藤嶽彰英の談話室
その3
年末というと餅つき。餅つきの日は、母や姉はいつもより早起きして、臼や杵を洗った。おくどさんの釜からは積み上げたせいろを包み込んで湯気が立ち上がっていた。餅つきが始まるなという気配が、子供心をワクワクさせた。年中餅がある昨今の不幸とは言わないが、餅つきの日のみんな総出演のプロセス欠如がなんとも寂しいわけである。餅があればいいのではない。
さて、餅と言えば信州伊那谷の峠の下の小さい村落で、老婆から六地蔵の話を聞いた。爺さんは笹で笠をつくっていた。正月が近づいたので「婆さんや、正月ぐらい雑煮が食べたいな。笠を売って、餅を買ってくるよ」と町に向かった。雪が降り始めて、峠が近くなると吹雪になった。爺さんは雪をかきわけかきわけ山道をのぼって行った。前も見えないぐらいに雪は降りしきっていた。峠近くに辿りつくと、道ばたにお地蔵さんが寒そうに立っていた。こんな寒い日に可哀想なと、かついでいた笠を、お地蔵さんにかぶせてやった。 家に帰った爺さんは「ごめんよ、そんなわけで、餅を買ってこれなかった」と、頭を下げた。年に一度の正月の雑煮を楽しみにして、雉肉や菜っぱを用意していた婆さんは、爺さんが峠の六地蔵に笠をかぶせてやった話を聞いて、「いいよ」と言った。
しばらくすると、家の前がなんだか騒がしい。ふたりがそっと戸を開けてみると、なんと、六地蔵が庭で餅をついているではないか。 ああ、ぺったんこ
それそれ、もっとつけ
ぺったんこ
爺ちゃま婆ちゃま
ありがとよ……
たかが民話である。そんなことあるはずないと思うが、素敵なミュージカルでも見ているように「ぺったんこ」の歌と六地蔵の餅つきが、見えてきた。雪の降る夜のことである。餅を食べられなかった老夫婦に、幸せの雪が降り積もるのであった。
「Osakaあらかると」VOL.45(2001年Winter) より