見ごたえのある内容でした。

もう一つ、この展覧会には「音楽デザイン」が取り入れられています。各展示室を回ると、展示品のイメージに即して淡い音楽がBGMとして聞こえてきます。音楽家のタケカワユキヒデさんが監修した音楽で、ヴィーナ(竪琴の一種)、シタール、タンブーラ、DUDUK(現在はアルメニアに残る笛)などによって演奏されていて、会場の雰囲気を盛り上げています。

この展覧会を監修し陣頭指揮に当たったのが、宮治昭・静岡県立美術館館長です。もともと前職が名古屋大学教授でインド・中央アジア美術史を専攻しており仏教美術の専門家です。自ら企画し、展示品を調査・選定し、開催にこぎつけたのでした。

また宮治館長は1969年に派遣された名古屋大学のバーミヤン調査隊に参加し、両大仏の仏がん天井壁画などを現地で作図し、描き起し図を残しており、今回の展覧会に特別出品しています。爆破によってすでに破壊しており、図像の細部が分かる貴重な資料と言えます。

かつて私は1996年から4年がかりでシルクロードの仕事に携わり、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクトとして特別展「シルクロード 三蔵法師の道」を企画したことがあり、宮治教授に監修者の一人としてご協力いただいたのでした。その際はインドやウズベキスタンなどから展示品を借用しましたが、作品の選定や図録の執筆などをお願いした思い出があります。

私が関わっている「共生」と「文化財保護」をめざすミニコミ誌『トンボの眼』に、宮治館長は展覧会を紹介する一文を寄せていただきました。その中で、見どころを次のように書かれています。

仏教は原理主義とは対極の宗教だと思います。中心となる思想は「空」や「無我」であり、逆にそれゆえに、他に対し開かれており、異質なものを取り入れる力をもっていたのではないでしょうか。初めて仏像が誕生したのもガンダーラと見られます。ギリシア・ローマの彫刻技法が仏像の造形なって結実したガンダーラ仏はとりわけ魅力的です。(中略) 本展覧会が仏教を通しての文明の生成、文化の融合と発展について、想いを馳せていただく機会となれば何よりです。

東京では「世界遺産」のシンポ


「ゼウス神像の左足」

「西大仏」(爆破前)
(以下2枚の写真は
静岡県立美術館提供)


「東大仏」(爆破後)

一方、「世界遺産と生きる」シンポジウムは1月12日、上智大学と朝日新聞社が主催し、『トンボの眼』が協力して、上智大学で開催されました。主としてアンコールワットとバーミヤンの現状と日本が果たすべき役割も論議されました。

前田耕作・アフガニスタン文化研究所長は「バーミヤンの壮大な遺跡が爆破され、ユネスコは文化遺産保護運動を世界に要請しました。世界に衝撃を与えただけあって復興に多くの国が関心を寄せられたのです。まだ修復と保存のマスタープランが完成していませんが、時間をかけるのは悪くないと思います。国際社会の中で重要な役割を担っています。現地の人材を育てることも必要です」と訴えました。

バーミヤンでは現在、日本政府が資金援助をし、ユネスコの事業として、日本をはじめドイツ、イタリアが分担してバーミヤン遺跡の修復、保存事業を進めています。前田所長は2月24日、静岡県立美術館で「世界遺産バーミヤン仏教遺跡の今昔」と題して話されます。

また展覧開会期中、3月9日に山田明爾・龍谷大学名誉教授が「ほとけの道―ガンダーラからバーミヤンへ」、16日は宮治館長の「バーミヤンの仏教美術」と、写真家の菅沼隆二さんの「バーミヤン大仏の最後を撮る」、23日に山内和也・東京文化財研究所文化遺産国際協力センター地域環境研究室長が「バーミヤン遺跡保存の現在」と題して、それぞれ連続講演会が開かれます。

なお展覧会の方に話を戻しますが、会場では、現在進められている保存修復作業の様子や最新の成果を、写真・測量図・スケッチ図・パネルなども分かり易く資料展示されています。

内覧会には、橿原考古学研究所長の樋口隆康・京都大学名誉教授も駆けつけていて「バーミヤンには京都大学学術調査隊として参加しています。過去から現在、今後を考えさせる、とてもすばらしい展覧会ですよ」と感想をも話されていました。

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

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定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
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定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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