大発見なるか「大博研」活動

2004年3月20日号

白鳥正夫

  それは、通り過ぎるあなた次第ですよ
  私が墓場になるか 宝庫になるか、語るか沈黙するかは
  どちらにするかは、あなた自身が決めることです
  友よ 欲することなく、ここに入ってはいけません

 この文章は、フランス国立人類学博物館の入口の壁に掲げている銘文だそうです。もちろん原文はフランス語なのですが、英訳されたものを、元大阪市立自然史博物館長の千地万造さんが訳され、ある研究会で引用されました。要は「博物館へ何の目的もなく、何も求めず来てはだめですよ」ということです。このことは美術館にも適用される教訓だと思います。

あるべき博物館像を求めて

 さて、ある研究会とは、標題に掲げました「大博研」、つまり大阪市博物館施設研究会のことです。「これからの大阪市の施策としての博物館施策のあるべき姿を考えよう」との趣旨で、昨年3月に発足しました。大阪市内にある美術館など人文系をはじめ自然系や科学系の美術・博物館など25館のスタッフを中心に約100人が集まりました。そして今年2月には、それを上回る参加者で第2回の「大博研」が開かれました。
 「博物館って何だろう」。日ごろ展覧会企画に関わってきました私自身の原初的な問いかけでもあります。「大博研」は、大阪市の行政機構の管轄下にある施設に勤める学芸員らスタッフの自主的な問題意識から生まれたものです。私は今年もこの会合に出席しましたが、示唆に富む指摘が多く、大阪市に限らず、これからの博物館像を探る立場から、これまでの経過や研究会の内容を紹介させていただきます。

熱心に講演を聴く第2回「大博研」のメンバーら。
100人を超す参加者があり、盛況だった
(2004年2月16日、大阪市北区で)


 第1回の研究会で講師に招かれた千地さんは「大阪市博物館施策の経過と課題」について講演されました。その中で、今は存在しない大阪市立市民博物館(1919−1939)のことを触れました。この博物館は天王寺公園にあり、月2回は教育的な漫才や落語、浪曲を催し、市民の憩いの場であり、学校教育とも接点を持ち展示会も開かれていたそうです。しかし「市民博物館は集客施設であったが、本当の博物館ではなかった」のです。それは資料の収集保管や調査研究を伴っていなかったとの指摘です。

「集客が目的ではなく手段だ」

 美術・博物館を総称してミュージアムと呼ぶことにします。現在、日本博物館協会によれば国内に約3700館を数えます。これらは国・公立、財団法人が中心です。しかし企業や個人で運営している小さなミュージアムまで含めると、8000−10000館にのぼるとも言われています。数だけみれば充実していますが、質が伴わず、利用度も十分といえません。
 さらにミュージアムを取り巻く環境も大きく変化してきました。とりわけ国立美術・博物館の独立行政法人化、いわゆるエージェンシー化の問題です。東京国立博物館では貴重な仏像を保管する法隆寺宝物館をブランド化粧品会社の新作発表会会場として貸し出しました。また京都国立博物館では館のイメージとはほど遠い「スターウォーズ展」を2度にわたって開催しました。もちろん集客数向上だけを狙ったとは思いませんが、大いに議論されるべきテーマだと思います。
 先に「運営に苦しむ公立美術館」のことを書きましたが、行政当局の財政悪化で、民間委託を模索する自治体が現れたり、第三セクター方式の導入を検討したりと、運営に四苦八苦の状態です。財政が悪化すると、文化予算を削るのは大いに問題がありますが、こうした時代には、ミュージアムを地域社会の中でどのように位置付け、行政まかせではなく、市民がその負担を吸収できる環境を整えることが大切だと思います。
 第2回の会合では、大阪市立大学大学院助教授の橋爪紳也さんが「都市問題としての博物館のありかた」と題して講演されました。その中で、やはり「集客は目的ではなく、手段だ。動員数ではなく別の評価軸を」と力説されました。また、ミュージアムが都市の魅力をアピールする核になり、住民だけでなく、多くの来街者も都市の担い手になってほしいと説かれました。
 さらにミュージアムが都市イメージ形成のうえで資産となりうることも強調されました。その事例として、ロンドンやパリ、倉敷なども上げました。建設が大幅に遅れています大阪市の近代美術館もそうあってほしいと願います。

望まれる行政と市民の一体感

 研究会では、講師による研修だけでなく、縦割り行政の弊害を打破するため、参加した館の学芸員が実情報告をしたり、討論の場も設けられました。また懇親会もあり、ビールなどを飲み交わしながら率直に意見交換ができます。今後の研究会活動について、事務局ではメーリングリストによる日常的な情報交換を呼びかけています。

研究会を終え、ビール片手に和気あいあい懇談する学芸員たち

 ミュージアムは表面的に立派なハコであっても、中身が不十分で「冬の時代」とか「混迷の時代」とか言われております。それぞれの館がチエを絞ることも必要ですが、同じような立場の人たちが研修し合うこともは大切です。「大博研」のように自主的な活動で、館を支えるスタッフ同志の対話の中から、広がりや新しい企画の「大発見」につながることを期待したいものです。
 最後に再び千地さんが第1回に続き、第2回の懇親会でも披露された「あやつり人形」のエピソードを紹介させていただきます。チェコのプラハのカレル橋で大道芸人が巧みに人形を操っていた光景を目にし、カメラに収めたそうです。
 「人形の動作が見事で、むしろ人間が操られているように思った」と言います。後日、千地さんから私に写真が贈られてきました。なるほどその情景が思い浮かべられます。千地さんは「博物館をめぐる行政と市民の関係も、こうした一体感がのぞましのですが……」と、ほのめかしているのです。

千地万造さんが見事な大道芸に感心して撮った「あやつり人形」

次回は「なぜ開かれない藤田嗣治展」


しらとり・まさお
朝日新聞社大阪企画事業部企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から、現在に至る。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。


新刊
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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