なにわの詞(ことば)さがし
なにわことばのつどい 中井正明
“おこしやす”
用語を5ツもの順位(ランク)に分(わけ)得る大阪辯。その特徴を顕著に示す詞が、“お越しやす”。数ある挨拶用語の中でも奇麗な尊敬語だシテ、丁寧語はお出(い)でやす、同等語で、ヨォ来てくれた、命令語なら何の用や侮蔑語迄オマスし(省略)相手によって階層的なエゲツナイ使い分けが可能だス。共通語「いらっしゃい」は昔から町人の町大阪には無い言葉。古言入(はい)らせられい→入(い)らせあれ…と転訛した詞で元来武家社会の尊大な許可用語だすワ。入っても宜しいナンテ聞こえたら大阪者(モン)はチェッと思いマッセ!
明治中期、政府造語の共通語等(ナンゾ)沈香の如き上方詞に較(くら)ぶれば屁ェか鼈(すっぽん)みたいな物(モン)だスなぁー。船場界隈・瓦町には屋号“おこしやす”と宣(のたま)ふグリルも、ゴァンがな。語彙(ごい)が豊富な方言を皆(ミンナ)、がんがん使(ツコ)ォとくれやすしゃ!
“たんと”
聖戦や大東亜戦争と称して世界列強に挑んだ大日本の今世紀最後の大戦は見事に敗北〈親父らの世代だっけどネ〉。ユ45年夏進駐軍の占領後は太平洋戦争(パシフィックウォー)と公表された頃、戦災廃虚の焼け跡で殆ど空腹の国民が、飯の代わりに流行歌(はやりうた)を唄うた悲しい時代がございましたなぁ。その中に岡晴夫「大阪の花売り娘」……お花買(コ)ォてんかぁ、たんとおまっせたんとおまっせ…云云が。此のたんとは大阪辯で沢山・仰山(ギョウサン)の意味。これ辞典に依ると梵語(ぼんご)イヤ葡萄牙(ポルトガル)語の多いの意TANTOから来た等等、何せヤヤコシイ言葉らしい。伊太利(イタリヤ)語も一緒やテェ。大阪辯は外来語を目茶苦茶に矢鱈と取り込み是以外にも数え出すとキリ(際限)が無い。アイスクリン、アリヘト、オテンバ、カボチャ、カリント、カルメラ、コンペェト、シャッポン、シャボン、ジョォロ、スゥパァ、ステンショ、テンプラ、ドスベタ、ドンタク、バッチ、バッテラ、ヒロウス、ボォロ、ラオ……この辺でストップシトキまひょか。
“のりやのかんばん”
昭和の御代も華やかなりし時、15年頃の話。洗濯糊を四斗樽に詰めて、量(はか)り売り〈ご存知かな〉する御商売がゴザッタヨ。大方はお婆様が居て小遣い稼ぎ?
と思えたが、お店の看板は大層立派な代物で欅(けやき)か、榧(かや)の厚板に彫った仮名。抑(そもそも)デッカイの文字の隙間に、細(コンマ)いり文字を入れた物(モン)だした。大阪商人はこの図柄…りが細い(利が少ない)を洒落て、儲けの少ない場合に多用した。「最近どないだす?」「イェ皆目だすワ、まるで糊屋の看板だァ」。「本真(ホンマ)だっかいな!」テナ会話になっていたようでして、顧(かえり)みると、本(ほん)に太閤さんの辞世
“つゆとをち つゆときへにし わかみかな なにわの事も ゆめの又ゆめ”
そんな情景が泛(うか)んで参りまんなあ。
「Osakaあらかると」VOL.35 より