「期待される なにわ町衆の小商いの知恵」
藤嶽彰英
日本人の平均寿命が世界一になった。おめでたいことだ。65歳以上の高齢者層が、平均約7千5百万円の金融・家屋などの資産を持っている(経済産業省)という。私の実感では「ほんまかいな」という数字であるが、大金持ちが居られるのだろう。だから、どうすれば高齢者がお金なり資産を握り占めずに、喜んで使ってくれるかが、これからの経済活性化につながるという。従来のような官主導の3セク、特殊法人、補助金公共資金の垂れ流しでは借金と不良債権しか残らなかった。個人消費が大事なことはわかる。
国策だから、どんどん使いなさいとあふられても、私のように「無い袖は振れない」というものもいるが、たんまりあっても、おいそれと号令に従えない。いわれれば言われるだけ、「使わんとこ」となる。
なぜか。
ここが欧米のお年寄りと著しく異なる点で、実は日本の高齢者は第二次大戦当時多感な青少年時代であったから、当時の権力者・為政者・教師・識者・マスコミなど尊敬し信頼する全てから徹底的に騙され、裏切られたのだ。時代は変わったが、青少年時代の体験は骨身に泌みている。手放しで遊びなさい。あの世までは持っていけませんよと声高く言えば言うだけ「ほっといて」と貝殻を閉じるのは当然だ。さて、高齢者がほんとうに求めているものは、何だろう。
百人百様であろうが、万人共通であるのは《健康》だろう。ここでも主客転倒していて、年間医療費に30兆円以上かけて、薬漬け・検査に検査、手術に没頭するのでなく、病気にならないための予防にエネルギーと費用をかけるべきものだ。消火能力も大事だが、火災予防がより大事なのと同じ。「病院より温泉に行こう」(毎日新聞)と指摘するように、予防医療として豊富な温泉を利用して1%節約すれば3,000億円の得になる。
よみうり寸評によると、「新老人会」のモットーは「愛し、愛されること」、「創(はじ)めること」「耐えることむの三箇条だという。
欧米でみたところ、といっても専門に調査したわけではないが、老人と若者が混在している都市のほうが落ち着きと活気があり、将来的に伸びがよくて、自然な雰囲気がある。大阪や京都はどうして大学を郊外へと追放したのであろう。老人は老人でかたまっているのも悪くはないが、例えば喜劇場やミュージカルホールでも、若者と老人の笑いや反応の仕方が微妙に違う。そのズレが舞台以上のおもしろさを生むのである。盛り場や公園にしても、それはいえる。
大阪の生命線である御堂筋にしても、せめて夜の10時までは、1階のウインドーだけはシャッターを開けて、我が社・あるいは銀行が、世界で、大阪でどんな仕事をしており、こうして暮らしのお役にたっていますよと、スマートにPRしないのであろうか。南・北の“御堂さん”にしても、夜はただ暗いだけである。太田知事がいみじくも言われたように、これからはなにわ町衆の小商いの知恵、発想が生きてくる時代であろう。恋人・お年寄りと孫・ファミリーが毎日でも行きたくなる御堂筋が普段にできていてこそ、年に一度の《御堂筋パレード》が燦然と輝くことになるのだろう。

イラスト:中原暁子
「Osakaあらかると」VOL.44(2001年Autumn) より