藤嶽彰英の談話室
その6
美濃路の瑞浪市で「ミュージアム中山道」に入ったら、館長で学芸員である小栗幸江さんに出会えて、アットホームなコンサートも聞けて、ケーキとフランス料理がいただけるレストランでしばしのおしゃべり。「なぜミュージアムなのか」というと、「ミューズとは音楽のことで人間が最初にアートをしようとしたのが歌だった。次に絵を描いたり陶芸をしたり、そしてその土地のヒストリーに根差したものを創造したとき、工芸品が生まれ、文化となった」甲冑も地歌舞伎の衣装や陶芸も、みな民衆が精魂込めて創出した生活必需の文化だったのだ。
ところが日本では美術館は絵画、博物館は歴史、郷土史の入り口扱いされている。「官立」「公立」のそれらは杓子定規で、堅苦しく、原初の声を出して唄うとか踊るとか、そういう精神が躍動する人間性に迫る愉しみを虚勢して、いわくありげにポーズをとり過ぎていないか。
瑞浪市日吉町の地歌舞伎を見た市川猿之助さんがいみじくも渇破した「非合理な魅力」、日本国ではなじみが薄いが、ヨーロッパの貴族が社会につくす使命感みたいなものに類似するポリシーに共感した。
私は何がいいたいかというと、ミュージアムとは、その地域にとって最も解放された空間である。ともすればひんやりした研究室となり勝ちだが、そうでなくほのぼのとした人間賛歌のスクウエアであるべきだと思う。小栗さんは、地歌舞伎の伝承育成や若いアーチストにオークションをした資金で海外留学の援助をして、「一歩でも進もう」としておられた。お金はあってもセンス・アイデア・地域の人たちの支持がないとしっかりと裾野をひろげて根っこをおろすことはむつかしい。
今回地元大阪のミュージアムをまとめて紹介してみた。これほど安くて、好きずきに楽しめるところは少ない。老若男女誘い合わせてミュージアム巡りをしたい。
「Osakaあらかると」VOL.48(2002年Autumn) より